ep.18 家と家族
ライアスとの話し合いから2年という歳月が、静かに積み重なっていた。
俺とミリアは商人見習いとしてライアスの店で働きつつ、夜は勉強という日々を過ごしていた。
そして、ライアスから孤児院が完成した。と言われたのは今朝のことだった。
「どうだ。一応、坊主の要望は叶える形になっているはずだ」
眼前には、屋敷ほどではないにしろ、かなり大きな二階建ての木造の建物が鎮座していた。
「完璧ですねライアスさん。
でも、まさか完成までに2年もかかるとは思いませんでしたが…」
「そりゃ坊主の前世の感覚だろうが。
これでもかなり急いだ方なんだよ」
確かに。
立地の治安問題や職人、原材料などの問題が山積みになり、般若のような顔をして俺を睨んでいたライアスを思い出すと失言だったと思い至った。
「そういえば、嬢ちゃんはどうした?
一緒に来るんじゃなかったのか?」
「あぁ、ミリアなら孤児院が出来たことをスラムの子達に報告しに行くと言って飛び出して行きましたよ」
あの時の孤児たちとミリアは、この2年の間にもほそぼそと交流を続けていたみたいだった。
前世で言うと幼なじみ兼親友のような立場なのだろうか?
1度だけ俺がついて行った事があったのだが、夜まで何も話すことなく終わってしまってからは何となくついて行くことを躊躇っている。
友達の友達とは、微妙な距離感である。
「店の手伝いをするようになって少しは大人しくなったかと思えば、相変わらずだなぁ」
「年齢的にはまだ6歳ですから」
「7歳児が何言ってんだよ!」
ライアスは俺の頭を小突くと、屋敷内へと歩き出してしまった。
その背中からは、なぜだか哀愁の匂いがした。
俺はその背中を追いかけると、孤児院の案内をしてもらった。
――――――――――
屋敷内を一通り見て回った時、孤児院の扉が叩かれた。
重く大きな扉を開けると、そこにはミリアと少しだけ大きくなった子どもたちが並んでいた。
「お待たせカエルムくん!」
「お待たせじゃないだろ。急に飛び出していって…」
「だって〜。完成したならすぐに見せたかったんだもん!」
ミリアの可愛らしいわがままを横目に子どもたちを見ると、見るからに警戒しているような。
逃げる隙を伺っているような様子だった。
「…?どうしたんだ?」
「………なぜお前と商人がいる?」
重い空気が漂う中、最初に口を開いたのはリベリアだった。
「なぜって…
ミリア。ちゃんと説明してないのか?」
「したよぉ!
みんなのお家が立つんだよ〜って!」
俺は空いた口が塞がらなかった。
隣にいたライアスは堪えきれないとばかりに吹き出したあと「こりゃ再教育が必要だな!」と笑っている。
「あのな、ミリア…。
ミリアにとっての"みんな"は俺も含むのかもしれないけど、リベリア達にとっての"みんな"に俺は含まれると思うか?」
ミリアはハッとした表情で俺とリベリア達の顔を見回した後、少し悲しみを帯びた表情で呟いた。
「…ごめんなさい」
「わかってくれたなら、次に失敗しないようにすればいいんだよ」
俺はミリアの頭を少し撫でると、子どもたちの方を向いて口を開いた。
「さて、ここじゃ何だから上がって欲しい。
騙して連れてきたみたいになっちゃったけど…」
子どもたちは顔を見合せたあと、恐る恐るといった様子で頷いた。
――――――――――
奥内入ってすぐの扉を開くと、そこには広々とした居間があった。
入室を促す前に目を輝かせたミリアが飛び込んであちこちを覗き込んでいる。
続けて、挙動不審な子ども達がライアスに促されながら着いてきた。
ライアスは子ども達を入れると「俺は知らねぇ」とばかりに奥にあるソファに腰掛けた。
俺はミリアや子ども達を長机の方の椅子に座らせると、話を始めた。
「さて、まずは君たちがミリアにどこまで聞いてるのか聞きたいんだけど…」
「どこまで…と言われても、何も聞いていないんです。
今朝ミリアちゃんが「みんなのお家が出来たから着いてきて!」って…」
ルクシアは2年前とは違い、流暢な言葉で話をしてくれた。
俺がミリアの方をじろりと睨むと、ミリアはスっと部屋の奥に視線を逸らした。
逸らした先でライアスと目が合ったのか、慌てて反対側を向いた。
「まぁつまり、ここがなんなのか全くわかってないって事だよね?」
「うるせぇなぁ!
そんなに聞かなくてもそうだって言ってんだろ!?」
リベリアが怒気を孕んだ言葉で叫ぶ。
「すみません…。
実はつい最近、商人に騙されて売られそうになったんです。
私が成人済みだと分かった瞬間、手を引いてくれたんですが…
これでも一応、カエルムさんの事は信頼してるのでどうかご容赦ください」
なるほど。
それでやたらと警戒した様子だったのか。
こうしてテーブルを囲ってくれている時点で、ある程度信頼はあるが全面的には信じられない。
そんなところだろう。
少しだけ重い間が続いた。
そこで口を開いたのはアスペルだった。
「…それで、なにか用があるんでしょ?」
「あぁ、ごめんね。
えっと、ここは孤児院って言って、孤児たちを保護する施設で…」
説明を続ける度にリベリアの眉間にシワが寄り、アスペルは退屈そうに欠伸している。
唯一、ルクシアだけはうんうんと頷いて聞いてくれているが、心なしか浮かべる笑顔が引きつっているように見えた。
俺の語尾が少しづつ下がっていくと、ライアスはゴホンと1つ咳をして立ち上がり言った。
「要するにだ。
この馬鹿弟子はお前たちに飯を食わせて、字を教えてやるからそのうち立派になれって言ってんだ。
お優しい理想論だな!」
かなり散々な言われようだがライアスの言葉に嘘偽りはなかった。
「まぁ、お前たちもわかってんだろ?
坊主は現実が見えてねぇ。
だから、お前たちを売って利益にしてやろうなんて"現実的な事"は死んでも考えねぇ。
そこだけは安心しろ」
その言葉を聞いた子ども達はライアスと俺の顔を交互に見たあとふぅと緊張の糸を解いた。
ライアスは子ども達の安心した様子を確認すると、俺を睨みつけドカりと座り込んだ。
「あの商人さん…えっと、ライアスさんの言うことは信用できます。
でも、あまりにも荒唐無稽というか、悪意がないのはわかるのですが…」
ルクシアは気まずそうに発言した。
「少なくとも君たちが成人してしっかり就職できるまでは金銭の不安なく面倒を見れると思う。
決して裕福とは言えないけどね。
その後は、寄付を募ったりして細々と続けようと思ってるよ」
「俺らが就職ってのは鉱山か?花街で男捕まえるのか?」
「そんなことは決して…いや、希望があったら別だけど、俺からやれとは言わないよ。
語学と算術を十分に学んだら、ライアスさんのお店で見習として雇用しても良いって言ってもらえてるんだ」
「…十分に学べなかったら?」
「俺らはただの孤児じゃねぇ、スラムの孤児なんだ。
生まれつき頭は悪りぃしなんも出来ねぇ。やったこともねぇ」
「スラムで育ったから頭が悪い。とは限らないよ。
ミリアだって今は立派に商人見習いをやってるんだ。
確かに向き不向きはあるかもしれないけどね」
俺は極力分かりやすい言葉を心がけて説明した。
しかし、リベリアはまだ納得のいかない様子でモジモジとしていた。
「リベリア。大丈夫…?
話分かりづらかったかな…?」
「その…なんだ…。
話はわかるんだけどよ…。
せっかくミリアが幸せになりそうなのに…邪魔したくねぇんだよ…」
衝撃が走る。
初めて、今まで自分がひとりで突っ走っていた事実を突きつけられた。
ここまで来るのに、俺はミリアの意志を確かめていなかった。
ただ隣に居たから、同意しているのだと決めつけていたのだ。
慌ててミリアに目を向けると、ミリアはゆっくりと目を瞑り語り出した。
「みんなありがとう。
でもね、私は今この時が幸せなの。
カエルムくんがなにか大きなことを頑張ろうって"生き生きとしている"のがとっても好きなの。
だから、私の事は気にしないで」
言い切ると、ミリアはいつもの笑顔で俺を照らした。
俺の中になにか熱いものが流れ込んでくるような感覚。
俺は孤児たちに目を向けると、真っ直ぐな言葉で告げた。
「色んな不安があると思うけど、俺と、俺たちと。
――"家族"になって欲しいんだ」
一瞬の間。
ライアスが「それじゃ告白だな!」と笑い始めたところでふと我に返った。
熱を帯び赤面する顔は、窓から射す陽の光に照らされて誰にもバレていないと信じたい。
ただ、この部屋はとても暖かかった。




