ep.2 温もりと罰
――心地の良い温度に、目を覚ます。
ふわりとした柔らかさの中、誰かの腕に抱き抱えられていた。
金色の髪が光を受けて揺れ、微かに花のような香りがする。
見上げれば、見知らぬ女性がいた。
けれど、どこか懐かしい気がした。
この人が――俺の母親なのだろう。
目の奥が温かくなる。だが、胸の奥はざらついていた。
「生まれた」という事実が、今はどうしても怖い。
近くに男性の姿もある。
立派な服装、鋭い目つき。きっと父親だろう。
……どう見ても、俺とは釣り合ってない。
前世ならハリウッドスター夫婦って感じだ。
今の俺はただの“転生した無職”。
バランスが悪すぎる。
二人は何かを話していたが、言葉はまるで分からない。
外国語のようでも、どこか耳慣れない響き。
――なるほど、異世界ってやつか。
ふいにそんな単語が頭に浮かんで、乾いた笑いが漏れた。
神様の言葉を思い出す。
「あなたは生き続けなさい。私はあなたの死を許さない」
まさか、本当にやるとは思わなかった。
生きることが“罰”になるなんて、考えもしなかった。
思考を巡らせた途端、急激な眠気が押し寄せた。
ああ、そうか。赤ん坊って、こんなにも脆い生き物だったな。
温かい腕の中で意識が沈んでいく。
その温度が、なぜか冷たく感じた。
――――
季節がいくつか過ぎ、周りの言葉も少しずつ理解できるようになった。
「カエルムくん〜?ほら見て。これが氷の魔術よ〜!」
母――イゾルデが、掌の上で光る氷を作り出す。
透き通った結晶が、光を散らして踊った。
あれを「魔術」と呼ぶらしい。
俺の目の前で“ありえないもの”が当たり前に存在している。
けれど、その驚きすら遠い。
ただ、綺麗だと思っただけだった。
「カエルムくん〜?次は炎の魔術を〜」
「赤子のいる部屋でそんなもの使うな!燃え移ったらどうする!」
父――エドリックの声が飛ぶ。
彼は厳しそうに見えて、根は誰より優しい人だ。
母に対しては、特に。
まるで長年恋してる青年みたいに。
……いや、実際そうなんだろうけど。
二人のやり取りを見ていると、不思議と笑えてくる。
けれど、その笑いはどこか空っぽだ。
温かい家庭の中にいながら、どこか自分だけが透明になっているような。
それが“罰”というものかもしれない。
俺の名前は「カエルム・フォン・ラシエル」。
貴族の三男らしい。
名前を与えられたとき、母が嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間、心が痛んだ。
――俺は、生きることを望まなかったのに。
けれど、この世界は容赦なく“生きろ”と迫ってくる。
呼吸することすら、罰のようだった。
「まんま!」
試しに声を出してみる。
久しぶりに発した自分の声は妙に高く、軽かった。
お腹が減っただけなんだけどな。
「!? 今ママって言った!? カエルムくん、ママって言ったわよね!?」
「カエルム!俺のこともパパと呼んでくれ!」
……あ、これダメなやつだ。
二人とも興奮して抱きついてきて、視界が真っ白になった。
結果――俺は熱を出した。
母は泣き、父は青ざめ、屋敷中が大騒ぎ。
その夜、二人はお互いに“接近禁止”を申し渡されたらしい。
自業自得ってやつだ。
でも、そんな騒動のあとで思った。
――ああ、俺はまた、愛されているんだな。
それが、どうしようもなく痛かった。
この世界は、優しさでできている。
そしてその優しさこそが、俺にとっての罰だ。
目を閉じる。
聞こえてくるのは母の安堵の吐息。
そのぬくもりを感じながら、俺はもう一度確かめた。
“生きる”というのは、こうして苦しいまま続いていくんだろう。
神様、あんたの言う通りだよ。
――この罰、たしかに重い。




