ep.17 大人の夢
「一つ確認したい。
孤児院ってのは文字通り孤児を育てる場所って認識でいいのか?」
「そうですね」
ライアスはふぅーと息を吐くと、落胆したというような表情で話を続けた。
「いいか?まだ常識が足りねぇようだから説明するが、子どもひとり育てるのにいくら金が必要だと思う?
そう簡単に孤児を育てられるんなら子どもを売るような親は居ねぇんだよ」
「それはわかっています。
だから、ライアスさんと協力関係を…」
「話にならん!!!
そうすることにどんなメリットがある!?」
ライアスが怒鳴りながら机を叩くと、視界の横でミリアが驚いた様子で慌てている。
しかし、俺はライアスさんの顔をじっと見つめたまま告げた。
「メリットならあります」
「…なに?」
「孤児達を見守る存在がいることで、孤児による犯罪が軽減します。
結果、治安維持に繋がります」
「……それが俺の商売にどうメリットになる?」
ライアスはまた商人の顔に戻ると椅子にストンと腰掛けた。
聞く耳を持ってくれるようだ。
「治安が良くなればライアスさんはあの辺にも店を構えることができます。
さらに、来客数も増えるのではないでしょうか?」
「店舗数や来客数の増加はたしかに魅力的だが、スラム近郊の危険は孤児の犯罪だけじゃねぇ。
むしろ大人の方が厄介だ。
そんな危険を犯す程の魅力には感じねぇな」
「そ、それだけじゃありません!
育った孤児たちはライアスさんのお店の労働力になるかと…」
「お前の言うそれは奴隷売買と大差ない事だと認識して話してるか?」
「……」
「ま、子どもの浅知恵にしては上出来だな。
だが、現実はそう甘くない。
夢や理想では腹は膨れねぇんだよ」
「…ありません」
「なに?」
「奴隷じゃ…ありません」
冷ややかな部屋とは対称的に、俺の中にはドロドロと熱いものが滾っていた。
――絶対に譲れない何かが。
「子ども達は夢を見て育つんです。
将来なりたい仕事を空想して努力して成長する生き物なんです!」
「そいつはお前ん中だけの話だ。
現実は産まれたその瞬間から未来は決まってる。
努力で成果を掴める人間なんざ…ほんのひと握りしか居ない」
ライアスの言葉には間があった。
しかし、頭に血が上っていた俺には、言葉の端に出来た小さな影を掴むことは出来なかった。
「…話を戻しましょう。
孤児たちは投資してくれたライアスさんを尊敬し、こう思うんです。
将来はライアスさんの元で働きたい。と。
それはモチベーションの高い従業員を育てることに繋がりますし、利益は計り知れないのではないでしょうか?」
「投資が回収し切れるという保証がない。
結局は理想の域を出ない発言だな」
ライアスの言葉が胸の奥深くを刺す。
目からは涙が浮かび上がり、拳は強く握られた。
しかし論破など出来ない。
どうしようもないほど正論だった。
「…そうか。まぁお前の意思はそれまでだって事だな。
話は、ここまでだ」
「…まだです」
「くどいぞ。お前が何を言おうと、俺は決して折れない」
「まだです!!!」
ライアスは大きく息を吐くと、決意を込めた声で言い放った。
「はっきり言ってやる。
俺の見立てでは、お前には何ひとつとして才能がない。
前世の知識や不死の体とやらで自惚れてるのかもしれないが、お前は"特別"な人間なんかじゃない。
…自分が一番わかっているだろ?」
わかっている。
ずっと、ずっと前からわかっている。
自分が誰のようにもなれなかったことを。
無力で、何者にもなれなかったことを。
でも。――それでも。
「特別じゃない人間は守る権利すらないって言うのかっ!!!」
「そうだ。
力のない人間に…何も守れやしねぇよ。
…お前にできるのはせいぜい、力ある人間に頼って救いを待つことくらいだ」
ライアスから放たれたのは、聞いた事ない程に冷ややかな声。
恐らく、ずっと言わずに我慢していた本音。
また。必死の努力の末に掴めなかったものを突きつけられた。
自惚れ。
確かにそうなのかもしれない。
勝手に"特別"を継いだ気になっていただけなんだ。
手が震える。
今更になって、体は寒さを感じていた。
思考が沈んでいく。
胸の奥がきしむ。
全部否定されたようで、
全部奪われたようで。
――死にたい。
その瞬間。
温かいものが、俺の手をそっと包んだ。
ふと横を見ると、ミリアが俺の手を掴んでいた。
ぎゅっと目を瞑り、まるで「行かないで」とそう言っているように。
ミリアの事を見た時、切り口が思い浮かんだ。
「…ライアスさん」
「なんだ?泣き落としは効かねぇぞ」
「ライアスさんは、なぜ俺やミリアを教育してくださるんですか?」
ライアスは苦虫を噛み潰したような顔をした後、静かに答えた。
「それは…お前の親父に頼まれたからだよ」
「では、利益の回収度外視の"情"で動いたと?」
「いや、それは違う。領主に恩を売ることは商売の益となるはずだ」
「なら、街の治安維持は領主への恩、将来への投資はライアスさん自身への投資に繋がるのではないですか?」
「くどいと言っている!だから利益の回収は…」
「俺たちの事も、利益の回収見込みはあるんですか?」
「………」
そう、最初からライアスさんは俺のやりたいことをやっていた。
孤児を保護して教育しひとりで生きていける力をつけること。
それに――。
「予測ですが、父上は"俺"の面倒を見て欲しいと頼んだのではないですか?」
「…だったらなんだって言うんだ」
「つまり、"ミリア"の教育はライアスさんの独断ですよね?」
ライアスさんは口を閉ざした。
眉間には幾重にもシワが寄っている。
ライアスさんは絞り出すように言葉を発した。
「あぁ、認めるよ。
お前の言わんとすることは俺も同じことをしている。ということだろう?
だが、分はわきまえているんだ。
分不相応な願いは身を滅ぼす。
お前の孤児院ってやつはお前の世界じゃ当たり前なのかもしれないが、この世界には早すぎる代物なんだよ」
「まだ誰もやったことがなかったというだけですよね。
暫くは白葬花の葉で得られる金で賄えるかと思います。
軌道に乗るまでは資金援助もいりません。
名前だけお借りしたいんです」
ライアスは腕を固く組み、悩むような素振りをしたあと俺をギロりと睨みつけた。
「お前は、折れないんだな?」
「はい。決して諦めません」
ライアスはまたしてもふぅーっと息を吐き出すと普段のライアスの顔に戻った。
「商談の運びとしてはお粗末なもんだが、話しの切り出し方だけは大したもんだった。
弟子の成長とその覚悟に免じて名前だけは貸し出してやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「…お話、カエルムくんのお願いが叶ったの?」
「うん。そうだよ!これで孤児院が設立できるんだ!」
「おぉー!カエルムやったね!!!」
俺はミリアの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
髪がクシャクシャになってしまったというのに、ミリアはどこか嬉しそうだった。
すると、その光景を見ていたライアスが少しだけ口角を上げてぽつりと呟いた。
「やっぱ似てんなぁ…」
「え?似てる…ですか?」
「…んや、なんでもねぇよ。いつか話してやる」
ライアスは勢いよく立ち上がると、わざとらしく「飯だ飯!」と部屋を出ていってしまった。
ミリアと俺はお互いの顔を見て笑いあった。
ライアスの言葉が気にはなったが、今はただこの暖かさを噛み締めていたかった。




