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ep.16 子どもの法

朝霧がようやく薄れ始めた街道に、馬のいななきが静かに響いた。

俺とミリアを馬車に載せると、ライアスは露骨にため息をついた。


「……お前なぁ。まだ子どもだって自覚はあるか?」


ミリアに向けられたその声音に怒気はない。

ただ呆れと少しの安堵が滲んでいるだけだった。

ミリアはしゅんと肩を落とし、また泣きそうな顔になる。


「…ごめんなさい……」


「謝る相手は俺じゃねぇよ。あの子たちだ」


一瞬、その場の空気がひやりと止まった。

ライアスと合流するまで一緒に居てくれたリベリア、アスペル、ルクシアの3人。

昨夜の稼ぎがないからと、一目散に駆け出して行った小さい背中が、ふと脳裏に浮かんだ。


馬車が揺れ、しばし沈黙が続く。


ライアスの店が目前まで迫った頃、俺は意を決して口を開いた。


「……ライアスさん。俺が白葬花の葉で稼いだ金で、スラムの近くに"家"を買えませんか?

あの子たちが帰ってくる場所。ミリアの……居場所になるような場所を」


ライアスの眉がぴくりと跳ねた。


「……は?坊主、自分の歳わかってんのか?」


「え?」


「まさかとは思うが

――未成年が"財産を持てない"って知らねぇのか?」


世界が一瞬止まった。


「…………知らなかったです」


ライアスは頭を抱え、うつむいたまま小さく呟く。


「……坊主。お前、家でエドリックから何も教わってないのか…?」


「……はい」


その返答に、ライアスはしばらく無言だった。

怒りでも失望でもない。

どうしようもなく哀しいような、そんな沈黙だった。

店の前に着き、馬車が止まる。

ライアスは軽く身支度を整えると告げた。


「……わかった。いいか、戻ったらまずこの国の法律と常識から叩き込む。話はそれからだ」


「……お願いします」


「全く、これだから子どもは嫌いなんだ…」


ライアスは馬車からひょいと身を投げると、そそくさと店の中に入っていってしまった。

しかし、その背中には

――今朝にはなかった"安心"が宿っていた。



――――――――――



勉強部屋と化した応接室まで歩いていくと、ライアスは沈むように椅子に腰掛けていた。

俺とミリアが入室したのを見ると雑に着席を促す。

そして、重い口を開くようにポツポツと話し始めた。


「何から話せばいいか…そうだな。

お前たちには小難しい話になるが、精神と実年齢が大きく乖離しているお前らにはちょうど良いだろう」


ライアスは少し姿勢を正すと、話を続けた。


「いいか。俺はこれからお前たちに"この国の常識"を教える。

だが、勘違いするなよ?

それが"良い事"だなんて、俺は一言も言わねぇ。

そして、ここで聞いた内容を他人には話すな。

最悪、国家反逆罪で殺されるぞ」


そう前置きをするとライアスは少し真剣な顔つきになった。

普段の商人の顔でも親のような顔でもない、"大人の顔"だ。

その眼光に照らされた時、俺とミリアは無意識に体を強ばらせた。

部屋の温度が急に数度下がったように感じる。

それほどまでの緊張感だった。


「…この国では未成年。

つまるところ10歳未満の子どもに人として生きる権利はねぇ。

奴隷と同じく物扱いだ」


「それ、本気で言ってるんですか?」


「本気も本気だとも。

これは思想や思考の話ではなく、法でそう決まってるからな」


――絶句。

もはやなんと言えばいいのか分からない。

なにか固いもので思い切り頭を殴られたような感覚だった。

しかし、ミリアは違った。


ミリアは涙を指でぬぐうと、もう片方の手で膝をぎゅっと押さえた。

怖がるでもなく、ただ黙ってライアスの話を飲み込んでいく。

その横顔は、小さな子どものものではなく、痛みに慣れた大人の影を宿していた。


「法には『成人したものを国民と認め、レムナール王国内で生活することを許す。』と記されている。

つまり、逆を言えば子どもは民として認められていねぇ。

生きる権利も、財産を持つ権利もねぇ…。

腐っていやがる」


ライアスは苦く笑った。


「子どもは成人するまでは家の"持ち物"だ。

どう扱おうが、売り払おうがその家の勝手。

そういう国なんだよ。この国はな」


言葉が落ちた瞬間、呼吸が1拍遅れた。

胸の奥でなにかがキュッと縮み、喉が勝手に鳴る。


「売り飛ばされた子どもの末路なんて決まってる。

女なら花街、男なら鉱山。

もしくは両方とも奴隷になる」


背筋の内側を、冷たい指でなぞられた感覚がした。

あの小さな背中たちが、そこに並べられていく未来を想像してしまう。


胸の奥が何度も殴られているみたいだった。

例え妄想だとしても、そんなのは許せなかった。

俺は思わず立ち上がり声を上げた。


「そんなの、理不尽じゃないですか!!!」


「カエルムくん!…ライアスさんの手、見て?」


ミリアに言われるがまま視線を移すと、ライアスの手は血が吹き出てしまいそうなほど固く握られていた。

その手を見た瞬間、自分の喉の奥まで込み上げていた叫びの正体がわかった。


「…すみません」


俺は落ちるように椅子に座った。


静けさを取り戻した部屋で、最初に口を開いたのはミリアだった。


「…奴隷になった人はどうなるの…?」


「大半が戦争か人体実験で死ぬ。

いい暮らしが出来るとしたら、自分を買った主人に気に入られて体を捧げる奴隷くらいだろうな。

あいつらは怪我や病気にならないように、個室を与えられている者も居たりする」


淡々と語られる非情の現実。

ライアスの口調があまりにも具体的で、思わずその顔をまじまじと見てしまった。


「…ライアスさんも、奴隷を売っているんですか?」


「………売ってる。だが、子どもには手を出さねぇ。

俺が扱うのはどうしようもねぇ馬鹿な大人。犯罪奴隷ってやつだよ」


ライアスさんの言葉に嘘は無い。

嘘なのだとしたら今こうして俺たちが無事であることがおかしいからだ。


ミリアの手が小刻みに揺れている。

暖かい日差しが窓から入っているというのに、部屋の空気は既に冷めきっていた。


ライアスはわざと声を明るくした。


「おっと、話が逸れちまったな。

まぁそういうわけで、坊主が今の状態で家や金を持つことは不可能なんだよ。

薬の件は嬢ちゃんの母親に貸しを作って、坊主が成人してからそこの金で支払わせるつもりだったんだ。

――書類上はな」


書類上は。

つまり、抜け道はいくらでもある。


無意識に腕に力が篭もる。

子どもの頼みでは通らない。

なら、大人(ライアス)と同じ土俵に立てばいい。


深く沈んだ空気の中、自分でも驚くほど透き通った声が出た。


「――ライアスさん。

"商談"なのですが、ライアスさん名義で家を建てられませんか?」


「……"商談"ねぇ」


ライアスはゆっくりと口角を上げた。

商人の顔だ。俺を試すような、値踏みするような目。


「坊主、いいだろう。聞くだけ聞いてやる。

話してみろ」


スラムのあの子達は、過去にアマリアさんに世話になっていたと言っていた。

アマリアさん本人から聞いたわけではない。

だから行動から推測するしかないけれど。


きっと、アマリアさんの意志を継ぐなら、守るのはミリアだけじゃないんだ。

アマリアさんの胸の奥に灯っていた光。

その光を誰にも潰させたくなかった。


本当に彼女がやりたかったこと。

――本当の、望みを。


「"孤児院"を建てたいんです。

子どもの権利が守られて、学んで、夢を見られる場所を作りたいんです。

ライアスさん。あなたの名で、俺の夢を買ってください」


子どもの夢と権利を守ること。

それが、――アマリアさんの願い。


そして今、確かに俺の中に灯った"希望"だ。

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