ep.13 契約と価値
2章開幕です。
アマリアさんの遺体は、ミリアの知り合いだという子どもたちに運び出されて行った。
俺とミリアは、その小さな背中が角を曲がるまで、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
さっきまで確かにそこにいた"生きていた証"だけが、酷く静かに薄れていく。
俺もミリアも、しばらく声を出すことすら出来なかった。
「……そういえばミリア。あの子たちミリアの知り合いって言ってたけど…」
重く沈んだ空気を、どうにか押しのけようと声を出す。
普段通りの空気を作るように、努めて軽く。
「あ、えっとね、お仕事の仲間なの」
「仕事!?ミリアまだ5歳くらいだろ!?」
「うん。4歳だよ。みんなでしかばねはこびをしてたの」
しかばね――遺体運び。
子どもたちがするような仕事じゃない。
けれど、やはりこの世界では子どもたちが生きるための手段を選ぶことは出来ないのだろう。
ミリアの少し震えた声を聞いて、残酷さを痛感した。
「…でも、カエルムくんもお仕事してるよね?」
「…仕事?」
「うん。だってカエルムくん。商人見習いさんなんでしょ?」
「あ、あ〜…」
あの時、アマリアさんを安心させるために咄嗟についた嘘を、ミリアはずっと信じていたようだ。
正直、ゴタゴタが続きすぎて完全に忘れていた。
ミリアの顔をチラリと見る。
まだ涙の跡の残る顔には、信頼の2文字が浮かんでいた。
その無垢さが、少しだけ胸に痛かった。
――やるしか、ないか…。
俺達はライアスの店に行っていた。
ライアスは俺とミリアを一目見ると、何かを察したような表情をした。
何を察したのかは分からないが、少なくとも"普通じゃない"と判断したらしい。
「…今すぐその女児を風呂に入れてくれ。坊主、お前は金の件もあるから奥の応接室に着いてこい」
と言って俺たちを迎え入れてくれた。
俺はライアスと別れた後に俺にまつわることをありのまま話した。
前世の記憶があること。
転生して"死なない体"になったこと。
その力で白葬花の葉を手に入れたこと。
そして、アマリアとミリアのこと。
ライアスは黙ってその話を聞き、腕を組んだまま深く息を吐いた。
「…それにしても死なねぇとはなぁ
白葬花の葉のカラクリはそういう事か…」
しばらく沈黙が落ちた後。
ライアスは真っ直ぐに俺を見て、静かに問いかけた。
「坊主。この話を知ってるのは他に誰がいる?」
「え、えっと…両親や兄達、それからミリア…だけですね」
「…そうか」
ライアスの喉が僅かに動いた。
ライアスは徐々に商人の顔から俺の"知らない顔"になった。
そして、言い聞かせるように俺に告げた。
「坊主。この話は…絶対に人に漏らすな。
お前の存在は、"価値"がありすぎる」
価値――。
ライアスのその言葉には様々な意味が含まれているのだろうと俺にもわかった。
その瞬間、背筋がひやりとした。
「カエルムくーん!!!」
応接室の扉が勢いよく開かれた。
扉の先に居たのは、――ミリア"のはず"の少女だった。
艶やかな黒髪、湯気が残るほどのなめらかな頬。
見慣れたはずの姿なのに、どこか現実味がない。
けれど、あの太陽のように眩しい笑顔は、紛れもなくミリアだった。
「カエルムくん!お風呂!すごく大きくてすごかったんだよ!!!」
すごいすごいと連呼するミリアを見て、胸の奥に暖かいものを感じた。
「全く、これだから子どもは嫌いなんだ…」
ぶつくさと文句をこぼすライアスの言葉でぼんやりとしていた意識が現実に引き戻された。
俺はミリアに隣に座るよう促す。
「……紹介が遅れたな。俺はライアス。この坊主の師匠って事になるのか?
こいつの親に頼み込まれて、こいつを立派な商人にするのが…まぁ俺の仕事だ。
嬢ちゃんは?」
「はい!私はミリアって言います!
スラムで"しかばねはこび"をしてました!
カエルムくんを支えてあげるのが今の仕事です!」
ライアスが軽く片眉を上げる。
どうやらライアスはこちらの"設定"に合わせてくれるらしい。
それだけでもありがたい。
そう思った瞬間、ライアスと目が合った。
――鋭く、強い目。
怒りでも優しさでもない。
弟子を一目で見極めるような…そんな本気の視線だった。胸の奥がざわつき、思わず背筋が伸びる。
ミリアはそんな空気には気が付かず、ライアスの真似をしてニコニコと自己紹介をしていた。
「そしたら早速で悪いが、金の話だ。
お前の活躍で白葬花の葉は無事に手に入った。
お前には暫定でも――庶民の家族を丸ごと10年養って、それでも余る額を持っていることになる。
下手すりゃ王都にそこそこの家を建てられるくらいの金だ」
「カエルムくんって…お金持ちなの?」
ミリアがポツンと呟く。
「そうだ。この坊主は1晩で、嬢ちゃんを一生食わせられるだけの金を稼いだんだ」
「それは…お母さんのために…?」
ミリアは俺を覗き込むように見た。
潤んだ目で、真偽を問うような。
俺が違うと答える前に、ライアスが口を開いた。
「そうだ。全部お前と母親のためだ」
「ライアスさん!!!」
俺の声を、ライアスの低い声が切った。
「坊主。黙って聞いてろ」
一拍の沈黙
「もし、"蝶よ花よ"と育てることが守ることだと勘違いしてんなら――今すぐにこの子から手を引け」
ライアスが俺を射抜く。
その目は、まるで父の目だった。
「いいか。嬢ちゃん。坊主と嬢ちゃんとの"取引"については聞いている。
坊主が守って、嬢ちゃんが側で支える。
んなら、坊主が命懸けで取ってきた白葬花の葉の"代価"はどうすんだ?」
「ライアスさん!それは俺が勝手に…!」
静止しようとする俺を遮るように、ライアスは机を強く叩いた。
ミリアがびくりと震える。
俺もこれ以上の言葉が出なかった。
それほどまでにライアスの気迫は凄まじかった。
「…坊主。2度目はねぇぞ。黙ってろ」
「………」
俺には押し黙ることしか出来なかった。
チラリとミリアを見ると、ミリアは怯えながらも次の言葉を待っているように見えた。
決意を秘めた芯を持った視線で、ライアスを睨みつけていた。
「………いい目だ。
俺の見る目が衰えていない事を証明する為にも教えてくれ。
坊主の命懸けの成果に、嬢ちゃんはどう答える?」
「………い、命懸けで…カエルムくんを支えます…」
「嬢ちゃん。知っての通りこの世界の命は平等じゃねぇ。
坊主の命と嬢ちゃんの"命の代価"が同じだと思うか?」
「それは…」
ミリアは俯き黙ってしまった。
ライアスの言葉は鋭いのに、どこか当然で痛かった。
ミリアを守りたいといいながら、俺はただ手を取って連れ歩くだけで、"支えられるだけの存在"にしていたのかもしれない。
胸の奥がチクリと傷んだ。
1呼吸間を置くと、ライアスはミリアに優しく告げた。
「答えは簡単だ。同じ価値になればいい。
坊主と同じ世界を見て、同じ世界を共有して、命懸けで世界の理不尽に抗え。
それが、嬢ちゃんにできること。坊主と"契約"した嬢ちゃんにしか出来ないことだ」
恐らく、ミリアには言葉の意味の半分もわかっていない。
でも、それでも自分の中で必死に考えて答えを出そうとしている事が伝わる。
きっと、――"離れたくない"だけは本物なんだろう。
「うん。私、カエルムくんを支えるって約束したから」
ミリアが答えると、ライアスは満足そうに大きく頷いた。
「まずは、嬢ちゃんが坊主の世界を理解できるようにすることだな」
ライアスは少し引き締めた顔をした。
俺とミリアは唾をごくりと飲み込み、ライアスの次の言葉を待った。
「まずは………字を覚えろ」
「「え?」」
予想外の言葉に、俺とミリアの声がほぼ同時に出たのだった。




