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第5話

 すべてが終わり、使者が屋敷を後にしたあと――

 姉たちはようやくクララを屋根裏部屋から解放した。


「――というわけなのよ。面白いでしょ?」


 ヴィタが得意げに使者の物真似まで交えて語り終えると、クララはぽかんと目を瞬かせた。


「……で、でも……どうして助けてくれたの? あれだけ『王太子殿下と結婚できるチャンスよ!』って、あんなに熱心に……」


 二人の姉は顔を見合わせて、首をかしげた。


「え? だって、会っても“修道女になりたい”って気持ちは変わらなかったんでしょう?」


「なら、修道女にならなきゃダメじゃない」


 当たり前だと言わんばかりに、二人はふたたび頷き合った。


「私たちは学問とか、正直ちんぷんかんぷんだけど……クララがそれを好きなら、それを応援するしかないじゃない」


 その言葉に、クララは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


 ――この人たちには、計算とか見返りとか、そういう貴族的な打算はまるでない。


(……ほんとに、考えなし。でも、優しい)


 クララはそっと目を伏せて笑った。


「それより、時間は稼いだんだけど……これからどうするか考えなきゃね」


「そうそう!お母様と一回話し合いましょう」


 姉たちに手を引かれ、クララは母の待つ居間へと降りていった。



 母ルクレツィアが廊下で使用人たちに最後の指示を出し終えたとき、クララの前に白髪の執事が一歩進み出て、柔らかく微笑んだ。


「クララお嬢様、ご無事で何よりでございます」


 その穏やかな声に、クララはぎゅっと胸が詰まった。


「……ごめんなさい。巻き込んでしまって……本当に……」


 頭を下げようとするクララの手を、執事はそっと制した。


「とんでもない。王家の使者をあそこまで揺さぶれる機会なんて、一生に一度あるかないかです。楽しかったですよ」


 すると周囲に控えていた使用人たちからも笑みがこぼれ、一斉に頷きが返ってくる。


「私たち皆、誇りに思っております。アストリア侯爵家のお嬢様のために尽くせることが」


「……っ、そんな……」


 思わず目が潤む。罪悪感と不安で重たかった心が、ふわりとほどけていくのを感じた。


「どうか気兼ねなく、お嬢様の道をお進みくださいませ。それが、我らの何よりの誇りにございます」


 ――それでこそ、アストリア侯爵家の令嬢。


 胸の奥に、その言葉が優しく灯った。



「クララ、それからセレナとヴィタも座りなさい」


 ルクレツィアの声に促され、三人の娘は静かに席についた。


「今日の件は、あくまで時間稼ぎにすぎません。王家はやがて、クララこそ“本物”だと確信し、再びこの屋敷を訪れるでしょう」


 母の言葉に空気がぴりりと引き締まる。


「なら、今のうちにクララを修道院に入れちゃえばいいじゃない。誓願を立てれば、もう還俗できないんでしょう?」


 セレナが軽い調子で提案するが、ルクレツィアはすぐに首を横に振った。


「それは難しいわ」


「でも終身請願を立てた修道女って、基本的に戻れないものよ? 私だってそのくらい知ってる」


 ヴィタがむっとして反論する。


「クララ、あなたならわかるでしょう? 一度は冷静さを失って同じことを考えたはずだから」


 母にそう問われ、クララは小さくうなずいた。


「……王家が本気を出せば、還俗は……可能です。前例は少ないですが、絶対ではありません」


(知っていた……でも、さすがにそこまでしてこないと思ってた。逃げれば終わりになると……)


「――つまり、修道院も完全な逃げ場にはならないのよ」


 ルクレツィアは静かに言い切った。


「……じゃあ、どうすれば?」


「ここからは、根比べです」


 母の言葉に、クララも姉たちも揃って首をかしげた。


「王太子殿下には立場があります。結婚は避けられませんし、早急に世継ぎも必要。でも、修道女になるのに年齢制限はない。持参金の準備も整っている以上、こちらは何年でも待てるのです。あとは……あなたにその覚悟があるかどうか」


 クララは一瞬の迷いもなく、頷いた。


「決まりね。クララ、あなたはしばらく“病気”ということにします。屋敷の外には出られないけれど、構わない?」


「ええ、構いません」


「よろしいわ。お父様には、予定通り社交シーズンに合わせて戻ってきていただくはずでしたが……しばらく領地に滞在していただく方がよさそうね。手配は私がするわ」


 母の力強い声に、全員が頷いた。

 

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