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未来、未来  作者:
6/8

最後の春、最初の旅

「どこか行きたいところ、ある?」


そんなふうに訊いたのは、桜が咲き始めたある日のことだった。

昼と夜の間みたいな光の中、いつもの喫煙所で並んで座っていたとき。

ポケットの中で手をつなぎながら、俺は、できるだけ軽く言ったつもりだった。


「……宮城、かな」


彼女の声は、少しだけ迷いを含んでいた。

でも、それはどこか確かな“願い”だった。


「みらいの地元、行ってみたいなって。……だめ?」


「だめなわけないじゃん」


彼女はほっとしたように笑った。

その笑顔が嬉しくて、俺はすぐに日程を組み始めた。

時間は残されていない。でも、だからこそ、ぎゅっと詰まった旅にしたかった。


**


最初の目的地は仙台。

東北新幹線で2時間弱。だけど、景色はまるで別世界だった。


「空、広っ……」


仙台駅を出て、彼女が一番最初に言った言葉がそれだった。

東京の空が狭いなんて、考えたこともなかった。

でも、確かにここには、地面から空まで、余白がたくさんあった。


「……なんか、落ち着くね。喉が軽い」


「俺は子どものころからこの空気で育ったから、わからなかったけど……やっぱ違うんだな」


レンタカーを借りて、ふたりで松島方面へ向かった。

途中、定義山に立ち寄って、名物の三角あげを頬張る。


「これさ、見た目地味だけど、めちゃくちゃ美味しくない?」


「な?」


油揚げを食べながら寺を歩く。

不思議と心が静かになって、無理に会話しなくても苦じゃなかった。


夜は松島の海沿いの旅館へ。

夕飯を食べ終えて、浴衣姿で縁側に並んで座ったとき、彼女がぼそっと言った。


「みらいって、こういう場所で育ったんだ」


「うん。なんか、昔は何もないって思ってたけど……今見ると、すごく大事な景色だったなって思う」


「……いいな。変わらない場所、持ってるの」


彼女の声は少しだけ寂しそうで、その理由がわかる気がした。


**


東京に戻って、彼女が言った。


「高いところ、行こうよ。夜景が見えるとこ」


選んだのは、渋谷スカイだった。

ビルの屋上にある展望フロア。

昼と夜の境目を飲み込むように、都会の光が広がっていた。


「……こわい。けど、きれい」


「手、握っとく?」


「バカ」


そう言いながら、彼女は俺の手を握った。

夜風が強くて、髪が踊っていた。


「ねえ……死ぬの、怖くなくなった?」


思い切って訊いた。

答えは少しだけ遅れて返ってきた。


「……逆。怖くなったかも」


彼女の声は小さかった。

夜景のざわめきにかき消されそうで、俺は彼女のほうを向いた。


「楽しいから、怖くなる。……もっと見てたいって、思っちゃう」


「じゃあ……やめる?」


「……やめたら、たぶん後悔する。私ね、怖いのより、後悔するのがもっと嫌なの」


みくるの横顔が、夜の中で淡く光っていた。

誰よりも傷つきやすくて、誰よりも真っ直ぐで、

それなのに、自分の人生を最後まで自分の手で選ぼうとしている。


その強さに、俺は何も言えなかった。

ただ手を握ることでしか、気持ちを伝えられなかった。


**


旅の最後に、京都にも立ち寄った。

早朝の嵐山、誰もいない竹林。

ふたりで歩く音だけが、細く続く道に響いていた。


「これが最後の春なんて、ほんとかな」


「……ほんとだよ。たぶん」


「バカだな、俺……現実味がなくなってきてる」


「それでいいよ。私も、ちょっとだけ夢みたいだもん」


その日の夜、鴨川の近くのベンチで抹茶アイスを食べた。

川の流れと遠くの笑い声だけが聞こえる静かな夜だった。


「ありがとうね、みらい。連れてきてくれて」


「……こっちこそ」


「次はスイスだね」


その言葉に、現実がふっと背後に戻ってきた。

でも、彼女は目を逸らさなかった。


「ちゃんと終わらせようね、最後まで」


**


──夜は、まだ長かった。

けれど、確実に終わりに向かっていた。


そして、その終わりに、俺たちはちゃんと向き合おうとしていた。


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