役立たずと聖女の妹に言われた姉の番はかつての飼い犬だった〜黒い狼になって強大な力で未来を切り拓いてくれる。元家族達は見違えるほど憔悴して領地も荒廃していったらしい。フェニックスがいるのに?〜
日差しが優しく降り注ぐ、花々が咲き乱れる美しい庭園。
しかし、その一角だけは、鉛のような陰鬱な空気に包まれていた。
理由は正直、分からないまま。
伯爵令嬢であるキャロリーナは、そこで一人、冷たい石畳に膝を抱えて座っていた。
「なぜ、生まれてきたの」
数刻前、実の妹であるティシカから吐き捨てられた言葉が、キャロリーナの耳にこびり付いて離れない。
「お姉様はなぜ、私の姉なのかしら?」
ティシカは、この世界で非常に珍しい『聖女』の力を持っており、その力ゆえに家族中の愛情を一身に受けていた。
一方のキャロリーナは、特別な力を持たないただの伯爵令嬢。
「全く、出来損ないだな」
それゆえに、家族からは冷遇され、存在すら疎まれていた。
特に酷かったのは、キャロリーナの番が決定した日のこと。
「早く出て行ってほしいわ」
この世界では、十六歳になると神託により番が告げられる。
キャロリーナに告げられた番は、巨大な黒狼だった。漆黒の毛並みに、鋭い銀色の瞳を持つ、神々しいまでの美しさを持つ狼。
しかし、その強すぎる力は、周囲の人間にとって恐怖の対象でしかなかった。
「こんな恐ろしい魔物と番になるなんて、お姉様は一体、前世でどんな悪いことをしたの?」
ティシカは、心底嫌悪感を露わにしてそう言った。
両親もまた、キャロリーナの番を忌々しげに見て、冷たい視線を送るばかり。
そして今日、ティシカの番である光属性の聖獣フェニックスが、キャロリーナの黒狼に威嚇的な態度を取った際。
庇おうとしたキャロリーナは、フェニックスの強大な力に吹き飛ばされ、庭の隅に追いやられたのだ。
(どうして、私がこんな目に……)
キャロリーナは、前世の記憶を持っていた。
日本の平凡な女子高生だった彼女は、交通事故にあい、この異世界に転生したのだ。
前世では、一匹の黒い大型犬を飼っていた。
賢く、優しく、何よりも忠実なその犬は、キャロリーナにとってかけがえのない家族だ。
(もしかして、私の番は……ファードル?)
前世の愛犬と同じ黒い毛並み、鋭い銀色の瞳。
初めて番の黒狼を見たときから、キャロリーナはそう感じていた。
言葉は通じなくとも、その瞳の奥には、どこか懐かしい温かさがあるように思えたのだ。
その日の夜、キャロリーナは自室でそっと黒狼に語りかける。
「ファードル、なの?私のファードルなの?」
黒狼は、キャロリーナの言葉の意味を理解しているかのように、静かに彼女に寄り添い、大きな頭をキャロリーナの手に擦り付けた。
これは、そうに違いないと。
その温もりを感じた瞬間、キャロリーナの目から熱い涙が溢れ出した。
「ファードル!やっぱり、あなただったんだね」
その日から、キャロリーナと黒狼の間には、言葉を超えた強い絆が生まれ、常にキャロリーナの傍に寄り添い、彼女をあらゆる危険から守った。
さらに。
家族からの冷遇が酷くなるほど、黒狼はキャロリーナに優しく、その存在がキャロリーナの心の支えとなっていった。
ある日、王国の騎士団長であるレオナルドが、伯爵家にやってくる。
彼は、近隣の森で凶暴な魔物が出没しているという情報を掴み、聖女の力を持つティシカに協力を仰ぎに来たのだ。
「聖女様、どうか魔物討伐にご協力いただけないでしょうか」
レオナルドの真剣な眼差しに、ティシカは得意げに頷いた。
「ええ、このティシカにお任せください!」
両親も、聖女である娘が騎士団長に頼られたことを大いに喜び、ティシカを褒め称えた。
それはもう、胸を張れるくらい。
一方のキャロリーナは、いつものように隅に追いやられ、誰からも注目されることはなかった。
いつものことだ。
しかし、魔物討伐当日、思わぬ事態が発生した。
森の奥深くで待ち受けていた魔物は、予想を遥かに超える強さを持っていたのだ。
ティシカの聖なる力も歯が立たず、騎士たちは次々と倒れていく。
「きゃああ!」
ティシカの悲鳴が響き渡る。
強大な魔物の爪が、彼女に迫っていた。その瞬間、一筋の黒い影が猛スピードで駆け出した。
キャロリーナの番である黒狼だ。
黒狼は、まるで嵐のように魔物に襲い掛かり、鋭い牙と爪で圧倒していく。
その動きは俊敏で、力強く、見る者を震え上がらせるほどだった。
あっという間に、凶暴な魔物は黒狼の前に屈服し、消滅。
その場にいた騎士たちは、信じられない光景を目の当たりにし、言葉を失った。
レオナルドは、黒狼の圧倒的な力に驚愕し、その傍らに立つキャロリーナを見つめ。
「あれが、キャロリーナ様の番……一体、どれほどの力を秘めているのだ?」
ティシカは、助けられたにも関わらず、悔しそうな表情で黒狼ファードルを睨みつけていた。
「ただの魔物が、少しばかり力があるからって……!」
しかし、レオナルドはティシカの言葉を遮り、キャロリーナに向かって深々と頭を下げた。
「キャロリーナ様、あなたの番は、我々騎士団の誰よりも勇敢で、そして強い。今回の魔物討伐は、あなたの番のおかげで成功しました。心より感謝申し上げます」
騎士団長の言葉に、両親は唖然とし、ティシカは顔を真っ赤にして唇を噛み締めた。
今まで見下していたキャロリーナとその番が、自分たちよりも遥かに大きな力を持っていたという事実に、彼らは衝撃を受けている。
その日を境に、伯爵家の態度は一変。
手のひらを返したようにキャロリーナに優しく接し、機嫌を取ろうとする両親。
ティシカも、以前のような高圧的な態度は影を潜め、ぎこちない笑顔でキャロリーナに話しかけてくるように。
内心、キャロリーナは鼻で笑う。
キャロリーナの心はもう動かなかった。
長年受け続けた冷遇は、彼女の心に深い傷跡を残していたのだ。
今更優しくされても、それは表面的なものに過ぎないと感じていた。
どうせ、似たようなことがあればまた冷遇をしてくるだろう。
そんな中、レオナルドは何度もキャロリーナのもとを訪れる。
黒狼の力とキャロリーナの聡明さに敬意を表した。
彼は、キャロリーナの境遇を知り。
心から同情するとともに、彼女の秘めたる可能性に強く惹かれていた。
瞳は異性を見つめる色が見える。
ある日、レオナルドはキャロリーナに真剣な眼差しを向け、言った。
「キャロリーナ様、あなたはこんな場所にいるべきではありません。あなたの強さと優しさがあれば、きっともっと輝ける場所があるはずです。もしよろしければ、私と共に王都へ来ていただけませんか?」
レオナルドの言葉は、キャロリーナの心に深く響いた。
家族からの冷遇、妹からのいじめ。
ずっと一人で耐えてきたキャロリーナにとって、レオナルドの温かい言葉と真摯な眼差しは、一筋の光のように感じられた。
答えは決まっている。
キャロリーナは、黒狼の頭を優しく撫で、決意を込めてレオナルドに頷いた。
「ありがとうございます、レオナルド様。あなたと共に、王都へ参ります」
こうしてキャロリーナは、長年住み慣れた伯爵家を後に、レオナルドと共に王都へと旅立った。
家族がなぜか引き留めてきたが、気に止める意味はない。
王都では、黒狼の圧倒的な力と、キャロリーナの持ち前の明るさと賢さで、すぐに周囲の信頼を得た。
「見て、キャロリーナ様よ」
「狼様の活躍聞いた?」
キャロリーナは、レオナルドの支えもあり、みるみるうちに頭角を現し、王国の重要な役割を担うようになっていった。
「ワウワウ」
「レオナルド様、ファードルのブラッシングをします」
「ああ、見学してもいいだろうか?」
一方、キャロリーナを失った伯爵家は、聖女ティシカの力だけではどうにもならない問題に次々と直面。
「いやあああ!どうしてよお!」
「ティシカ!なんとかしろ!」
「できないことを言わないでよ!お父様!」
徐々に衰退していった。
「父親に怒鳴るな!不出来な出来損ないめ!」
ティシカは、以前のように周囲から崇められることもなくなり、孤独と焦燥感に苛まれる日々を送っていた。
父親にかけられた言葉は皮肉にも、ティシカが実姉にかけた言葉。
数年後、キャロリーナはレオナルドと結ばれ、幸せな家庭を築いていた。
プロポーズされてすぐ、その溺愛に溺れる。
彼女の傍には常に、忠実な番である黒狼ファードルが寄り添っている。
幸せな日常。
ある日、キャロリーナは王国の使節団として、故郷である伯爵領を訪れることになった。
夫は心配していたものの、もうなんとも思ってない。
久しぶりに再会した両親とティシカは、以前とは見違えるほど憔悴していた。
あれだけ毎日、優雅に笑っていたのに。
かつての栄華は見る影もなく、領地も荒廃が進んでいるようだった。
「キャロリーナ……どうか、私たちを助けてください」
両親は、涙ながらにキャロリーナに懇願した。
見る影もない態度。
キャロリーナの表情は無だった。
「あなたたちは、私が苦しんでいた時、一度でも助けてくれようとしましたか?私の番を恐れ、蔑み、私をこの家から追い出したのは、あなたたちでしょう?やったことを振り返りもしない。謝りもしない」
「それは」
キャロリーナの言葉に、両親は何も言い返すことができなかった。
ティシカもまた、俯いたまま何も言わない。
「私は、あなたたちのおかげで、本当に大切なものを見つけることができました。そして、今の私がいるのは、あなたたちが私を必要最低限に扱ってくれたからです。ですが、あなたたちの頼みを聞くことはできません」
キャロリーナはそう言い放ち、レオナルドと共に、静かにその場を後にした。
黒狼ファードルはその際、妹の番のフェニックスの羽を毟っては庭にばら撒いていたのを密かにレオナルドは目撃。
聞こえる後悔など聞く義理もなし。
振り返ることなく、前を見る。
「キャロリーナ」
「レオナルド様、ファードル」
元家族は、失ったものの大きさを、今になってようやく痛感するのだった。
「帰ったら、ブラッシングね」
黒狼ファードルから、フェニックスの羽を髪につけられたキャロリーナ。
「ワフっ」
キャロリーナの心には、清々しいほどの解放感が満ち溢れていた。
こんなもふもふ欲しいな、という方も⭐︎ の評価をしていただければ幸いです。




