農民の子に転生しました③
国のトップが変わってから五年が過ぎた。父さんの言っていた通り村の生活は何も変わることもなく、いつも通りだった。
そしてこの五年間で帝の印象も変わった。暴君だと思っていた帝は王都を大きく発展させ、賢王と呼ばれているとか。暴君とか言ってごめんなさいっ!
その帝は青い髪に金色の目をしているみたいで、竜人特有の色らしい。
竜人。
この世界には俺たち人間の他にも種族があって、それが竜人と獣人らしい。凄くね? もうファンタジー世界じゃん。ファンタジー世界だけど。
遠い昔に竜人の姫様が帝に輿入れし、以来脈々と竜人の血を受け継いでいるらしく時々青い髪に金色の目をした子どもが生まれてくるらしい。
竜人ってその姫様だけだよね? 普通血が薄くなっていくもんだよね? 寧ろ残ってないよね? どうなってんの? これもファンタジーあるあるなの?
まあ、他の種族も居ると分かったところで彼らと出会う日なんて来ないだろう。残念。
「今、王都からお偉いさんが来ていて、十歳から十五歳の男児を村長の所に連れて来いと……」
田植えの準備をしている最中、立派な馬車が村にやってきた。「なんだ? なんだ?」と村の皆が騒ぐ中、馬車は止まらずそのまま小さな庭付きの一戸建ての村長さん宅に向かった。
暫くすると各家庭の家主は村長さん家に集まるよう伝達が来て父さんが向かった。母さんは「悪いことでなければいいわぁ」と心配そうな表情を浮かべた。
そして戻ってきた父さんはどこか困惑した様子で先ほどの台詞を言った。
「……徴兵?」
険しい表情を浮かべた博兄ちゃんに父さんは「違う」と首を横に振った。
「後宮で働く者を集めているそうだ」
ん? 後宮って帝の側室が沢山いる場所だよな? そこって男子禁制なんじゃ? それともこの世界は違うのか?
「こんな僻地まで足を運ぶほどいないのか?」
博兄ちゃんの疑問に「おそらく」と父さんが返す。
「一先ずお偉いさん方を待たせるのは良くない。洋を連れて行くから、博は後を頼む」
父さんは何か言いたげな顔で俺をチラリと見てから博兄ちゃんに指示を出していた。
村長さん宅の庭に父親と年齢指定された子ども達が集まった。村長さん宅はそれほど大きくないので全員入ることはできない。
「多忙の中集まってくれたこと、礼を言う」
若い男の声が聞こえたが、その姿は大人たちの背に隠れて見えなかった。
「手短に説明をする。男性の後宮で深刻な人手不足であるため、奉公を募っている。厳しい規則はあるが寝床と一日二回の食事、そして月に一度報酬がでる。報酬は……」
若い男が説明する中、俺の頭上にクエスチョンマークが大量に発生していた。
今、男性の後宮って言わなかったか?
思わず父さんの顔を見上げたが特に何も反応していない。周りの大人たちもそうだ。あれ? 疑問に思ったの俺だけ? と不安になって子どもたちの様子を見ると何人か首を傾げたり、何か言いたげな表情で自分の父親を見上げた子もいた。もしかして俺と同じこと思ったのかな? でもお偉いさんの話を邪魔すれば殺されると思って黙ってるって感じだ。……と一人勝手にそう解釈する。
「最低でも三人は出すように。三週間後に迎えに来る」
若い男はそう言って締め括り、俺たちはその場で解散した。俺は人混みに紛れて後ろを振り返った。どんな人が来たのか気になったからだ。
お偉いさんは二人のようだ。若いお役人さんっぽい人が村長さんと話をしている。そしてもう一人……鎧を着た黒髪に切れ長の美形がその場を離れていく俺たちのことをじっと見ていた。
と、不意に美形と目がバチッと合った。
余りにも鋭い眼差しに俺は慌てて前のほうを向いた。今めっちゃ目が合った気がしたけど……気のせいだよな? うん。気のせい、気のせい。
だけどその時俺は気付かなかった。その美形がずっと俺のことを見ていたことを……。
「父ちゃん。男性の後宮ってなに?」
家に戻ってきた俺は速攻で父さんに聞くと、父さんはちょっと困った顔をした。
「……帝様には女性の側室と男性の側室がいるんだ。何代か前の帝様が男性の後宮をお作りになったらしい」
お、おおう。マジっすか。もしかして……いや絶対その帝……そっち側の人間だったろ。てか、上層部とかめっちゃ揉めたんじゃね? 揉めたよね? 絶対。え? なに? それ以来あるってこと? まじで?
「お偉いさんは最低でも三人は出せと言っていた。なら……」
「俺行きたいっ‼」
父さんの言葉を遮って手を挙げると皆一斉に「は?」と俺を凝視した。
「俺は掃除、洗濯、それに針仕事もできる」
前世を思い出してから俺は畑仕事以外に、女性陣に混じって掃除や洗濯、針仕事を率先してやった。もともと一人暮らしで家事をやっていたから抵抗はなかった。
……が、いざ参加してみると前世の文明の利器の偉大さを痛感させられた。
洗濯なんて思いっきり力仕事だし、冬になれば水が氷のように冷たくて指が壊死するんじゃないかって何度も思った。
服だってミシンもなければ既製品もない。全部一から服を仕立てなければならない。女性陣は談笑しながら縫っているが手がめっちゃ早い。前世で取れたボタンを縫い付けるぐらいしかしなかった俺は何度も指に針をぶっ刺した。やっとの思いで完成した服は縫い目がガタガタで酷い有様だった。今は大分マシになった。うん。大分……そう信じたい。
最初は女性陣に「あんたがやる必要はない」と言われたが、「手が空いたー。やっていい?」と何度も押しかけていったら、最後は断念してくれた。
父さんや母さんの手伝いを頑張るのは、前世の両親に対する罪滅ぼしだ。……自己満足でしかないけど。
まさかそれが活かせる場所があるとは! しかもだ!
「お金貰えるんでしょ!」
帰る途中で大人たちが「ひと月分の報酬……あれ、俺たちの三ヶ月分の稼ぎじゃないか?」と話していたのを聞いた。男姓の後宮ってのはドン引きだが、お役目は二、三年ぐらいだって言ってたし住み込みのアルバイトと思えばっ!
「ダメよっ!」
明姉ちゃんが叫んだ。
「洋はダメ! 絶対行っちゃダメッ!」
「メ、明姉ちゃん……?」
「明の言う通りだ。お前がわざわざ行く必要なんてない」
「博兄ちゃん?」
「三人だけってお偉いさんたちは言っていたでしょ? あなたが行く必要なんてないわ」
「か、母ちゃん?」
え? なんでみんなそんな否定的なの? チャンスじゃん。 三カ月分の稼ぎがひと月で貰えるんだよ? 大金だよ? 俺はオロオロして父さんを見た。父さんは腕を組み険しい表情を浮かべていた。
「みんなの言う通りだ。お前が行く必要などない」
「な、なんで?」
「後宮は恐ろしい場所だと聞く。…………それに帝様のお手付きになったら、あそこから出ることができなくなるんだぞ?」
…………………はい?
お手付き……お手付きってあれだよな? 下心で帝が手を出すってこと……だよな? 困惑して家族を見ると皆が青い顔で何度も頷いていた。え、えー……と。
「あの…… 俺の顔見て言ってる?」
俺は眉間に手を置いた。めっちゃ頭が痛い。俺の顔は美形とは程遠いモブ顔で、さらに額の左側から眉間を通って右側の頬に向かって大きな傷跡がくっきりとある。イケメンとか渋いおっちゃんだったら、この傷もいい味出していただろう……。身体だってちんちくりんの上栄養不足でてガリガリだ。
こんな俺に帝が手を出すかっ⁉ なんでそんなぶっ飛んだ発想になるんだよっ⁉ この星がひっくり返っても絶対ねぇからっ! 寧ろ帝に失礼だろっ‼ 首飛ぶぞっ‼
そこから家族を説得するのに三週間まるまる使うことになるとは思いもしなかった。
王都から迎えが来る日。村長さん宅に七人の子どもとその父親が集まった。俺は博兄ちゃんが付いてきた。
俺の必死な説得の末、家族は渋々頷いてくれた。博兄ちゃんや明姉ちゃんの結婚資金は勿論、お金があればなかなか手に入らない薬が買えるのだ。……久兄ちゃんの三番目の子どもが流行り病で亡くなったのは記憶に新しい。余裕があれば農具だって買える。
家族から「くれぐれも帝様の目に入らぬように」とか「側室に気に入られようとは思うな」とか耳にタコができるぐらい言われた。いや、だから帝に失礼過ぎるだろっ! 側室に対してもっ! 何度も「絶対ない。絶対ないからっ!」と言ってもみんな納得していない顔をしていた。寧ろどっから湧くの? その自信。
集まった子どもたちを見た博兄ちゃんが「こんだけいるならお前が行かなくてもいいんじゃ……」とぼそっと言ったので全力スルーした。あー、あー聞えませーん。
村長さん宅で待っていると馬車がやってきた。おおう、吹き曝しの馬車じゃなくて、ちゃんとした馬車だ。凄い。馬車の中から前回居たあの切れ長の美形が下りていた。美形は集まった子ども達の顔を一人一人確認していき、俺の顔を見た瞬間美形の目がスッと細くなった。あれ、もしかして顔の傷アウトですか? とドキドキしたが美形はこれと言って何も言わず、博兄ちゃんを含め親たちに小さな袋を渡した。多分お金が入っているのあろう。村長さんにはお礼的なものを渡している。
「乗りなさい」
美形に言われて子ども達が馬車に乗っていく。俺も後に続こうとした時、博兄ちゃんに呼び止められた。「何?」と振り返ると博兄ちゃんに抱きしめられた。
「必ず帰ってこい。いいな?」
博兄ちゃんが小さな、だけどしっかりとした声で言った。博兄ちゃんに前世の兄貴が重なった。今度帰ると言って、もう二度と会えなくなった前世の家族。
「うん……」
思わず泣きそうになった俺はぐっと堪え、博兄ちゃんを強くを抱きしめた。最後の俺が馬車に乗り込むと、美形は御者に「出せ」と指示を出した。
博兄ちゃんは馬車が見えなくなるまでそこに立っていて、俺も見えなくなるで博兄ちゃんに手を振った。
この時の俺はまだ知る由もなかった。
二、三年ぐらいで帰ってくるつもりが、まさか十数年後になるなんて。しかも、知らないうちにとんでもない地位に就いていて白目を向くことになるなんて……この時の俺はまだ知る由もなかった。




