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背後にはくれぐれもご注意を……

 前世、社会人だった俺の休日はもっぱら部屋に篭っていた。あ、ダチとたまに遊びに行ったりする時もあったぞ。………たまに。ダチは元気にしてるだろうか? ダチは大の甘党で将来自分の洋菓子店を持つって言って修行に明け暮れていたな。なかなか会えないが俺にとってはたった一人の大変貴重なダチだった。ダチのほうは結構友好関係が広くて……。あれ? おかしいな? 涙が……。


 話がズレた。まあ世の中便利なもので一人でいても十分楽しめる娯楽が沢山あった。ゲームに動画に電子漫画、ゲームに動画に電子漫画、ゲー……。動画なんて気付くと夕方になっている。恐ろしい。


「はぁ……」


 俺はよく晴れ渡った夏の空を見上げてため息をついた。異世界転生して、男の後宮で下っ端として働き出して、現在は公に出来ない宮の庭を一人で手入れしている。


 一人でいることは苦ではない。

 でもな、それって部屋に篭っていても楽しめる娯楽があったからだ。


 ここには、ガチで、何も、ないっ!


 ゲームも動画もなければ漫画本もない!


 一人で起きて、一人で朝飯食って、草刈りして、一人で晩飯食って寝る。これの繰り返し。人との会話なんて黎明ぐらいだが、あの人相手にダチ感覚で話せる分けがない! 寧ろ滅茶苦茶気を使って逆に疲れる!


 黎明に気を遣うだけで、他は一人でいられるならそれでも全然構わないって奴もいるかもしれない。

 でも俺には無理だ。この静まり返った空間に耐えられない。


「有線……有線ぐらいほしい……」


 有線なんて工場で流れていた時ぐらいしか聞いてなかったが、今はそれがほしい。絶対無理だろうけど。


「ゆうせんとはなんだ?」

「ぴぎゃーーーーッッ‼」


 すぐ背後から聞こえた声に俺はなんとも情けない声を上げた。


「す、すまない。そんなに驚くとは思わなかった」


 目を丸くする黎明。気配もなく突然背後から声がしたら誰だってビビるわっ! あーマジで草刈り機持ってなくて良かったー。おしゃれアイテムの一つとして置かれた岩の足元の草を手でむしってるときで良かったー。草刈り機だったら下手したら怪我してたぞ! 思わず睨んでしまった俺は悪くない。絶対悪くないぞっ!


「あー……暑い中ご苦労。菓子を持ってきた。お茶にしようか」


 ふん。お菓子に免じて許してやる。って口が裂けても言わないけどなっ! 心の中で言うぐらいは許せっ!

 お茶セットを持って東屋に行くと、石のテーブルの上に上部に持ち手の付いた縦に細長い小さな木箱が置かれいて俺は首を傾げた。


「ひと月ほど前、男の宮に新しい側室が入ったことは言ったな?」

「は、はぁ……」


 お茶を噴き出しそうになったあれか。少し鼻のほうに入って痛かったぞ。


「その側室の従者が考えた菓子だ」


 そう言って黎明は箱の側面の一部を上にスライドさせた。そして、中から現れたのは……。


「菓子の名前はぷりんと言うらしい」


 銀色の食器(まさか銀食器じゃないよな?)に乗っていたのは前世でよく見たプリンだった。黎明はスプーンを添えて俺の前にそれを置いた。


「味は保証するよ」


 にっこり笑う黎明。


(あー…まさか……な?)


 あることが脳裏を過った。俺はスプーンを持ってプリンを一口食べた。………うん。間違いなくプリンだ。俺の知っているプリンより堅いし、甘ったるくないが確かにプリンだ。そして……。


「……冷たい」


 プリンが程よく冷えていた。俺は木箱をちらりと見た。


「興味あるか?」


 黎明は俺の視線に気付いて木箱の蓋をもう一度開けた。プリンに釘付けで気付かなかったが木箱の内部は灰色の……まるでコンクリートのようなもので覆われていて、よく見るとキラキラと光る青い石が所狭しと埋め込まれていた。


「水の霊石の屑石をこの土に練り込んで内部に塗りつけたんだ。そして内部を冷やす術式を組み込んである。ほら触れてみて」


 遠慮しときますと言えず、俺は身を乗り出して手を伸ばし木箱の中に手を入れてみた。確かに冷たい。まるで冷蔵庫だ。持ち運び式のミニ冷蔵庫だ。凄い。


「これは試作で、改良しなければならない部分がまだまだ多いらしい」


 へぇ……って、そんな大事な試作品持ってくるなよ! 製作者もヒヤヒヤしてるんじゃないかっ?!


「その従者、他にも珍しい菓子を作るらしい」


 木箱の蓋を閉じた黎明はテーブルに肘をついてにっこり笑った。


「で、ゆうせんとはなんだい?」


 プリンの味が遥か彼方のほうへぶっ飛んだ。 またしても黎明の笑顔の圧が凄い。拒否権なんてない俺はしどろもどろに説明をし、黎明から質問責めにあった。もはや尋問。


 意気揚々と帰っていく黎明とは正反対に俺は疲れ果ててしまった。


 また余計な仕事を増やしてごめんなさいっ! 顔見ぬ製作者様っ!


「はぁ……」


 脳裏に浮かぶのは先ほど食べたプリン。転生小説を読み漁っていた俺にとっては見覚えのある展開だ。


 もしかしてその従者も転生者?


 いやいやいや、落ち着け。これだけで決めつけるのはよくない。この世界にも西洋みたいな国もあって、そこから来た人間かもしれない。

 てか、従者が転生者だったとしても側室のお付きだろ? そして俺は下っ端。……うん。会うのは不可能だろうな。


 あれから数ヶ月後。

 東屋のテーブルの上にティッシュ箱サイズの音声受信器……所謂ラジオが置かれていて、そこから優雅な楽器演奏が流れていた。選局もなく今は音楽を流すだけ。それでもいいですっ! 無音の世界から解放されるならっ!


 一瞬、公にできない場所で音楽を流したら場所が特定されるのでは? と心配したが、この敷地全体に防音の術式が張られていて外に漏れることはないとのこと。そこまでしてるんですか? 徹底し過ぎてません? 怖っ!


「今はこれが限界だが、いずれゆうせんとらも実現させるつもりだ」

「ソーデスカー」


 

 製作者様、本当にごめんなさい‼


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