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3 森の小屋から王宮へ


「メアリ。そろそろ起きられるか?」


 アーニーの声で目が覚めた。


「あ……私、寝てしまっていたんですね。ごめんなさい」

「もう少し寝かせてやりたいんだが、出発が遅くなると寒くなるからな。これ、乾いているから着替えるといい」


 渡された若草色のドレスをじっくりと眺めてみたが、イニシャルや紋章の刺繍などもついておらず、手掛かりになるようなものは何も無かった。衝立(ついたて)の向こうで着替えてみると、裾の長さがふくらはぎまでのミモレ丈だ。

 それにしても腕が痛くて上がらない。背中側の一番上のボタンをどうしても留めることが出来ず、仕方なくそのままアーニーの前に出た。


「ドレスの丈がこれだということは私、まだ成人前なのですね」

「メアリの国では成人前の女子はその丈のドレスなのか?」

「今、自然にそう思ったんです。十八で成人を迎えると長いドレスになるんだなって」

「そうか。ガードナーでもそれは同じだ。それだけではまだ手掛かりにならないな」


 そう言いながらアーニーはメアリの背後に回ると、背中のボタンを留めてくれた。


「あっ、すみません、ありがとうございます。腕が痛くて届かなくって……」

 

 本当なら男性にこんな事をされたら恥ずかしくて()(たま)れないのだろうが、アーニーの一連の動作があまりにもスマートだったので嫌な気はしなかった。


(この人、絶対、モテる人だと思う……! さりげなさ過ぎて驚く暇も無かったわ)


 着替え終わるとアーニーは裸足のメアリを大きな毛布でスッポリと包み、馬に横向きで乗せてくれた。


「道が細くて馬車は通れないんだ。しばらくは馬で我慢してくれ」


 アーニーはメアリの後ろに乗って手綱を取り、ゆっくりと進み始めた。その腕は硬く筋張っていて男らしさを感じさせ、メアリはなぜか緊張してドキドキしてしまった。


(朝も思ったけど、華奢に見えて随分逞しいのね。顔も綺麗だし女性に見えるなんて思っちゃったけど、やっぱり男の人だわ)


 やがて、馬は森を抜けて広い道に出てきた。


「ここに馬車を待たせてある」


 見ると、大きな紋章のついた立派な馬車が待機していた。アーニーが馬車に近寄って行くとたくさんの兵士が現れて一斉に敬礼をする。


「アーネスト殿下、お迎えに上がりました」

「ああ、ありがとう。急に呼び立てて済まなかったな」

「とんでもございません! 光栄です!」


 アーニーは馬を降り、メアリを毛布ごと抱き上げて下ろした。


「私はこの女性と馬車に乗る。サムを頼むぞ」

「はっ」


 サムとはさっきまで乗っていた馬の名前らしく、兵士が引き綱を持って連れて行くのが見えた。アーニーはメアリを抱いたまま馬車に向かい、ドアを恭しく開けて立っている銀縁眼鏡の青年に笑顔を向けた。


「すまんな、イーサン。わざわざ迎えに来てくれたのか」

「何を仰います。殿下のお呼びとあらば、私は必ず参ります」


 メアリを馬車に乗せて座らせたアーニーは、向かい側に座った。眼鏡の青年は一瞬どちら側に座ろうか考えていたようだが、アーニーに座面をポンと叩かれたので失礼します、とアーニーの隣に座った。


「行き先は王宮でよろしいですか?」

「ああ、頼む」


 そして馬車は静かに動き始めた。メアリは、何がなんだかわからず少し混乱していた。


(アーニーってもしかしてすごい身分の方なの? この馬車も凄く乗り心地がいいし、まるで振動を感じない。外装も美しくて、そう、まるで王族の乗る馬車のような。ていうかさっき殿下とか王宮とか言っていたわよね? )


 キョロキョロと挙動不審になっているメアリを一瞥した眼鏡の青年は、明らかに怪しんでいる顔で尋ねた。


「殿下、この方は」


 怪しまれるのも当たり前だろう。毛布で包まれた不審な裸足の女がこんな豪華な馬車に同乗していることが、まずもっておかしいのだから。


「川で拾った」

「はい?」

「崖から川に落ちてきたんだ。滝に流されそうになっていたから、引き上げて介抱していた」

「そんな、どこの誰ともわからない人間を拾ったんですか? そんな危険なことおやめ下さい! 殿下に害をなす者かもしれないじゃないですか! 」

「まあそう怒るなイーサン。お前だって、目の前で溺れそうな人がいたら、助けるだろう」

「それはそうですが、あまりにも不用意過ぎです。心配している私の身にもなって下さい……」


 イーサンと呼ばれた青年は不機嫌な顔でブツブツ言っていた。アーニーはイーサンの頭をポンポンと叩き、花が綻ぶような美しい笑顔を見せた。


「すまん、許してくれイーサン。心配かけたな」


 するとイーサンは口を尖らせながら真っ赤になって横を向いてしまった。


「……別に、それが仕事ですから構いませんけど」


(うわあ、この人ってアーニーのこと大好きなのね。すごくわかりやすいわ)


 イーサンは一つ二つアーニーより年下だろうか。鳶色の巻毛のせいで少し幼く見えているかもしれない。彼のアーニーへの視線は、憧れや尊敬が傍目から見ても充分に込められていた。


「ところでイーサン、頼みがあるんだが」


 アーニーは、メアリを拾った経緯を詳しく話し始めた。


「成る程。ではこの方が我が国の貴族かどうか、調べて欲しいということですね」

「ああ、頼む。身元がわかるまでメアリは王宮に住まわせておく」


 イーサンはあからさまにため息をついて言った。


「まったく、また面倒な仕事を増やしてくれましたねえ」

「ごめんなさい、イーサンさん。私のせいで」


 メアリは恐縮して謝ったが、アーニーは平気な顔をしていた。


「気にしなくていい、メアリ。イーサンは優秀な側近だからこれくらいの仕事、朝飯前さ」


 イーサンは得意そうに口の端をちょっと上げると、


「そうですね、ガードナーの公爵・侯爵家の令嬢の中にはこの方はいらっしゃいませんね」


と言った。


「全員の顔を覚えているのか、イーサン」

「上位貴族の令息・令嬢は全て顔と名前を把握しております。下位貴族でも王都にお住まいの方はわかりますが、地方在住の方になるとさすがにわかりかねますので少々お時間を頂きます」

「さすがだな。じゃあ、任せたぞ」

「承知致しました」


 言いながらイーサンは紙と鉛筆を取り出し、メアリの顔を見ながらサラサラと何か描き始めた。


「ストロベリーブロンドのウェーブヘアにエメラルドグリーンの瞳、色白、中背、痩せ型、年齢は十五から十七。この特徴でよろしいですね」


 あっという間に出来上がった似顔絵はメアリによく似ていた。


「凄い! お上手ですね」

「このくらい、当たり前です」


 心から感嘆したメアリに少し気を良くしたイーサンは、やっと笑顔を向けてくれた。


 


「メアリ、そろそろ王都だ。見覚えはあるか?」


 アーニーに促されて外の景色を見たメアリは、広い大通りに整然と並んだ美しい建物に驚きを隠せなかった。


「見覚えは全くないです。こんなに綺麗な街並みは見た事ないんじゃないかしら? 凄くワクワクします!」


 どこもかしこも美しく、行き交う人々も明るく幸せそうに見えた。初めて見たように心が弾む。懐かしい、という気持ちは湧いてこず、メアリはただただ感嘆していた。


 やがて馬車は広い王宮の門をくぐり、長く続く並木道と前庭を通り過ぎてようやく、馬車止めに着いた。

 外から侍従長らしき人がドアを開け、アーニーが降りると皆並んで一斉に礼をした。その中を、メアリは毛布に包まれたまま抱き上げて連れて行かれた。


「アーニーさん、下ろして下さい! 私、歩けますから!」


 ジタバタしながら抵抗したのだが、アーニーは聞く耳を持たなかった。


「裸足なんだから大人しくしておけ。大理石の床は冷たいぞ」


(それはそうだけど。皆さんの好奇の視線が痛い……)


 毛布に包まれた不審な裸足の女(二回目)に注目が集まるが、さすがに王室の使用人、それを顔に出す者はいなかった。

 

 侍女頭に預けられたメアリは王宮医師に診てもらい、薬草の浮かんだお風呂に入ってから用意されたフカフカのベッドで休むことになった。


(ふぅ、アーニーが王子様だったなんて。私、いろいろと失礼なことばかりやらかしてるわ。明日からちゃんと殿下って呼ばなくちゃ)


 川に落ちて森の小屋から王宮へ。目まぐるしく変わる環境に気疲れしたのだろう、今日もまたすぐに眠りに落ちていった。





 そして、メアリは夢を見た。


 また、あの崖で木に掴まってぶら下がっていた。空には暗雲が立ち込め、恐ろしい風が吹き荒んでいる。

 ぶら下がって風に揺られている自分を上から見ている二つの顔は、真っ黒なのっぺらぼうだ。


「あなた達は誰なの? なぜ私を殺そうとするの?!」


 だが彼らは答えない。やがて黒い顔に赤い目と口が現れ、ニヤリと笑った。この世のものとは思えない不気味さに、メアリは悲鳴を上げた。


「やめて! 誰か助けてーーー!」





「大丈夫か、メアリ」


 アーニーに身体を揺すられ、メアリはハッと目覚めた。


「大丈夫か。かなりうなされていたぞ」

「ああ、夢だったのね……良かった……」


 起き上がってみたが身体の震えが止まらない。涙で濡れた頬を拭おうとする手がガクガクと震え続ける。


「私、どうしちゃったんだろう……涙が止まらないわ」


 震えながら俯くメアリをアーニーは胸にグッと抱き締め、頭を撫でた。


「落ち着け。ここにはお前を殺そうとした奴はいない。安心しろ」


 メアリは目を瞑り、アーニーの背に腕を回してしがみついた。


「もう大丈夫なの……?」

「ああ。大丈夫だからゆっくり眠れ」


 アーニーは背中に手を当ててメアリを優しくベッドに寝かせた。ベッドから離れようとしたアーニーの手を、再びまどろみ始めたメアリがそっと握った。


「側にいて……」


 そして、アーニーの手を握ったまま寝息を立て始めた。眠ったことを確かめたアーニーはふっと微笑んで繋いだ手を優しく外し、お休みと呟いて部屋を出て行った。








 

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