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23 姉と妹 2

「ちっ、今日も雨かよ」


 シモンは相変わらず雨が嫌いなようで、文句ばかり言っていた。渋々ベッドから降りると朝食用のパンを三つに切り分けスライスしたハムを載せて食べ始めた。傍らでデボラが紅茶を淹れている。それを美味そうに啜り、パンをもう一枚食べた。


「これ、食っとけ。今日も外に出なくていい」


 そう言って雨合羽を着込み外に出て行った。


 二か月ほどが経ち、シモンは食べ物を分けてくれるようになっていた。もう少し抱き心地の良くなるように栄養をつけろ、などと言って。そのせいか腰の肉が若干戻ってきたような気がする。胸はまだ前のような豊かな状態には程遠いが。


 シモンへの嫌悪感は相変わらずだが、向こうからは情らしき物を感じるようになってきた。もう少し優しくなって晴れの日にも苦役を免除してくれたら嬉しいのだけれど……そんな事を考えながらハムの載ったパンと薄い紅茶を黙々と食べる。


 ふと、棚の上に無造作に置かれた紙束が目に入った。何の気無しに手に取ってみたデボラは目を見開き、食い入るように隅々までその書類を見始めた。


 一枚目には、エルニアン王太子夫妻に第一王子が産まれたこと。そしてそれを祝い大規模な恩赦が行われることが書いてあった。


(恩赦ですって……!)


 心臓の鼓動が大きくなった。もしや、自分も恩赦を受けられるのではないかと、手がブルブル震え、なかなか紙を捲ることが出来ないほどだった。

 二枚目には囚人の名前がズラリと並んでいた。恩赦で刑が軽減され外に出られる者のリストである。最初から最後まで、二回も見直してみたが……デボラの名前はそこには無かった。


(なぜ? 私はちゃんと真面目に苦役に従事しているのに)


 エルニアンでは殺人や殺人未遂で刑に服している者には恩赦が与えられないこと、またガードナーからエルニアンに『デボラ・アランソンの減刑を許可しないように』と申し渡されていることをデボラは知らなかった。


(でも……この書類、シモンが目を通した様子は無いわ)


 紙束は丸めて紐で結ばれていたのだ。面倒くさがりのシモンが、書類を見た後もう一度紐を結ぶとは考えられない。


(これは、チャンスかもしれない。もしばれたとしてもシモンに殴られるくらいのことだ)


 デボラは部屋をあちこち探してペンとインクを探し出すと、恩赦リストの最後尾に自分の名前を書き加えた。他のと似た筆跡で書かなければバレてしまう。慎重に真似をして書く必要があった。しかしひょっこりシモンが戻ってくるのではないかと気が気では無い。震える手をもう片方の手で押さえながらどうにかこうにか名前を書き終えたデボラは、紙束を元通りに紐で結び直して棚の上に戻しておいた。


(きっと大丈夫。あいつは細かいところまで見ないはず)


 そして一週間後、朝の集合時に恩赦を受けた囚人の名前が読み上げられ、最後にデボラの名も呼ばれたのである。


(やった……やったわ!バレなかった)


 本来ならデボラの罪状では恩赦が受けられない。しかし何の罪を犯して牢に入ったのかを看守は把握していなかった。それは王都の役人が管理することであり、看守は送り込まれた囚人を働かせるだけの役割なのだ。だから不審に思われることはなかった。


(これで私は十か月も早く外に出ることが出来る!)


 朝礼が終わるとシモンはデボラの側に寄ってきて耳元で囁いた。


「お前、恩赦を受けられたんだな。くそっ、寂しくなるな」


 シモンと話しながらもデボラは他の看守に目を配っていた。デボラの恩赦を怪しんでいる者はいないように思えた。


「ええ、シモン。早く刑期を終えられて良かったわ。世話になったわね」

「牢を出るのは来週だ。それまで毎晩俺の部屋に来いよ」


 本当に下衆な男だ。平手打ちでもしてやりたいところだが、今問題を起こせば訴えられて恩赦が取り消されてしまうかもしれない。グッと堪えてデボラは微笑んだ。


「わかったわ。楽しくやりましょうね」


 シモンはデボラの尻をパチンと軽く叩き、口笛を吹きながら見回りの仕事に向かった。デボラもこれから労働の時間だ。


(あと一週間……あと一週間で私はこの苦役と屈辱から解放される)




 そして。雨の降る中、男の囚人より一日早く、女囚人達は牢の外に出された。デボラにとっては実に八か月振りのことであった。


(やっと自由の身だわ! もう辛い労働なんてしなくてもいい!)


 だが最高の気分は一瞬のことだった。困ったことにデボラは一文無しだ。しかもここは王都から遠く離れたどこかの田舎。西も東もわからない。降りしきる雨の中、これからどうすればいいのだろう。


 ふと見ると、一緒に出てきた女達が五人、連れ立って移動し始めていた。


「ちょっとあなたたち。王都はどちらの方角なのかしら」


 すると女達は振り返ってデボラを蔑んだ目で見た。


「知らないね。看守に聞いときゃ良かったのに」

「お貴族さまは身体で取り入るのが上手いんだからさ」

「淫売は男のいる所に行きゃいいんだよ」


 カッとなったデボラは手前にいてデボラを淫売と呼んだ女を平手打ちしようと手を上げた。

 しかし女の方が喧嘩慣れしており、逆に頬を打たれてしまった。

 それを皮切りに、五人の女から暴力を受けた。叩かれ、髪を引っ張られ、しまいには雨が降って泥だらけの地面に倒されてしまった。

「貴族なんていつもいい思いしやがってさ」

「ムカつくんだよ」

 口々に罵りながら女達はデボラをドカドカと蹴り続けた。


 すっかりずぶ濡れになってしまった女達は、泥を被ってうずくまるデボラに満足したのか、最後に唾を吐きかけてどこかへ消えて行った。

 

(外に出さえすればどうにかなると思っていた。でもどうやって生きていったらいいのかわからない)


 王都へ行き、昔の知り合いを頼って金を借りてガードナーへ行こうと思っていたがこのままでは王都に辿り着けるかどうかも怪しいものだ。


 身体中が痛む。あの女達、庶民のくせに貴族の私に暴力を振るうなんて許せない。


 その元凶はやはり妹であると思い、雨に濡れ地面に横たわったまま妹を呪い続けるデボラだった。



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