20 保養地にて
「あなた」
エレノアはテラスからリアムを呼んだ。
ここはアーニーが用意した南の保養地の屋敷内だ。
「お茶の用意が出来ましたわ。こちらへいらして」
「ああ、今行く」
リアムは読んでいた書簡を引き出しにしまうと、妻の待つテラスへ向かった。
明るい日差しでテラスは暖かく、外でお茶を飲んでも寒くはなさそうだ。
「ガードナーは本当に暖かな国だな。ラウルとはかなり違う」
「ここはガードナーでもかなり南方ですから。一年中穏やかな気候なのですよ。でも、確かにラウルは寒いですわね。私、嫁いで行くまで雪など見た事もありませんでしたもの」
「雪は降り過ぎると困り物だからな。移動もままならぬ」
「大雪は困りますけれど、ラウルの雪景色はとても美しいですわ。私のお気に入りです」
優しく微笑む妻にリアムも微笑みを返した。
「そうそう、昨日、母が南国から入ってきた珍しい果物を持って来てくれましたの。召し上がって下さいな」
「ほう、美味そうだな。お義母様も何かと気を配って下さってありがたい事だ」
「結婚してからこんなに長くガードナーに滞在したことはありませんでしたから、母も嬉しいみたいです」
「来週にはもう帰国だ。お義母様もまたお寂しくなるだろう。ラウルに春が来たら、遊びに来ていただくといい」
「ありがとうございます。喜びますわ」
柔らかな風が吹き抜けた。ガードナーの春はもう近い。
「エレノア。三週間前に私は陛下と兄上に長い手紙を書いた」
「ええ。存じております」
「今の私の……私達の気持ちを正直に書いたよ。どのように受け取られるかわからなかったが、さっき、兄上から返事が届いた」
「先程、読んでいらした書簡ですね? 」
リアムはゆっくりと頷いた。
「結論から言うと、兄上は了承してくれた」
エレノアは手で口を覆った。
「あなた……本当ですの?」
リアムは驚いているエレノアの手を取り、テーブルの上で両手を重ねた。
「ああ。そして、陛下も賛成して下さっているそうだ。この問題は何代も前から議題に上っては立ち消えになっていた。ギリギリのところで後継男子が生まれていたからだ。しかし綱渡りだったのは間違いない。側室を置くことが当たり前だった時代とは今はもう違う」
目を潤ませているエレノアを優しく見つめながらリアムは続けた。
「兄上からすれば、娘に王位継承権を授けることは私の順位を下げることになるから言い出しにくかったようだ。だが私の気持ちを知り、この問題を解決することを決意してくれた。陛下と兄上は今、閣僚と水面下で調整を始めている。来週私が戻ったら、本格的な議論に入るそうだ」
「良かったですわ……お義姉様にも」
「義姉上も、王子を産むことが出来なかったと辛い思いをなさっていた。三人もお子を産んで下さったというのに。だがこれで、義姉上にも報いることが出来る。私はいずれ臣下に降り、兄上を、そしてラウル初の女王を支えていく立場となろう」
「あなた……私も、あなたを支えてゆきますわ」
リアムはそっとキスをし、エレノアは幸せそうに微笑んだ。
「この数週間、あなたを独り占め出来てとても幸せでした。もう二度と、あなたの愛を疑ったりしませんわ。安心してお仕事なさって下さいませ」
「ありがとう、エレノア。だがこれからはちゃんと君を第一に考えるよ。休みをちゃんと取って、二人の時間を作ろう。いつまでも仲の良い老夫婦になるんだろ?」
「はい、あなた。末永くよろしくお願いいたします」
リアム達がラウルに戻って一年後、法律が整えられ王位継承権は女子にも与えられることになる。
そのさらに二年後に二人の間に天使がやってくるのだが、今はまだ誰もそのことは知らない。
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この後、第三章へ続きます。