19 不器用な二人
リアムは真っ直ぐにベッドに向かうと、エレノアを抱き締めた。
「良かった……! 生きていたんだな……」
「あなた……なぜここに……?」
「アーネスト王子に一報を貰ってすぐに駆けつけて来た。偶然ガードナーとの国境近くで演習をしていたのですぐに来ることが出来たのだ。アーネスト王子、かたじけない。礼を言います」
エレノアを抱いたまま、リアムは頭を下げた。アーニーが頷く。
「エレノア、何故こんな事をしたんだ」
「……私はもうあなたに愛されていないから……だから消えてしまおうと思ったのです」
「愛されてないなどと、なぜ思ったんだ? こんなに愛しているのに!」
「私が離縁を申し出た時に、あなたが了承したからです……だからもう、私に心はないのだと」
「違う! 君が毎日辛そうなのを見ていられなかったのだ。私といることで君が辛いのなら……君が私から離れたいのなら、それを止めないのが愛だと思ったのだ……!」
エレノアはリアムに抱かれたまま涙を流している。その顔は満ち足りているように見えた。
「済まなかった、エレノア。ラウルに帰ろう。子供など出来なくとも良い。いや、王子の地位を捨てても良いのだ。君さえいてくれれば」
「あなた……ありがとうございます。その言葉が聞けて本当に嬉しい……でも、やっぱり……私はお別れいたします」
抱き締めた腕を緩め、信じられないという顔でリアムはエレノアを見た。
「なぜだ? なぜなんだ、エレノア!」
「私は愚かにも毒を飲んでしまいました。恐らく、さらに子供を望めない身体になってしまったでしょう。ラウル王国の為にも、子供を産める健康な妃を迎えて下さいませ」
「私に、愛してもいない女性を抱けと言うのか? 」
責めるように言うリアムを悲しげに見つめるエレノアが口を開こうとしたその時だった。
「ちょっと待って下さい!!!」
大きな声が部屋に響き渡った。声の主はメアリだ。
「エレノア様、駄目です! なぜそんな事を言うのですか? また同じ事を繰り返すのですか? 思ってもいない事を言っては駄目です! 」
一気に捲し立てた後、メアリはリアムにも顔を向けた。
「リアム殿下、殿下もです! エレノア様の言葉をそのまま受け取ってはいけません。言葉ではなく、彼女の表情をよく見て下さい! 強がっているエレノア様を責めないで。君だけを抱きたいんだって、そう言ってあげて下さい!」
「君は……?」
「失礼をお許し下さいませ。私はメアリ・ペンブルックと申します。私のような小娘に言われたくないとは思いますが、こんなに愛し合っているお二人が別れるなんて辛すぎます。もっともっと、よく話し合うべきですわ」
「その通りです、リアム王子」
アーニーが進み出てメアリの手を取った。
「リアム王子、彼女は私の婚約者です。お二人への非礼をお詫びいたします。だが彼女の言う通り、お二人はもっと言葉を交わした方がいい。後継者の問題も、お二人だけで悩むのではなく、国王陛下や第一王子夫妻と話し合い、頼っていくべきではないでしょうか。きっと手を差し伸べてくれるはずです」
リアムはアーニーとメアリの顔を見、それからエレノアを見た。
「エレノア。君の本当の気持ちが聞きたい。私は、君だけを愛している。君は?」
「……私も、あなたを愛しております。本当は、お別れなどしたくない……!」
リアムは微笑んで優しくエレノアを抱き締めた。
「済まなかった。私はこの通り大雑把な性格だ。君の出していたサインを見抜くことが出来ていなかった。これからは、何でも言ってくれ。私も努力する」
「あなた……」
エレノアの手がそっとリアムの背に回った。そうして二人は長い間抱き合って涙を流していた。
やがて、リアムが顔を上げ、照れたように頭を掻く。
「アーネスト王子、メアリ殿、本当にありがとう。私は何もわかっていなかった。若い二人に教えられたよ」
「リアム王子、私達はきっかけを作っただけです。これからが大変ですね」
「ああ。私は、王位継承権を女子にも持たせるよう陛下に進言してみようと思う。王女を三人も産んでくれた義姉上のためにも」
「ガードナーは何代か前に法律を改正して、男女問わず長子が継ぐことになりました。すぐには無理かもしれませんが、議論を深めていくことは可能でしょう」
「そうだな。早速取り掛かろう。でもまずはエレノア、君だ」
リアムはエレノアの顔を覗き込んだ。
「君が動けるようになるまで私はここに留まろう。そしてラウルに連れて帰る」
「でもあなた、軍のお仕事は……?」
「皆優秀だから私がいなくとも心配はない。今まで、仕事にかまけ過ぎていたことも反省している。しばらく、休暇をもらうさ」
リアムは護衛を呼ぶと何か耳打ちし、彼はすぐに出て行った。
「一ヶ月後に迎えの馬車を寄越すことにした。エレノア、二人でゆっくり過ごそう」
エレノアは顔を輝かせて頷いた。
「それなら、温かい保養地の屋敷をご用意しましょう」
アーニーが嬉しそうに申し出た。
「リアム王子が滞在されるのですから護衛も付けましょう。お二人でどうぞごゆっくりなさって下さい」
「かたじけない、アーネスト王子。この礼は必ず」
二人は固く握手をした。そしてエレノアはメアリに感謝の言葉を述べた。
「メアリ様、ありがとうございます……あなたの言葉、胸に沁みました。ちゃんと伝えなければいけませんね。察して欲しい、だけでは気持ちは伝わらない」
「エレノア様は優しすぎるのですわ。もっと、欲張りになってもいいくらいです」
メアリは笑い、エレノアも花が咲くような笑みをこぼした。きっと、アーニーが好きになった頃と同じような柔らかな微笑みを。
泣きながら感謝するゴドウィン公爵夫妻に見送られ、三人は公爵家を後にした。
「本当に良かったわ。エレノア様に笑顔が戻って」
「メアリの啖呵のおかげだ。すごい迫力だったぞ」
アーネストがからかうように言った。
「えっ、そんなに? 私、夢中であんまり覚えてないのよ」
「リアム殿下にも啖呵を切った時には、どうしようかと思いましたよ」
イーサンも調子を合わせる。メアリはシュンとして小さくなる。
「はしたない言葉も言ってしまった気がします。ごめんなさい……」
「気にしなくていい。リアム王子には一番響いただろう」
「……アーニーがそう言ってくれるなら、もう気にしないわ」
すぐに笑顔に戻ったメアリにアーネストはふっと和やかな笑みを浮かべた。
「あ、でもアーニー。さっき、気になることがあったのよ。ガードナーでは長子相続だって言っていたでしょう? アーニーは兄弟がいないし、もし私達に子供が出来なかったらどうなるの?」
「その場合は王家の血を汲む公爵家……ペンブルック、オーギュスト、リンスターの中から相応しい者が選ばれる。例えば、イーサンとか」
「えっ! そうなんですか?」
「そうだ。イーサンは私の側近でもあり、王位継承権を持つ者でもあるんだ」
「そうだったんですか……」
(お兄様が切れ者だとはわかっていたけど、王になる権利を持つ人でもあったとは。全然知らずに接していたのね、私)
「私は、殿下にお仕えするのが性に合ってますからね。王位に興味はありません。それよりも殿下にどんなに美しい御子が生まれるかとそちらの方が興味あります」
「う、お兄様、それは私にとってまた違う種類のプレッシャーです」
「ああ、すまんすまん。気にしないでくれ」
三人は楽しげに笑った。この数日の疲れも苦労も、いつの間にか消え失せていた。