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17 長い一日(アーニーSide)

 昨日、メアリと別れイーサンと共にゴドウィン公爵邸を訪れたアーニー。客間に通され壁掛け時計の音を聴きながら待っていると、エレノアがドアを開け入って来た。そして目を輝かせ、大きな声で話し始めた。


「アーネスト殿下! 来て下さって嬉しい! やはり結婚の申し込みに来て下さったのですね! 私、信じていましたわ。八年経っても、あの時の愛は色褪せたりしていないって」


 エレノアは早口で矢継ぎ早に話し始めた。結婚したら一緒にあれをしましょう、これをしましょう、子供は三人産んで立派に育て上げて、そして仲の良い老夫婦になって、一生幸せに添い遂げましょう。未来のプランを聞かれもしないのにペラペラと話し続けた。


(明らかに、おかしい。こんなに(せわ)しなく話す人ではなかった。この八年で性格が変わったのか、それとも何か他に原因があるのか)


 エレノアの話がようやく途切れた時、アーニーは口を開いた。


「エレノア、今日来たのはメアリのためだ。メアリに悲しい思いをさせたくないから、はっきりと伝えに来たのだ。私はメアリを愛している。君と結婚することは決してない」


 するとエレノアの顔からスッと表情が無くなった。まるで仮面をつけたかのように。


「殿下も、お気持ちが変わってしまったのですね」


 さっきとは違う、低く小さい声。視線は床に注がれている。


「私にプロポーズして下さった、あの気持ちは嘘だったのですか」

「もちろんあの時の気持ちは嘘ではない。ただ、あれから長い年月が経って私はメアリに出会い、自然な流れで彼女を愛した。どちらの気持ちもその時の真実だ」


 エレノアの瞳はアーニーを見ていなかった。もしかしたら、話ももう聞いていないのかもしれない。


「……ずっと愛するって言ってくれたのに。一生大切にするって。君を守るって言ったのに、嘘ばっかり。もうたくさんだわ」


(……違う。これは私のことを言っているのではない。恐らくリアム王子のことだ)


 するとエレノアは急に後ろを向き、何かを飲み干した。


「エレノア?! 何を飲んだんだ」


 エレノアは青ざめた顔で振り向いた。その手から小さなガラスの瓶が転がり落ちた。


「私は誰にも望まれていないの。だから消えます」

「エレノア!」


 アーニーはふらつくエレノアを抱き抱え、イーサンは水差しを取って口に流し込んだ。


「ごほっ、ごほっ」

「飲むんだ、エレノア!」


 二人は懸命に毒を吐かせようとした。騒ぎを聞きつけてゴドウィン家の者達も部屋に入って来た。


「医者を呼べ!」


 イーサンに言われて執事が慌てて出て行く。


「エレノア! どうしたのエレノア!」


 慌てて部屋に駆け付けたゴドウィン公爵夫人の叫びが屋敷に響き渡っていった。

 




 医師の懸命な治療により、夜が明ける頃エレノアはやっと目を開けた。


「エレノア!」


 公爵夫人が泣きながら縋り付いた。


「お母様……私、いったい……」

「あなたは毒を飲んで倒れたのですよ。どうしてこんなことを」


 エレノアはゆっくりと目を動かして部屋を見回し、アーニーを見て驚いたように動きを止めた。


「アーネスト殿下? なぜここに……」

「殿下はあなたが毒を飲んだ時に、懸命に救護して下さったのよ」

「王太子殿下にご迷惑をお掛けして、お前というやつは……!」


 公爵が、涙を浮かべながら叱りつけた。


「あなた! エレノアは深く傷付いているのですよ。そんな風に責めないで下さいませ」

「ゴドウィン公爵、今は静かにしてあげましょう。エレノア様はまだ意識が混濁していらっしゃいます」


 イーサンが二人の間に割って入った。


「お二人とも、少しお休みになって下さい。私と医師が側についております。何かありましたらお呼びいたしますので」

「……すまない。ありがとう、イーサン殿」


 公爵は涙を流す夫人の背中をさすりながら部屋を出て行った。


「殿下……」


 エレノアが弱々しくアーニーを呼んだ。


「エレノア。大丈夫か」

「はい。申し訳ありません」

「少し眠った方がいい。まだ毒は抜けていないだろう」

「はい……すみません……」


 エレノアは目を閉じた。顔はまだ青いが、さっきよりも生気は戻っているようだ。


 イーサンが小声でアーニーに言った。


「アーネスト殿下、私がついておりますので王宮へお戻り下さい。このままでは殿下のお身体が心配です」

「いや、私はもう少しここに居よう。イーサンは王宮に戻ってリアム王子にこの事を知らせてくれ。王宮を通さず、王子本人に伝わるように」


 アーニーは部屋の机にあった紙とペンを取るとサラサラとリアム王子への手紙を書き上げた。


「これを、至急で」

「承知しました。手紙を出した後、すぐにこちらへ戻って殿下と交替いたします」

「ああ、頼む。メアリに会えたら心配しないように伝えてくれ」

「はい、わかりました。……殿下、リアム王子はどのような返事を寄越してくるでしょうね」

「そうだな……噂が真実でなければいいが」


 二人は青い顔で眠るエレノアを見つめた。





 イーサンが王宮へ出発した後、アーネストは医師と共にエレノアの側に付いていた。

 やがて、ふっとエレノアが目を開けた。


「アーネスト殿下……?」

「エレノア。私はここにいる。見えるか?」

「はい。……ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ございません」

「気にするな。命があって良かった。リアム王子にも知らせたぞ」


 するとエレノアは一瞬目を見開いて何かを言おうとした。だが言葉には出さず、再び目を閉じた。


「殿下、すみません。まだ少し、眠らせて下さい……」

「わかった」


 アーニーは立ち上がり、窓辺に立って空を見上げた。だいぶ日が高くなってきている。そろそろメアリは王宮に来ている頃だ。


(話を聞けただろうか。心配、しているだろうな)


 もう心配させたくなかったのに、こんな事になってしまった。早く会って抱きしめたいとアーニーは切に願った。






やがて、イーサンが戻って来た。


「遅くなりました、アーネスト殿下」

「ご苦労だった。メアリには会えたか?」

「いえ、まだ王宮にいなかったので家に寄ってみましたが、ちょうど入れ違いだったらしく会えませんでした」

「そうか。不安だろうな」

「はい。ですが王妃様がちゃんと説明しておく、と言って下さったのでお任せいたしました」

「わかった。ありがとう」

「殿下も一旦お戻りになってお休み下さい。まったく寝ていらっしゃらないのですから」

「それはイーサンも同じだろう。お前がまずここで仮眠を取れ」

「そんな、殿下より先にそんなこと」

「私はこのままもう少し起きているから、その後交代してくれればいい」

「……そうですね、殿下が夜王宮で休まれた方がいい。では、失礼いたします」


 そう言ってイーサンは壁際に椅子を持って行くと、目を閉じた。日々忙しい仕事をこなすイーサンは、ちょっとの空き時間でもすぐに眠れる特技を持っているのだ。


 すぐに寝息をたて始めたイーサンに毛布を掛けてやり、アーネストはエレノアの側に座った。


(あの時……十四歳の時、王宮で見たエレノアは花のように美しかった。優しい微笑みに心を奪われたあの時の気持ちに嘘はないが、彼女の内面まで知っていたかというと、そうではない。幼い憧れだった)


 今、アーネストの心にいるのはメアリだけだ。メアリの笑顔、優しさ、芯の強さ。全てが愛おしい。


(だからエレノアの望みを叶えることは出来ない。だが……彼女の本当の願いは私と結婚することではないだろう)


 リアム王子は来るだろうか。それとも、これ幸いと離縁に踏み切るだろうか。


(エレノアが昔のような笑顔を取り戻すことが出来たらいい……)


 アーネストは眠り続けるエレノアを見つめて祈った。




 きっちり一時間後、イーサンは目を覚ました。


「アーネスト殿下、ありがとうございました。おかげでスッキリしました。どうか一度王宮にお戻り下さい」

「わかった。もしかしたらリアム王子から何らかのアクションがあるかもしれないから、明日また来る。それまで頼んだぞ」


「はい、承知しました」


 アーネストは王宮へ戻った。ひどく疲れていたが、王妃にその後の状況を説明しに行くと、メアリが王太子宮で待っていることを教えられた。


「早く顔を見せておやりなさい」

「はい、ありがとうございます」


 アーネストは急いで王太子宮へ走った。早く会いたいと、疲れていた身体が何かに押されるように軽やかに動いた。


 部屋に着くと、メアリは眠っていた。頬に涙の跡が見える。


(泣いていたのか)


 胸がキュッと締め付けられる。


「メアリ」


 声を掛けるとパッと目を開けた。


「アーニー? ごめんなさい、いつの間にか眠っていたのね」


 起き上がろうとするメアリをアーネストは優しく押し留め、もう一度寝かせようとした。

 だがメアリは寝ようとせず、首に抱きついてきた。

そして、こう言ってくれたのだ。


「アーニー! 辛かったでしょう」


(辛かった……? 確かにエレノアが毒を飲んだ事は衝撃だった。だが私は王太子だ。いつだって平静を保たなければならない。だから、冷静に対処した。だけど心ではそうだ……辛かったのだ。メアリはそれをわかってくれている)


 アーネストは思わずきつくメアリを抱き締めた。


(メアリ。私のことを誰よりもわかってくれる大切な存在。君に出会えて良かった)


 抱き締めたメアリの柔らかな身体に塞いだ気持ちが癒されていくのをアーネストは感じていた。


 そして、昨日からの出来事を少しずつ話し始めた。メアリは頷きながら聞いてくれた。






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