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15 エレノアの訪問

 夜会から数日後のこと。お妃教育が終わり屋敷に帰ってきたメアリに執事が来客を告げた。


「ゴドウィン公爵家のエレノア様がお待ちになっております」


 あのエレノアが? 突然のことにメアリの心臓はドクンと跳ねた。


「わかったわ、少し身支度をしてからお会いします」


 鏡を見て髪を整え、薄く紅を差して客間に向かう。


「お待たせ致しました、エレノア様。メアリ・ペンブルックでございます」


 窓から外を眺めていたエレノアは振り返ってメアリを見た。髪はゆったりと結い上げ、化粧も昼にしては濃いめだった。大人の色気を感じるが既婚女性としては少し相応しくない雰囲気をまとわせていた。夜会の時にはむしろ清楚な印象を受けていたのだが。


「突然の訪問をお許し下さい。私はエレノア・ゴドウィンと申します。今日はメアリ様にどうしてもお会いしたかったのです」

「私に……いったいどういったご用件でしょうか」

「アーネスト殿下の婚約者がどんな方なのか、知りたくて」


 エレノアの意図がわからず、メアリは困惑した。


「あの、それは一体……」

「私のことは殿下から聞いておりますかしら?」

「……はい、お聞きしました」


 エレノアは満足したような笑みを浮かべた。もしメアリがアーニーから何も聞いていなければ、この場で話すつもりだったに違いない。


「八年前、アーネスト殿下はそれは可愛らしい、それでいて利発で非の打ち所がない、素晴らしい少年でした。その殿下から真っ直ぐな好意を寄せられ、私は……怖かったのです」

「何が怖かったのですか?」

「きっとこのまま賢く美しく成長されるであろう殿下の隣に、立ち続ける自信が無かったのです」


 エレノアは大きくため息をついた。


「それに、今は私を一途に愛して下さっているけれど、殿下が成人する時に私は二十二歳。その時、もっと若く美しい令嬢が現れたら、殿下は私と婚約したことを後悔するのではないか。そう考えると、とてもプロポーズを受けることは出来ませんでした」

「ではあなたもアーネスト殿下のことを……?」


 メアリは自分の声が少し震えているのを感じた。落ち着いて、落ち着くのよメアリ。そんな風に自分に言い聞かせながらエレノアの話を聞いていた。


「もちろんです。でも私は自分に自信が無かったために、差し出されたお手を取ることが出来ず、もう一つの手……リアム王子の手を取ってしまった」

「リアム王子とはどのような経緯でプロポーズに至ったのですか?……その、差し支えなければですが」


 エレノアはメアリに微笑みを向けた。美しい、聖母のような微笑みを。


「リアム王子は若い頃ガードナー軍に派遣されておりました。私が十五の時です。滞在先が我がゴドウィン家でしたので、一年間、同じ屋根の下で暮らしました。兄がいなかった私は六歳上の彼に懐き、兄妹のように楽しく過ごしたものです」


 一瞬、言葉を切り、遠い目をした。遥か昔を懐かしむように。


「私が十八になるとすぐに彼はプロポーズしてくれました。成人するのを待っていた、と仰って。私はもちろん、お受けするつもりでいました。王宮でアーネスト殿下にお会いするまでは」


 エレノアはメアリを真っ直ぐに見据えた。メアリも、負けじと見つめ返す。


「アーネスト殿下に初めてお目通りした時のことは忘れませんわ。十四歳の殿下と十八歳の私は、お互いに一目で恋に落ちたのです。殿下にプロポーズされた時、どんなに嬉しかったことか。でも私はその気持ちを隠して『NO』と言ったのです。自信の無さゆえに」

「……ではリアム王子のことは、愛してらっしゃらなかったのですか」

「いえ、もちろん好意は持っていましたわ。人となりもよくわかっていましたし、愛情もありました。私を大きく包んでくれる優しさも心地良かった。……ただ、永遠に続きはしなかったけれど」


 エレノアの最後の言葉は小さくて、メアリは聞き取れなかった。


「ごめんなさい、最後、何と仰られたのでしょうか」

「何でもありませんわ。お気になさらず。……それで、今日はメアリ様にお願いがあって参りましたの」


「お願い、とは」

「アーネスト殿下を返していただきたいの」


 メアリは言葉を失った。この人は一体、何を言っているのだろうか。まだリアム王子と結婚している身であるはずなのに。


「先日の夜会で八年ぶりに殿下にお会いしてわかったのです。私の運命の人はリアム王子ではなくアーネスト殿下だったのだと。見つめ合った瞬間に時が戻り、あの時の気持ちがよみがえりました」

「お待ち下さい、エレノア様。何を……」


 エレノアの声が大きくなる。大袈裟な口調だけれど、芝居とは思えなかった。()()()そう言っているように感じられた。


「八年前は結ばれなかった私達ですが、あれからいろいろな経験を積みました。お互い大人になった今なら、私も殿下の愛を信じることが出来ますわ。メアリ様、殿下の初恋を成就させる為にも身を引いていただけますか」


 メアリはエレノアを見つめた。夜会で見た時の慎ましやかな様子はそこには無く、情念の塊のような女性がいた。


「エレノア様。そのお願いは聞き入れるわけにはまいりませんわ。私は殿下を愛しております。身を引くなど絶対にいたしません」

「そう、そうですか……。わかりました」


 急に立ち上がるとエレノアはふらふらとドアに向かって行った。


「エレノア様! 」


 ドアの前で振り返り、青い顔で呟く。


「メアリ様、これ以上お話することはありません。失礼いたしますわ」


 そう言ってドアを閉め、出て行った。メアリは見送りすることも忘れ、呆然と座り込んでいた。


(一体どうしたんだろう。本当にアーニーと結婚したいと思っているのかしら? でもあの方、様子がおかしかった。以前のエレノア様を知らないけれども、恐らく普通の状態ではないわ)


 その日の夜、帰宅したイーサンにメアリは今日の出来事を話した。


「お兄様、エレノア・ゴドウィン様が今日私を訪ねていらっしゃいました」

「エレノア様がメアリを? どうしたんだ」


 難しい顔をして聞いていたイーサンだが、話が終わると口を開いた。


「噂は本当だったのか」

「お兄様、何か知ってらっしゃるの?」

「エレノア様は、リアム王子に離縁を持ち掛けられているという噂だ。それで、今は実家に里帰りしているとか。八年間子供に恵まれなかったお二人は近頃不仲だったと聞いている」

「なんてこと……辛い目に遭われていたのですね」

「しばらくは二人きりで会わない方がいい、メアリ。訪問も断るよう執事に言っておこう。殿下にも報告しておくから」

「わかりました、お兄様。お任せしますわ」


 そうは言ったものの、エレノアの悲しい境遇にメアリは心を寄せた。異国で夫と不仲になってしまったら……頼るべき人が他にいなかったら。きっと不安で心を平静に保っていられなくなるだろう。過去を捨ててきた自分と重ね合わせ、他人事とは思えなかった。


(ラウル王国は男子のみが王位継承権を得ると聞いたわ。第一王子夫妻には王女しかいらっしゃらないことも。世継ぎ問題が影を落としているのかもしれない)

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