14 アーニーの初恋の人
「メアリ、今日はやけに嬉しそうだな」
「あらアーニー、あなたと出られる夜会はいつだって嬉しいわよ?」
ある日の夜会、アーニーにエスコートされて入場しながらメアリは軽やかに微笑んだ。
「友達がたくさん出来たからかな」
「まあ、知ってたの? そうなの、皆さんとずいぶん仲良くなれたわ。今日の夜会でもお話ししましょうねって約束しているの」
「良かったな、メアリ。今夜は楽しむといい」
「アーニー、あなたもよ? 一緒に楽しみましょうね」
無邪気に笑うメアリにアーニーもつられて笑った。
(ああ、破壊力バツグンの笑顔! やはり素敵過ぎます! ……ハッ! お兄様は?!)
振り向くと、壁際に立ってこちらを見ていたイーサンがアーニーの笑顔に胸を撃ち抜かれている様子が見えた。
(やっぱり。お兄様、気を確かに持って下さいね……)
イーサンから視線を戻すと、アーニーが遠くをじっと見つめていることに気がついた。
「アーニー? どなたかいらっしゃるの?」
するとアーニーはハッとしたようにメアリの方を振り向いて言った。
「いや、何でもない。昔の知り合いがいたように見えて」
アーニーが見ていた方向に目をやると、そこには初めて見る女性がいた。
年齢はアーニーより少し上だろうか。綺麗に纏められた豊かな金髪、露出の少ない上品なラベンダー色のドレス。そして、彼女もまたアーニーをじっと見つめていた。
(あの方はどなたなのかしら。アーニーと何か関係のある方……?)
大人の魅力ある美しい女性にメアリは胸がざわめくのを感じていた。
「ああ、あの方はエレノア様よ。ゴドウィン公爵家の長女で、確かラウル王国の第二王子様に嫁がれたんじゃなかったかしら」
歓談の時間に集まっていた令嬢達に彼女のことを聞いてみたメアリに、情報通のルビーが答えた。お茶会を何度も重ねて、もうすっかり友達らしいくだけた口調になっている。
公爵令嬢コレットも彼女を知っているようで会話を繋いでいく。
「そうね、でも結構前の話だったわよ。その時私は十歳くらいだったかしら。他の国の王子様と結婚なんてお伽話みたいだってお姉様達が騒いでいたから、よく覚えているの。ここにいるってことは、お里帰りなさってるのかしら」
「……ねえ、あの方、アーネスト殿下とは仲が良かったのかしら?」
恐る恐る聞いてみたけれど、全員が首を捻った。
「さあ……ゴドウィン公爵が王宮に上がる時にエレノア様も連れて行ってたら、アーネスト殿下と顔を合わせることもあったでしょうけどね。私達にはわからないわ」
「そう……ありがとう」
メアリは一人広間を抜け出すと、バルコニーに出た。少し頭を冷やさなければと思ったのだ。
(見つめ合っていたように勘違いしただけかもしれないわ。それなのにこんなにあれこれ考えてしまって。ダメダメ、ちゃんと言葉に出してアーニーに聞いてみよう)
よし! と気合を入れて振り向くと、後ろに人が立っていて胸にぶつかってしまった。
「きゃっ、ごめんなさい…… って、アーニー! どうしたの? 」
「メアリがバルコニーに出るのが見えたから、私も夜風に当たろうと思ってな。もう、中に戻るのか?」
「いえ、私、アーニーに会いに行こうとしていたのよ」
メアリはアーニーの目を真っ直ぐに見た。
「あなたに、聞いておきたいことがあって。あのね……」
するとアーニーは『しっ』と言うようにメアリの唇にそっと人差し指を当てた。
「メアリ、先に私に言わせてくれるか?」
アーニーの指が唇に触れている。それだけで身体中が心臓になってしまったかのように鼓動が早く大きく聞こえ始めた。
「さっき、少し平静さを失ってしまっていたようだ。咄嗟に、何でもないと言ってしまったが、これではメアリに嘘をついたことになってしまう。だから、話しておこうと思ったんだ」
「あの時、見ていた女性のこと……ですか?」
アーニーは頷いた。
「あの女性は、私の初恋の人だ」
「初恋の……」
「彼女はゴドウィン公爵家のエレノアといい、今はラウル王国の第二王子の妃になっている。歳は私の四つ上だ。十八歳になり成人の挨拶をするために王宮を訪れたエレノアに、十四歳の私は一目で恋をした」
ズキン、とメアリの胸は痛んだが、すぐにその感情は打ち消した。
「それからは何かと理由をつけては彼女に会いに行っていたのだが、ある日父上に注意をされた。エレノアはラウルの第二王子から望まれているからもう会ってはいけないと。私は最後にもう一度だけ会わせてくれと願い、私が成人したら結婚して欲しいと彼女にプロポーズした。だが彼女の答えは『NO』だった」
(若い頃とはいえ過去に他の人にプロポーズをしていたのね……)
この事実はメアリにとって少なからずショックではあった。
「エレノア様は、なぜ断ったの?」
「あと四年も待てないと。今望んでくれているリアム王子の元へ行くと言われたよ。リアム王子は当時二十四歳。私よりも十も上の、大人の男だった。まだまだ幼い私との結婚など、エレノアには考えられなかったのだろう」
メアリはペンブルック家の弟を思い浮かべた。確かに、その年頃はまだあどけない少年であり、夫として見ることは出来ないだろう。
「その後、彼女はラウル王国へ嫁いで行った。私はしばらくはその失恋を引きずっていたが、王太子として忙しい日々を送るうちに忘れていった。そして次に恋をしたのが、」
アーニーはメアリの顔を覗き込んだ。
「メアリ、君なんだ。昔のことはもう終わったことだ。今の私は、全身全霊で君を愛している。それは信じて欲しい」
それを聞いたメアリは瞳を潤ませアーニーを見つめた。
「アーニー……話してくれてありがとう。こんなに幸せなのに、不安に思ってごめんなさい。私、いつの間にか独占欲が出てしまっていたのね。あなたの過去にまで嫉妬してしまうほどに」
「嫉妬してくれるのは嬉しいが、不安にさせてしまってすまなかった。これからは、何でもすぐに話すことを誓うよ」
いつものように、アーニーの腕の中に包まれて鼻と鼻を擦り合わせる二人。くすぐったくて、でも幸せなひとときだ。
メアリたちは、バルコニーへ通じるドアの向こうからエレノアがじっと見つめていることには気付いていなかった。