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2-2

堀北と栞の入った喫茶店は知る人ぞ知る、といったような雰囲気があり、店内の客はまばらで、一人で席に着く人もいれば、数人で座っている人もいたが、どの客も静かに過ごしていた。


席に着き、栞はホットコーヒー、堀北は名前が長い甘そうな飲み物とチーズケーキのセットを注文した。メニューを戻した堀北はあのさ、と話を切り出した。


「学校ではごめんね。なんか巻き込んじゃって」


「平気」


堀北は黙って視線をテーブルの上に落としていた。栞は堀北が野球部を辞めた理由を訊くのは今かと思ったが、堀北の表情を見ると自分からは訊くことができなかった。


「そういえば、野球部を辞めた理由、ちゃんと話してなかったよね」


栞は心を見透かされたようで罪悪感を抱いた。


「前々からわかっていたことではあったんだけど、半年前くらいかな。もう野球してる場合じゃない体になっちゃったんだよね」


「ケガ……とか?」


「ううん。野球というより運動かな。俺の体、血を上手く作れなくて、それがもっと悪くなったって感じ」


栞が何も言えずにいると、注文したものが運ばれてきた。堀北はいただきます、と丁寧に手を合わせてチーズケーキを食べ始めた。


「うまっ! 花木さんも食べてよ!」


栞は堀北からフォークを受け取り、目の前に差し出されたチーズケーキの端っこをフォークで小さく切り取り口に運んだ。


「美味しい?」


「うん」


堀北は満足そうな顔をしたが、栞には味がよくわからなかった。何らかの病気が悪化して運動ができなくなるとはかなり重い病気なのではないか。


「ねぇ、何の本買ったの?」


栞は先ほど買った二冊の本を並べて、堀北も買った本を机に置いた。


「あ、この作家さん知ってる!」


栞が買った本のうち、一冊はなんとなく買ったもの、もう一冊は栞がよく読む作家の新刊だった。堀北が知っていると言ったのもその作家の本だった。


「この人の書く物語っていいよね。ファンタジー要素があってさ、確かに現実には起こらないけど、終わりはいつも心があったまるよね」


「うん。終わり方が綺麗な話が多いね」


「あとさ、別の物語の登場人物が出てきたりしない?」


「出てくる」


「そこがいいよね! あ、これあの本の主人公だってなって、あぁ今はこうやって過ごしてるんだなって」


「わかる……! 細かく見ると完全にその物語の登場人物とは背景が違ったりするけど、別の世界線で、こうやって物語の中で生きてるんだって思う」


「この本にも誰か出てくるかな?」


「どうだろう。でも出てきてくれたらいいな」


栞は気付かぬうちに堀北と本について語り合っていた。今までこうして物語について話し合ったことがない栞は、上手く言えないが、表現するなら高揚していた。


栞は話すことに夢中になっていたが、ふと堀北が温かい視線を向けていることに気がついて、急に恥ずかしくなった。


「今の花木さんの表情を花木さんに見せてあげたいよ」


「なんで?」


「すごく生き生きしてるから。生き生きしてるってね、現実世界の特権なんだよ? 物語とかアニメとかでも生き生きしてるって言うことがあるけど、それは現実みたいだってことを表現してると思うんだよね。だから、生き生きしてるっていうことにおいては、物語は現実に勝てないんだよ」


堀北はたまに深いことを言う。栞が思うに、このようなことを言える人は常日頃から思考を巡らせている人なのだ。一方栞はというと、頭は一ミリも働かせず、文字を読むことしかしてこなかった。


「あー、俺も別の世界線で生きてみたいなぁ」


栞は堀北の言葉にドキッとした。先ほどの病気のことを指しているのだとすれば、堀北がそう思うのも無理はない。しかし堀北はこのような状況で重い話はしない人だった。


「その世界線ではね、俺は野球部のエースでクラスの人気者。勉強もできて女子にもモテモテで、そんでもって甘党」


「なんで甘党?」


「俺から甘党取ったらそれはもう俺じゃないよ!」


堀北は生クリームがたっぷり乗った飲み物を指差した。


「そういうことにしとくね」


「今の顔も花木さんに見せてあげたいな」


「今は別に生き生きしてないでしょ」


「良い顔で笑ってるからさ」


栞はその時初めて自分が笑っていることを知った。人と会話せず、テレビも観ない栞はもう表情筋が退化してしまったのではないかと思うほどだったが、まだ笑えたのかと自分自身に驚いた。


「そろそろ帰ろっか」


それから栞と堀北は電車に乗り、途中の乗り換えで栞が先に降りることになった。


「また明日ね」


「うん」


電車の扉が閉まり、栞が振り返るとまだこちらを見ている堀北がいた。電車が動き出し、ヒラヒラと手を振る堀北に栞も手を振り返した。


栞は堀北と出会ってからの日々を考えていた。


まずは明らかに会話が増えた。一日で言葉を発する機会が数回だったのに対し、今は堀北と毎日図書室や帰り道に会話をしている。


本を読んでも一人で完結することはなく、堀北と感想を話したり、物語の良さを語り合ったりしている。友人のいない栞にとっては奇跡に近い。


そして今日、堀北の病気を知った。スマートフォンで血液の病気について調べたが、色々ありすぎてどの病気かはわからなかったが、重症のものに関しては手術が必要だと書かれているものも多かった。


栞は堀北の病気について考えるのをやめた。悪化したと言ってはいたが、堀北は見たところ元気そうで、食べる物も好きなように選んでいる。定期的に治療すれば治るようなものなのかもしれない。


最寄り駅に着き、栞はいつものように駅前の本屋に入り、時間を潰している時にふと、最近の栞は物語についてではなく、現実のことばかり考えていると気付いた。

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