プロローグ
高校生の時から図書室に入り浸っていた花木栞は、今も司書として図書室に住みついている。窓から校庭を眺め、図書室で静かに過ごす生徒を見守り、高校時代の思い出に浸る。
栞は昔から本を読むのが好きだった。物語の世界は出版された瞬間に完結して、それが変わることは決してない。初めと終わりが決まっていて、そこに向かって一直線に進んでいく。登場人物にどんな困難が待ち受けていようと、必ず終わりに辿り着ける。読み手の解釈次第で多少の差異はあったとしても、永遠に活字の世界で存在し続ける。
現実から逃れるように物語の世界に没入していた当時の栞は、物語に対して今のような考えはなく、ただ無数にある世界や登場人物の価値観を、作業のように脳に詰め込んでいた。
栞のその考えを変えたのは、高校二年生の時に出会ったある男子生徒と、一冊のノートに綴られた書きかけの物語だ。今もそのノートは栞の手元で大切に保管されている。
生きる意味を探していた栞に、生きることの素晴らしさ、辛さ、楽しさ、苦しさ、儚さを教えた男子生徒は、紛れもなく生きることを謳歌していた。物語のように終わりが決まっていない、自らの手で紡いでいく現実もまた、物語の一つだということを栞に教えてくれた変わり者は、あの頃と変わらない鮮やかさを持って栞の心と、物語の中に生き続けている。
栞が今生きているのは、これからもこのノートに綴られた物語が活字の世界で生き続けるためである。この物語は、人気者の野球部のエースが読書が好きな女子生徒と交流する物語で、モテる野球部のエースは女子生徒に真っ向からアタックするものの、ことごとく躱されてしまう、笑える要素もあり、実は女子生徒も好意を抱いているのではないかという甘酸っぱい青春要素もあり、最終的には結ばれるよくあるストーリーだ。
ありふれたストーリーでも、栞はこの物語が大好きで、読み返す度に自分も高校生に戻ったような感覚になれる。
夏休みということもあり、図書室に居る生徒は少ない。野球部の威勢の良い声が微かに聞こえる中、栞は仕事を後回しにして、もう何度読み返したかわからない物語の1ページ目を捲った。
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