異国の地
パミール国に到着して早々に連れて来られたのは王城ではなく、とある貴族のお邸だった。
「スティール王弟殿下の婚約者様といえども、未だその身が王家に属さない限りは王城に身を置けない決まりとなっております。申し訳ございませんが、結婚式までの間はどうぞこちらの邸でお過ごしください」
そうして案内されたお邸の一室で、この国の歴史や風習、習慣など様々な知識を得ることに時間を割いて過ごす日々が始まった。
それぞれにきっと優秀なのであろう教師がつき、マンツーマンで指導してくれる環境はとても恵まれている。誰の目も気にすることなくわからないことがあければ質問し、努力が目に見える成果をだしてくれるためやる気も衰えない。衰えたところで、「やらない」という選択肢があるわけでもないが進捗状況は変わっていた。
そんな風に過ごしている中、婚約者となったスティール王弟殿下は城からわざわざ足を何度も運んできてくださる。
「ルーリス嬢、こちらでの生活はどうかな?」
「皆様が細やかく気を配ってくださっているおかげで、何の問題もなく過ごせております」
お邸の方々にはとてもよくしていただいているうえに、教師の方々も丁寧に教えてくださる。
「それはよかった」
笑みを浮かべるスティール王弟殿下。
本当に、この人の笑みはどうしてこんなにも神々しいのだろう。
「急だったため、申し訳ないのだが結婚式に着てもらうドレスはこちらですでに手配している。今は製作にすでにとりかかっているのだが、一応こちらが原案だ。何か希望があれば可能な範囲で今からでも調整しよう」
「素敵だと思います。このままで、何の問題もございません」
見せていただいたドレスの原案は美しく品があり、諦めていた一生の思い出には十二分なもの。不満など、でてくるわけもない。
「すべて、王弟殿下のお望みのままに」
まさかの王族の方に嫁ぐことになろうとは、想像することなど一度たりともありはしなかった。そんな信じられないような現状において、一介の貴族、それも他国の令嬢ごときが軽々しく希望を口にして式を台無しにしてしまったら…………。怖くて怖くてたまらない……。きっと、なにがしかの利用価値が私にあったからこそ、婚約者に私が選ばれたのだろうから。
「全て殿下の良きように」
すべてのことを把握しているスティール殿下をはじめ、殿下が信頼をおく方々に任せ私は私に見出していただいた価値を全うできるように、私に勝ちを見出していただいた方に恥をかかせることのないように努めるだけ。
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そうしてつつがなく日々は過ぎていき、内容が変わるだけで何の変化もなく繰り返し過ぎて終わって始まる。
同じ言葉の繰り返し。同じことの繰り返しの日々。
私はここでも、「良い子」を演じる日々。
疑問もなければ、こうしていることが一番楽だともう知っているからこそ抵抗もない。
でも、言いようの無い息苦しさは常にある。
ベッドに横たわり瞼が落ちかけていく中、ぼんやりと、夢現に昔のことが巡り過ぎる。
幼い頃、私は「良い子」であることを学んだ。何がきっかけだったのか、いつからそうだったのかもわからないほど昔に。
一番ハッキリと記憶に残っているのは、妹が体調を崩したとき。妹が体調を崩すと、決まって毎回両親が隠しきれない辛さに顔を歪めてやってくる。
(ああ……、)
毎回同じ顔をして両親がやってくる。そんな時に言われる言葉はいつも同じ。
最初に母が、こう言い出す。
『ルーリス。セレスティアが熱をだしてしまったの。今からお医者様に診てもらわなければいけないのだけれど』
想像した言葉と寸分違わぬ内容をやはり、母は口にする。そして父も……。
『クリーエはセレスティアの部屋で付き添わないといけない。私は医者の手配をしにいく。お前はどうする?』
「どうする?」と聞いてはいるけれど、その口調は決められた答え以外は許さない響きをもっていた。
言葉を裏切る本心と表情。
私は期待に背き捨てられてしまうのが怖くて、自分の小さな祈りにも似た願いを飲み込み両親が望む最良の答えだけを返す。
『わたしはだいじょうぶ。おかあさまはセレスティアについていてあげてください。きっと、そのほうがあの子はうれしいはずだわ。おとうさまも、気をつけていってらして。わたしはひとりで、ちゃんと、すごしております』
まだ小さい自分が体調を崩したセレスティアの傍にいれば、もしかしたら病が移り迷惑をかけてしまうかもしれない。父の傍にいても、医者の手配などで忙しくする横では邪魔者にしかならない。そう自分に言い聞かせ、微笑を浮かべて両親と使用人を見送る。
誰も困らない、誰にも迷惑をかけない、ただそれだけを守るため。
私は「良い子」でいる。
思えば思われるだなんて、世界はそんなに甘くない。
泣いて叫んでも、誰も気づいてくれない。
いつしか涙は涸れ、空いた穴には鉛を詰め込んで、自分を守るために全てを埋め潰した。
真実の家族に混ざるのは、イミテーション。
どれほど真似ても同じには成れないは、いつしか誰にも見向きもされないただの有象無象になっていく。
誰に言われるでもなく、自分で決めたことを黙々とこなし。嫌がることなくマナーに勉強にと、努める私を見てこのお邸に長年勤めている侍女長は嬉しそうに笑む。
「本当に、ルーリス様はとても優秀でございますね。こちらのお言葉もマナーもすぐに覚えてしまわれて。この先がとても楽しみですわ」
「講師の方々が丁寧に教えてくださるおかげだわ。それに、まだまだよ。もっと頑張らないと」
隣国の王族に嫁いだとなれば、それが急だったことなどなんの言い訳にもならない。夫であるスティール様やその家名、国民、そして自国の民たちに泥をつけないために必死に勉強する。それが当たり前であり、知らなかったでは許されない立場になったのだから。少しずつでも身についているとはいえ、まだまだできていないことの方が多いのだ。
半年後に結婚式を挙げるまでは、まだ婚約者という身分でしかないが。それでも、成ってしまってからでは遅いのだ。
けれど、侍女長の言葉に昔の記憶がふとよみがえる。
「良い子」になれば、両親の近くにいられる。
自分の小さな寂しさを我慢すれば、傍にはいられなくても家族の中に入れる。
そればかりを思い、唯一の両親に迷惑がられることのほうが恐ろしくて、私はそっと我慢していた。
頑張って頑張って、それでも褒めてくれることなどなく。五歳のときまでいた、母よりも年上だった当事の侍女長だけが今の彼女のようにたまに褒めてくれていた。
その約二年後に伯父様と出会ってからはいつも伯父様が褒めてくれるようになって、お仕事で各国を回っている伯父様のお話を聞くことがとても楽しみになっていた。
「良い子」じゃない私に価値なんてない。
望まれてないのなら、せめて煩わせないように。
それが私の唯一、存在できるための行動理念。




