顔合わせ
そうして訪れた、縁談相手であるボツェット伯爵との顔合わせ。
父からの「 多少は見られる格好で、」 という指示の下。手持ちのドレスの中で比較的見栄えがしそうなものを選び、この時ばかりは母も侍女に命じたのか髪とメイクをしに部屋に侍女がやってきた。多少は見られる格好にさせておきたいが、両親にとってはこのために新しくドレスを新調するほどではないのだろう。この分だと結婚式当日のウエディングドレスは期待できないのであろう、とえも言われぬもの悲しさが胸をしめる。元々さしたる期待もしていなかったが、貴族の中ではきっと≪ 稀にみるみすぼらしい花嫁 ≫ だといわれるだろう。
父親同席の下、ボツェット伯爵を待つ間そんなことを考えていた。すると部屋の扉をノックする音がし、父の了承の合図ののち家令が入ってきた。何やら父に報告があったようで、二人小声で何やら話をしている。
「申し訳ございません。それが、さるお方からお申し出がございまして……」
そうして小声から声が少しずつ大きくなり、二人の会話が漏れ聞こえ始めてしばしたったころ再度扉がノックののちに開かれた。
「お初にお目にかかります。南方領主フィガロ伯爵、ルーリス嬢、こちらがパミール国第一王子スティール殿下でございます」
見かけない、けれども美しい衣服に身を包んだ男性が、隣に立つ嫌味なく彩られ洗練された佇まいの男性を紹介する。服の刺繍がまぶしいのか、それともそれを着る男性自身が眩しく感じるのかわからなくなってしまうほど、整った容姿をしていた。
「急な話で申し訳ないな、伯爵。既にほぼ整いつつあった婚約話を不意にしてしまい」
慌てて第一王子殿下をソファに座っていただくよう声をかける父を横目に、今までみてきた誰よりも見目麗しく、気高い気品を持ち、威風堂々とした佇まいのその人に意識が引っ張られていた。
髪は清厳なる一際輝いている太陽の光を凝縮させたような輝きをもち、双眸は硬質な深みと透明感がある。
「とんでもございません。こちらとしては、是非にでもお願いしたいほどの良縁でございますが……」
ぼんやりとした意識の外で、父と殿下の話は進んでいく。
「幾つかこちらから条件がある。それさえ呑んでもらえるのならば、こちらは構わない」
殿下の後ろに控えていたパミール王家の従者が羊皮紙を手に歩み出で、その内容を口頭で述べ始める。
「一つ、フィガロ家からの持参金は不要。
一つ、今後一切フィガロ家とルーリス嬢との接触を禁じる。
一つ、第二項を遵守される限り我がパミール国はローゼンディア国との友好関係を結ぶ」
跪くことのない他国の第一王子殿下が、伯爵令嬢ごときへその御手を差し出されそう私の目を真っすぐ見てこう仰る。
「ルーリス・フィガロ嬢。どうか、私の伴侶となってはいただけないでしょうか」
当初考えていた展開にはなさすぎる現状に、現実のこととは思えないままその差し出された手に自らの手を乗せ、頭をたれ当初ボツェット伯爵へと向ける予定だった言葉を発する。
「――喜んで、お受けいたします」
軽く乗せた自分の手に、上から柔らかなぬくもりが被さった。
ふと頭をあげると、そこには
「ありがとう、ルーリス嬢」
思わず膝を折り、頭を垂れたくなるような、その体からあふれ出す強者のオーラは変わらない。しかし、微笑みを浮かべ硬質だった瞳が柔らかさを醸し出す様は乙女が夢見る王子様そのものだった。
この日を境に私の生活は一変した。
今までは何をするにもセレスティアが中心で、あの子のためにと尽くしていた両親と家人たちも。隣国の王子の婚約者となった私への態度を豹変させた。
着替えを含む身支度も、入浴も複数人の侍女の手によって行われ。今までしてこなかったこの身に、急場をしのぐ程度になんの必要があるのか、と思うが。髪にも肌にも、爪にまで香油を隅々まで塗られたり、新しいドレスを購入するために細かく体形を図られたり。今からではとてもとてもオーダーメイドは無理。既製品を新調するだけなのに、それに手を加えて少しでも見栄えをどうにかしようという悪あがきにしか思えない。だが、私に否という資格はどこにもない。
セレスティアにはあまりの急な話に不満も露だったが、多勢に無勢。両親に、セレスティア付の侍女、それから私にと言い含められ最後には笑顔を浮かべ見送ってくれた。
スティール王子殿下が用意してくれたらしい馬車が邸の前に止まっており、それに乗って最初で最後となるであろうつかの間の旅に出る。
見納めとなる生まれ育った邸。
しかし、郷愁は欠片も浮かび上がってこない。
あるとすれば、会うことは二度とないであろう叔父と過ごした時間への懐かしさ。
(――――最後に、お別れの言葉だけでも言いたかった。叔父様。私、国内貴族ではなく、国外に嫁ぐことになりました。どうか、どうか、お元気で……)
こうして、パミール国第一王子とローゼンディア国伯爵家令嬢との婚姻が成った。
王子の婚約としては異例であるが、婚約者となった令嬢は一週間後には王子の国へ向かった。彼女が見知らぬ異国へ持っていくのはその身と、ただ一つのハンカチーフのみだったという。




