伯父の来訪
何も変わらぬ日々を過ごしていたある日、図書室にいたルーリスの元へ来客があった。
「――やっぱり。ここにいたんだね、ルーリス」
そう言ってひょっこり図書室に入ってきたのは伯父である、ジュジード・オブクアだった。
「ジュジード伯父様!!」
普段の控えめでおとなしい令嬢の姿を守り通しているが、今回ばかりは珍しくも喜色満面。年齢に相応しい純な笑みを浮かべ、その訪問客を歓迎した。それに対して相手は驚くことなく受け入れ、優しい笑顔で返す。
「また一段と綺麗になったんじゃないかい?」
「あら、女性はいつだって綺麗に輝いておりますのよ?」
家族の誰ともしたことのない、軽口も言い合う。叔父様の前でだけは何も取り繕うことのない屈託ない笑みを浮かべるまだ齢17の少女になれる。
「今日はこんなお土産を持ってきたよ。私のお姫様の御眼鏡にかなうものはあるかな」
茶目っ気たっぷりにウィンクをしつつ、運び込ませたのはいくつもの包装された箱。大小様々なそれは包装も一つずつ異なり、どれも異国のものと思われるデザインばかり。商人として各国を渡り歩く叔父様らしい、魅惑の贈りものに瞳を輝かせ贈り物を眺める。
「まあ、伯父様。私が今まで伯父様からの贈り物を厭うたことがございましたか?」
悪戯な笑みを浮かべてそう問いかけると、自信満々に頷いた。
「いいや、ないね」
「そういうことです」
二人で数瞬見つめあったあと、どちらからともなく「ふふふ」と笑みを溢し楽しげな笑い声に包まれる。
「さあ、どれからでも開けてごらん」
「まあ! なんて美しい……。これは、異国のショールですか?」
伯父様から受け取った箱の一つの中身を取り出せば、見たことがないほど繊細でとても軽いショールが入っていた。
「ああ、贔屓にしている商会の新作でね。どうやらここ最近、良い縫い手を雇えたらしい。まだこちらには入ってきてはいないが、向こうでは既に品薄になるほどの人気が出始めているよ」
「そんな希少なものを……。ありがとうございます」
柔らかな手触りに、羽のように軽いそれをぎゅっと抱きしめる。
「よかったら、今ここで羽織ってみてくれないか」
伯父様のその言葉に、少し緊張しながらもそっと羽織ってみる。
「ジュジード伯父様、どうでしょう? 似合ってますか?」
「ああ、よく似合っているよ。やはりルーリスには覚めるような青色がとても似合うね」
優しい伯父様の眼差しを受け、照れくさいけど、でも温かくて嬉しくて。自然と笑みがこぼれる。
しかし、そんな私の姿を見ていた伯父様の顔がふと、曇る。
「――ルーリス、痩せたんじゃないか?」
そう、誰も気づかなかった私の変化に気づいてくれた伯父様は心配そうに私に問うてくる。憂いを帯びた瞳が私を見つめ、心配かけたくなくて私はいつもどおりの笑みを浮かべる。
「あら、気づいてくれました? そうなんです、今度のパーティーに向けて少しダイエットしていますの」
嘘だ。パーティーなんて、そんな予定はない。
セレスティアはデビューしてから定期的に参加しているようだが、私には一通の招待もない。
それでもそう言わなければ、きっと心配させてしまうから。
そう答えると、優しい伯父様は顔を歪めて温かな両腕で抱きしめてくれる。
「―――君が倒れてしまわないか、心配だ。ダイエットなんかしなくても、ルーリスはそのままで十分魅力的で素敵だよ」
「伯父様、そんなことを言われて喜ばない女性はいませんのよ? 私が伯父様に恋してしまったら、どうしてくれますの?」
冗談めいて、茶化して、なんてことないの、だから心配しないで、と。私の変化にも唯一気がついてくれる貴方だから、心配かけたくないの。
そんな私の心の声が聞こえたのかはわからないが、伯父様は苦笑を洩らした。
「こんなおじさんに、ルーリスのような優しくて綺麗な人はもったいないよ」
「もう、お上手なんですから」
伯父様の言葉が嬉しくて、繕わなくても笑みを浮かべられる。
「よしっ。今度はルーリスがもう少しふくよかにように、各国のお菓子詰め合わせを沢山用意しよう」
「私がふくよかを通り過ぎて子豚のようにまるっと肥えて、お嫁の貰い手がなくなったらどうしてくださいますの」
「じゃあその時は私が責任を持って、ルーリスに相応しい婿殿を探してこようか。私の目が黒いうちは厳しく見極めさせてもらうよ」
「もう伯父様、そこは嘘でも『私がお嫁にもらうよ』ぐらい言わないでどうします。だからいまだに独身のままなんですよ」
「ぐっ……、ルーリスの言葉は正確に私の心中をえぐってくるね」
よろめき、よよよ、と泣くまねをする伯父様の頭をよしよし、と優しく撫でる。
こんな触れ合い、実の父ともしたことはない。
私が覚えているのは優しい伯父様の柔らかな髪の手触りと、少しごわつくあの人の髪だけ。
「ま、私は結婚なんぞしなくてもこんなにも可愛い姪っ子がいるからね。ルーリスがいてくれれば、満足だよ」
今度は叔父様が私の頭を優しく撫でてくれる。まだ私が幼かったころはよくこうして頭を撫でてもらったり、寂しさが耐えられないときは大きくて温かなその腕で抱きしめてもらったりしていた。成人してからは会える機会が減ったというのもあるが、近しいふれあいはほとんどなく今の私にはこの優しさが身に染みる。
「私も、伯父さまさえ居てくださるのなら充分です」
そこに男女の恋情はないが、強く結ばれた親愛がにじみ出ていた。




