奇妙な関係
夜中に男を保護してから、二日目の昼過ぎ。窓を開け放ちそこから差し込む光で読書をしていた。小屋の中に時折そよ風が遊びにくるぐらいで、平穏な時間が流れ心地よい。
男の額に乗せていたタオルを替えている最中だったため、計らずも目が合い、まだ意識がおぼろげな様子の男にゆっくりと、だが、はっきりとした口調で声をかけた。
「目が、覚めましたか?」
男はしばらく目線を彷徨わせたあと、私に焦点を合わせ言葉を発する。
「――ここ、は」
「貴方様が倒れられた目の前に建っていた家のものです。意識を失っていらっしゃいましたので、とりあえず寝かせて看病しておりました。お加減はいかがですか?」
そういいながらも手を休めることはなく、絞ったタオルを置いて声が涸れている男に水差しを差し出し少し頭を支えながら持ち上げてゆっくりと水を飲ませた。
喉が渇いていたのか、男は差し出された水差しに戸惑うことなく口をつけ水をのむ。
二度、三度……何度か小さく嚥下し、そう大きくは無い水差しの中身が無くなるか、というところで男は口を離しゆっくりと息を吐く。
「すまない……。助かった」
幾分水によって潤された喉から、最初の声よりましになった声で礼を言う。
額のタオルを替える際、手のひらを当て体温を確かめるもそれほど熱くなくほっとする。それでもまだ幾分高く、絞ったばかりのタオルを額に置いて立ち上がる。
「軽いお食事をお持ちしますから、そのまま横になってお待ち下さい」
意識を取り戻してすぐ動こうとはしないだろうが、念のためにそう言い置き前もって用意していた材料を使いキッチンで調理する。
作るのは、よく煮たオートミール。
意識を取り戻したといえど、一日半以上何も食べていない身体では胃に固形物を突然放り込むのはよくないだろうという判断だ。あまり美味しいとは言えないだろうが、飲み込めないほど不味くもないなら構わないはずだ。
そう思いよく煮込んだオートミールと新しい水、それから温かい白湯を持って戻る。
「少し、体を起こしても大丈夫でしょうか?」
「ああ、それぐらいなら、大丈夫だろう」
そっと背後に回り起き上がりを補助し、背もたれになるようクッションを積み重ねてそっと体から手を離す。
「お口に合うかわかりませんが……」
持って来たオートミールが盛り付けられた器を渡し、コップに水を入れ傍に置く。
「――ん。うまい」
「お口に合ってよかったです」
男はそれから一言も発さず、ゆっくりとオートミールを食べ合間に用意した水で口内を潤しながら全て食べきった。
そっと別のカップに白湯を入れてさしだせば、少し口をつけ ほぅ、と息をつく。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「大したことはなにも……」
男が食べきって空になった食器を片しながら、食事をし少し活力を取り戻したのか顔に血の気が戻り始めた男に雑談をもちかける。
「ここにはお一人で?」
「ええ、まあ。様々な場所を渡り歩くのが好きでして。ここには知人に会いに来たのですが―――つい、油断をしてしまいスリに有り金を掏られてからなんとかここまでは来たものの、行き倒れてしまい……」
そこまで言って男は私に向かって頭を下げた。
「このように親切にしていただいて、本当にありがとうございます。貴女様に拾っていただけなければ、一体どうなっていたことか……」
「私の勝手な判断でしたことです。けれど、お役に立ててよかった」
治安はマシな方だとはいえ、まだまだ絶対的に安全だとは言い難い。しかも汚れなどはあるものの上等な服を着た人間が夜の道に行き倒れていようものなら、身ぐるみを剥がされるだけで済むならまだましなほう。最悪は身代金を要求するための人質にされた挙句に、命を取られるなんてこともあるだろう。
「本当に、ご無事でよかったです。大したおもてなしもできませんが、よければ身体が元の調子に戻るまでどうぞ、家でお過ごしください」
「そんなこと! すでにとてもよくしていただいています! ――このまま貴女様のお心遣いに甘えたままなのも、申し訳ありませんが。今すぐ、とは身体も動きませんので。どうにか身体が動くようになり、連れのものに連絡が取れるまでお世話になっても構いませんでしょうか」
「ええ、もちろんです。何か必要なものがありましたら、仰ってくださいね」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
そうして男、スティと名乗ったその人の連れに連絡が届くまでの1週間ほど。スティの身体も順調に回復したころ、知人だという男性が迎えにきた。
「本当に、ありがとうございました。このご恩は決して忘れません。何かの折に、お礼をしに参ります」
「そんな、気にしないでください。お連れ様と無事にお会いできてよかったです。――よければ、こちらを。道中のご無事をお守りする一役になれば……」
そう言って去り際に、旅などの道中の安全のお守りとされている花が入ったガラス玉を手渡す。
「――ありがとう、ございます」
中に入っている花の種類・色によって持つ意味が異なるそれは、家族や夫婦・恋人や友人といった親しい間柄では贈り物としてよく選ばれている。スティは最初、とてもびっくりしたような表情を浮かべたあとそっと、とても大切な何かを受け取るかのように丁寧な仕草で手に取った。手の中でそのガラス玉の感触をしっかり確かめた後、懐に仕舞った。
そうして男と連れだって去っていく背中を見送った後、何となく物寂しくなった家を見渡しいつもより念入りに掃除したあとフィガロの邸に戻った。
スティと過ごした奇妙な日々から数日後、邸には様々な声が響き渡りフィガロ伯爵夫妻とその娘が帰ってきたことを知らせる。
それは、何も変わらぬフィガロ家長女としての日々が始まることを伝えるものでもあった。




