独白
ルーリスの独白回です。読まなくても次話に影響はほとんどないと思いますし、ものすごく内容が暗いので読んでいて気持ちのいいものではありません。
あの後もスティール殿下から何か言われることはなく、何も変化のない時間が過ぎるばかり。あんなことがあれば婚約を解消するなり、距離を置かれるなりされるだろうと思っていたのに。殿下は何も変わらない。
「はぁ……」
どうしてあんなことまで言ってしまったのだろう……。
誰にも言ったことのなかった、言うつもりのなかったことまで。
――きっと、体調がよくなかったから
体が弱っていたせいで、こぼれ落ちてしまった。
そして無関係な殿下に、身勝手にも八つ当たりをしてしまった……。
あの後も何度か殿下とお会いする機会はあったけれど、謝罪することはいまだできず。なぜか私がそのことを切り出すのがわかっているように、絶妙なタイミングで会話を躱されたりそもそも切り出せないように会話をスムーズに次へと運んだりされる。
きっとお優しい殿下のこと。私には落ち度はないと、そう態度で示されているのだろうけれど。殿下にこそ何の落ち度もなく、大きすぎる秘密を抱え嘘をついていた私に全く落ち度がないなんてことはありえない。
どうせなら、アレが本当に毒で、死んでしまっていたらよかったのに。
殿下には婚約者死亡という汚名がついてしまうことになるけれど、取るに足らない隣国の伯爵令嬢ごときとあっという間に人々の記憶からは消え去り新たな縁も周りが薦めて何の問題もなかったかのようになるに違いない。
婚約者の時からこのような騒ぎを起こしてしまう私なんかよりも、もっと相応しい誰かとご結婚されたほうが幸せになれるだろうに。
それでも私は殿下側から何も言いだされないこと、私ごときでは殿下に意見することなどできない立場であると言い聞かせることでいまだこの場に居座り続けている。
――結局、あの家に、あの場所に帰りたくないだけ
いくら感情にまかせてぶつけてしまったことを反省し、後悔しても心の中に掬う想いはなくなりはしない。そんなことでなくなってしまうのならばとっくの昔に消え去ってしまっている。
「ままならないものよね…………」
そんなことを言ってしまえば、こうして今、隣国の公爵邸にいてしかもその国の王弟殿下の婚約者、という立場であることも予想なんてできなかったこと。王子様に選ばれて、なんて思ったこともないのに。
ただ、私を見つけてくれる、手を差し伸べ、傍にいてくれる夢のような人と出逢えたらとは何度も思い願ったけれど。
「夢のような立場であることに違いはないのだけれど」
伯爵令嬢、国の一領地を任される領主の令嬢といえど“王公候”と比べるには、比べるのもおこがましい地位であることも確か。貴族令嬢だけでなく一般市民の娘・女性たちの多くが憧れ夢みる『王族の仲間入り』を手に入れられる立場なのだから。例えいずれ王籍を返上し王家から離れる立場だとしても、その身に流れる尊い血までもが消えてしまうわけではない。それでも夢見心地になれないのは、――――その夢は私が描いていたものではないというだけ。
どこかのお話にもあった。
両親を亡くし、後妻とその連れ子に虐められながらも真っすぐに生きた娘は王子に見初められお姫様になってハッピーエンド。
女性の多くが夢見るおとぎ話。
でも、私はこのお話が好きにはなれなかった。
なぜなら結局選ばれたのは、貴族のお嬢様。それも、魔法使いが味方してくれるような先天的な才をもった。
心根美しく、真っすぐ、正直に
そんな風に生きている人は数えきれないほどいる。それでも彼女たちは母から魔法使いが手助けしてくれる血統をもっていなかったために、魔法使いの手助けなしに自力でどうにかして生きていくしかなかった。
それにもしも魔法使いの手を借りることができたとしても、貴族…尊い血をもっていなければ選ばれることはなかっただろう。
結局、彼女の内面は最重要ではなかった。それはあくまでも彼女をより魅力的に見せるためだけの要因の一つでしかない。
選ばれるのはいつだって、ありきたりな理由なんかじゃない。
特別な“ナニカ”をもった、特別な人でなければならない。
一般市民の、それもさらに苦しい生活を強いられている人々はたくさんいる。その人たちのほとんどは心根美しく、日々真っすぐに、正直に生き、身体を酷使し、自分の為、家族のために尽くし生活をしている。でも、それは「当たり前」のことであって特別ではない。手がどんなに荒れるまで働こうが、靴底を減らし穴があくまで動き回ろうが、当たり前である限り誰からも見つけられない。
貴族の御令嬢が「慣れない」家事に精を出し、自分を虐める人間のためにも働き、文句の一つもこぼさなかった。だから、「普通の貴族の御令嬢」にはできないことをしていたからこそ王子も「なんと、心根美しく……」と感動し、后に迎えようと思ったのだろう。
体に傷をつけてまで働くのは平民にとって、当たり前のことでも。
虐めではなくとも父や男兄弟からの嫌がらせや抑圧に耐え、善良ばかりではない店主の下で働くのが一部、もしくは平民女性の普通で。
貴族の御令嬢も日々情報戦を張り、虐めに耐えているとしても愚痴や文句の一つでもこぼせば「卑しい」と非難されるとしても。
結局、すべてがお膳立てされ、自分の見たいものしか都合よく見ない王子。
元々特別ではない人間には用はないのだと、現実を突きつけられる話としか思えなかった。
きっと、私の心根は腐りきり、歪み、嘘で塗り固められているから、このお話の通りならば選ばれることなどはない。
王子が夢見る理想の「お姫様」には程遠い。
「――――ふふ。だから、誰からも選ばれないどころか、失うばかりだったのかしら」
今になって、そう気がつくなんて。
それでも選ばれない理由を見つけ出せたのは、安心するような、おかしくて笑いがこぼれてしまうような、うまく表現できない心地。
誰にも選ばれないままでも構わない。
もう、夢をみるだけの希望も持ち合わせていない。
だから、死ねたらいいのに。
死ぬことは逃げ?
死ねないからただ生きているだけの現実は?
それこそ、生き地獄なのでは?
助けもこない、助けを乞うことさえもう諦めた。
死んだって、きっと何も変わらない。変わらないなら、生きて変わろうと努力すべき?
結局他者は何かを強要することはあっても、その果ての責任を取る事なんてない。
無責任に自分の考えを、思いを相手に言いつけ、押しつけるだけ。
なら、せめて生きることと死ぬことぐらい、本人が選んでもいいのではないの?
逃げだと言われようと、それで救われることもあるのなら他者が死を悪しざまに罵ろうが、救われず地獄を見る人間をいたずらに増やすだけ。
―――――― ねえ、、無責任に、あくまで善意の正義を押し付けるのは気持ちがいいのでしょうね
その結果、相手がどうなろうとも、あなたには関係はないのでしょう。