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波紋に揺れる影  作者: 此道一歩
第二章  光園持の絡(から)まった糸
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玲子の決意

 そして、二人が時間を共有するようになって、間もなく一年が終わろうとしていた時、二人の婚約は秒読みの段階に入っていた。

 しかし、婚約を前に玲子の母が突然倒れ、病床についてしまった。軽い脳梗塞であったが、下半身がしびれ自由が利かない。しばらく入院していたが、後は自宅療養という話になり、訪問医療を受け入れることとした。

 何とか手すりを伝ってトイレにはいけるものの、とても一人で生活のできる状況ではなかった。

 なぜ、この時期に、あんな元気だった母が……

 そう考える玲子の脳裏に、恨み辛みは全くなかった。

 

 だが、彼女は、婚約を前に一石が投じられたことだけはわかっていた。

 真一は「お義母さんも一緒にうちへ来ればいい、君が後悔しないように、しっかり見てあげればいい」と言ってくれたが玲子は不安であった。

 こんなことがなければ自分は真一と結婚し、まだ彼には報告していないがこのお腹の子を無事に出産し幸せな家庭を築いていけると思っていた。それが自分の道であると思っていたのに、そこへ天によって一石が投じられた。この一石が創り出す波紋をどのように理解し、どのように判断するかは玲子次第であった。

 

 このまま母を連れて光園持の家に嫁げば、幸せな家庭を築き、母が倒れたという事実はなかったかのように時は流れて行くのかもしれない。私に課せられたこの肩の重荷は、あっという間に消え去るのだろう……

 そう考えると少し気持ちが楽になった。

 しかし、それは見方を変えれば、投じられた一石に気づいていながら、それを無視したことにもなる。

 それは、大きく道を踏み外していくことの第一歩になってしまう可能性もある。

 いずれにしても、一石が投じられた以上、ここで判断を誤るわけにはいかない。

 場合によっては、このお腹の子に影響がでることだってあるかもしれない…… 

 その不安が頭をよぎった時、彼女は去ることを選択せざるを得なかった。

 お腹の子に詫びながら、それでも頑なにこの流れから目を背けることができない自らの人生を受け止めようと彼女は懸命であった。

 真一は納得しなかったが、玲子の心は動かず無言の真一に

「ありがとうございました。夢のような毎日でした」

 穏やかに別れを告げると彼女は静かにち去っていった。


 彼女が欣也のもとへ別れのあいさつにやってきたのは蒸し暑い夏の夕暮れ時であった。

 彼も懸命に玲子を説得したが、彼女は自分の考えを曲げなかった。

 もともと彼女は死ぬほど真一を愛していたわけではなく、誰から見られても恥ずかしくない男性と付き合っていくうちに、彼の日々の環境の中でぬるま湯につかってしまい、そこから動けなくなっていた。特に義父になるであろう欣也の人柄には心惹かれたのだが、ただこの人格者と話をしていくうちに彼女は人生の流れを考えるようになっていた。

 そのことが皮肉なことに最後は別れを選択することとなってしまったのである。

 欣也は彼女が去ることを選択した根拠をよくわかっていた。自らの道を誤らないように熟考の上、投じられた一石の理解を別れへと結びつけざるを得なかった彼女の思いが痛いほどわかっていた。

玲子は、まっすぐに歩いていこう…… そんな気持ちで帰途についたが、その切なさはいつまでも消えそうにはなかった。

 

 人生っていうのは白いキャンパスに絵を描くようなものだって思っていたけど、キャンパスは真っ白じゃない……

どうにもならない物語が既に綴られていれば、どうしようもない……

玲子さんだって、白いキャンパスに人生を綴ろうとしていたんだろうに、でもこんなことがあると思ったような絵を描くことはできない……

難しいものだ……

彼女はここから新しい人生を歩んでいくのだろう。それが彼女の人生の中で自然の流れだったのかもしれない…… 


 欣也は、礼儀正しく、賢明で、何よりも響きのいい玲子を気にいっていた。言葉足らずの説明でも、一を言えば十を悟る人間であった。これで我が家は今後五十年、大丈夫だ。そんな満足感に酔いしれていた時の別れであったから、落胆の色は隠せなかった。

 それでも一度は、息子にかかわった女性であるから幸福になってほしい、心からそう思っていた。


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