恵利佳を阻止した男子
単独で公開していたものを合体しただけです。内容は変わっていません。
中学生になった恵利佳は、その三年間、五教科では常に完全制覇を守り抜いた。五教科では常にナンバーワンの称号を最後まで誰にも譲らず、学校からは一流名門校への進学を勧められたが、彼女は「めんどくさい」といって地元の公立高校へ進学した。
また三年間、五教科全てナンバーワンの称号は私のもの…… そうした慢心のもと、臨んだ最初のテストで、それはあっさりと破られてしまった。もっとも得意とする英語で一番がとれず、それを阻止したのは三中出身の多田英人であった。結局一年間、彼女は彼に邪魔され、五教科完全制覇はならなかった。英語の次は数学、次は国語というように、毎回いずれかの科目で彼に邪魔され、特に国語については十分に注意を払い、古典はばっちりだったが、現国の部分でやられてしまった。理科は、一年生では必須が化学で、社会は公民であったが、いずれも一回ずつ、多田英人にやられてしまった。
しかし、二年生になると、彼に邪魔されることがなくなり、不思議に思った彼女は、彼について調べ始めた。
ファミレスでアルバイトをしていること知った彼女は、一人でそこへ出向き、ミルクティーを頼むと、そばを通った彼に、「何時に終わるの? 後で顔かして……」と話しかけた。
「八時だけど……」不思議そうに答える彼に、
「じゃあ、待ってる」顔も見ずに彼女はそう言うと八時まで時間をつぶし裏口の近くで待っていた。
出てきた彼が気まずそうに「何か用?」と尋ねると
「勉強もしないで何してんの?」恵利佳は責めるように尋ねたが、
「何って、アルバイトだよ。君の家とは違って、うちは貧しいんだ。春にお袋が亡くなってもう食べていくのがやっとなんだよ。ばあちゃんと二人で精一杯なんだよ」
恵梨香は自分の言い方を少し後悔した。場合によっては、張り手の一つや二つ、そう思っていただけに申し訳なく思った。
「それでどうすんの、大学諦めるの?」
「うん、もう諦めた。高校卒業したら働くつもり……」
「ねえ、私の祖父に会ってくれない?」
「えっ、光園持欣也、さん?」
「よく知ってるねぇー」
「そりゃ知ってるよ。俺たちからすりゃー、神様みたいな人だよ」
「へぇー、じゃー、その神様に会って、話を聞いて……」
「だけど、聞いてどうすんの?」
「祖父は、あなたみたいな優秀な人材に投資するのよ。早くに人材確保して、将来の光園持グループに役立てたいのよ」
「えっ、それ何?」
「いやだったら断ればいいから、一度会って!」
「わかった、でも有難う」
「ところでさ、エイト君」
「英人だよ」
「いいじゃん、エイトで」
「人の名前、勝手にかえるなよ」
「あのさ、あんた、何故、一校に来たの? どこでも特待とれたでしょうに」
「そりゃー、光園持恵利佳が一校に行くって聞いたからだよ」
「へぇー、私がお目当てだったの?」
「勘違いするなよ、光園持に勝ちたかったからだよ」
「へぇー、でも、この美女に少しは興味あったでしょ」
「ないよ」英人は頬を少し赤くして俯いた。
翌日午後五時、英人は恵利佳を訪ねた。館のすごさに度肝を抜かれたが、気を取り直して、チャイムを鳴らすと、ちょうど約束の十分前であった。恵利佳とともに欣也のところへ出向いた彼は、地下通路があったり、指紋認証の扉があったり、驚くことばかりだった。
彼が入ってくるなり、欣也は立ち上がって
「よく来てくれたねー、君が多田君かね」
「はい、多田英人と申します。本日はお言葉に甘えてお邪魔しました」
「うんうん」欣也はまだ少年なのに、しっかりした挨拶に感心していた。
「今日はお話をお伺いできると聞きまして、喜んできました」
「えっ、恵利佳、まだ話してないのか?」
「まだだよ、エイトがじっちゃまのこと、神様みたいな人だっていうから、会わせて、そんなことないよ、どこにでもいるエロ老人だよって教えてやりたかったのよ」
「はっはっははははっ、エロ老人か、私もまだがんばるかな。うん、よしわかった。エイト君、私が君にお願いしたいのは、勉強を頑張ってもらって、大学卒業後は光園持グループで活躍して欲しいということなんだ。そのために、契約金として、毎月二十万円を君のおばあさまにお支払いする。もちろん大学の入学金、授業料もこちらから支払わせていただく。こういうお願いなんだがどうだろう?」
しばらく、間が空いた。
「ありがとうございます。とてもうれしくて『はい』と言いたいです。でも、同情はお断わりします。母から死ぬ間際に言われました。どんなに苦しくても自分に許された環境の中で精一杯生きて行きなさい。そうすればいつか明かりが見えるはず。この母の遺言だけは守っていきたいと思っています」
「君はほんとに十七歳なのか、涙がでてくるよ…… でも勘違いしないでほしい。これは同情ではなくて、ビジネスなんだよ」
「えっ、ビジネス?」
「そりゃそうだよ。企業はどこでもこうしたことをやっているんだよ。優秀な人材を可能な限り、早いうちから確保して将来に備えるんだよ。人はね、色々いるよ。罪な人、人に罪と書いて人罪、人に在るとかいて、いるだけの人は、人在、素材となる人は、人に素材の材で人材、そして最後に、人に財産と書いて人財、世の中には色々な人がいるけど、私はこの財産になる人を集めたい。そういうことだよ」
「でも私が財産かどうかはわからないですよね」
「それはわかるよ」
「えっ」
「君はこの恵利佳の鼻を明かした人だ、今までにそんな人は見たことないよ。次に恵利佳が連れてきた人だ。これが一番信頼に値するね。まっ、だけどそこは気にしなくてもいいんじゃないかのね。買い物をしたいのはこちらなんだよ。買ったものがつまらなくても、それは買った人に責任がある」欣也の言葉にまだ十七歳の少年の心が揺れ動いた。大学に行けるかもしれない、亡くなる寸前の母の顔が脳裏に浮かんだが、何も語ってはくれなかった。
しかし、ここで人生をあきらめたくはない。そう思った彼はついに口を開いた。
「お受けさせていただきます。ぜひお願いします。ほんとにありがとうございます」
「よかった。でもね、一つだけお願いがある。毎週土曜日のお昼には顔を見せてほしい。土曜日が都合悪い日は、日曜日でもいいから、一緒にお昼を食べよう。この子の母親の料理はおいしいよ」
「ありがとうございます」
不審そうな英人に恵利佳が補足する。
「安心したいのよ。一週間に一度ぐらいは顔を見て安心したいのよ」
「そうなの」
「細かいことは、この彩さんがおばあさまに説明に行くから、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その日、英人は初めて玲子の手料理を口にした。あまりのご馳走に胸がいっぱいになった。こんなに親切にしてもらっていいのだろうか……
罪悪感にも似た思いが心を乱したが
この道を歩かせてもらおう。いつか、恩返しができるまで、この道を歩かせてもらおう。他人がここまで思ってくれているのに、その行為を拒むことの方が、むしろ、人としてしてはいけないことのような気がする……
彼はそんな気持ちになっていた。
「おい、エイト、泣くなよ」突然の恵利佳に
「がさつな子でごめんなさいね。何か思い出させてしまったかしら?」やさしい玲子の言葉に
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます。ただ、昨日まではもう人生諦めていたのに、突然、こんな幸運に恵まれて、なんとお礼を言ったらいいのかわかりません。ほんとにありがとうございます」
「何を言っているの、お礼を言うのはこちらの方ですよ。私は子供たちのほかにあなたの成長も楽しみにして見守ることができる。お礼を言いたいのはこちらのほうですよ」
玲子のやさしさに見送られ、エイトが家を出たのは、七時前であった。外まで送って出た恵利佳に
「ありがとう。君のおかげだ。完全復活まで少し時間がかかるけど待っていて、三学期には一矢報いるから……」
「わかった。楽しみにしている」
しかし、二学期がはじまって早々のテストで恵利佳は一矢報いられてしまった。
「あのやろーっ」一瞬腹が立ったが、恵利佳はそれでもうれしかった。
誰かに負けてもうれしい、人を思うからこそ、そこにある不可解な心を恵利佳は初めて知った。




