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波紋に揺れる影  作者: 此道一歩
第四章  婚約破棄された女でも……
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俺は婚約破棄した男

 五月中旬、ある日の昼前、信也達二人は真一に呼び出されていたが、まだ彼に会ったことのない理穂はドキドキしながら会社の受付で要件を伝える信也の後ろ姿を見つめていた。

 受付には上場一部の大企業にふさわしい、品のある美しい女性が二人座っていたが、一人が立ち上がると信也に対応していた。

「誠に申し訳ございません。社長は会議が押しておりまして、少しだけお待ちくださいとのことでした。先ほど社長から直接ご連絡をいただきました」

 連絡してきたのが秘書ではなく、社長本人であることを彼女は強調した。ささやかな心遣いに理穂は感心していた。

「社長室でお待ちいただければ、と存じますが……」

 その女性は低い姿勢から上目遣いに信也の様子を見ながら伺いをたてた。

「いや、ロビーで待たせていただきます。上へ行けば、また上で皆さんに気を使わせてしまいますので、ここで…… 申し訳ないです、私的なことなのに……」

驚いた受付嬢は

「とんでもないです。私どもは、社長の私生活を念頭に入れてお世話させていただくのが仕事です。社長には少しでも私的な時間をご負担なく過ごしていただくことが、明日のわが社につながってまいりますから」と応答したのだが

「……」無言の信也は、すごいなこの人…… そんな顔で参っているのだろうと思った理穂が「ありがとうございます」と後ろからお礼をいった。

「とんでもないです。おめでとうございます。ご結婚なさるんですよね。伺っています。社長から息子さんとその大事な婚約者が来るから『丁重にたのむよ』って…… 朝、連絡がありましたから。社長の【丁重に】なんて言葉、初めて聞きました。おうらやましいです」

「あっ、ありがとうございます」理穂は少し頬が熱くなるのを感じた。

「それでは、こちらへどうぞ」二人は通りに面した明るい場所へ案内された。

「お飲み物を何か、ご用意いたしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 理穂が答えると女性は、にっこりとほほ笑んで下がって行った。

 

 しばらくすると秘書室で一番若い立花がエレベーターを降りると走って受付に向ってきたが、受付嬢が「あちらです」と手で案内すると頷いた彼は信也達の方へ向かおうとした。

 その時、「立花さん」と声をかける営業マンがいた。これまで空調設備のことで、何度か立花に営業をしている三矢商事の営業マンであった。

「待って」と手で制したまま、立花は信也達の待つ場所へ行った。

 これまで死角だった場所から前に出てきて、それを目で追った三矢商事の営業マン、広瀬はその先にもと婚約者であった理穂の姿を見て目を疑った。


 立花は信也達の前に立つと

「お待たせして誠に申し訳ありません。社長はあと五分ほどで降りてまいりますので……」

 さわやかな青年が取り急ぎ連絡にきた。

「お忙しいのにわざわざ申し訳ございません」

 理穂は立ち上がると丁寧に頭を下げた。

 その様子をじっと見つめていた広瀬は、視線に気づいた彼女がこちらをふり向くと、目があわないように慌てて後ろを向いた。

 

 やがて真一が降りてくると周囲が一変した。

 誰もが立ち上がり一礼をすると、彼はそうした周囲の気づかいに軽く手を上げて応えながらうれしそうに秘書の女性に付き添われ二人のところへ歩いてきた。立花も傍らで、気をつけしたまま深く頭を下げる。


「有難う」立花に向かって礼を言うと、真一は信也達に

「待たせたなぁー、すまなかった」と言いながら笑顔で理穂を見つめた。

立ちあがって待っていた理穂が

「初めまして、安沖理穂と申します。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」

 微笑んで深々と頭を下げると

「とんでもない。こちらこそなかなか時間が取れなくて申し訳なかったです。かわいい人だなぁ」真一はにこにこしながら信也に微笑みかけた。

 離れたところからその様子を見ていた広瀬は、実際に会ったことはないが経済紙などでよく目にしていたので真一の顔は知っていた。

社長と何をしているんだ……

 そこにいるもと婚約者と社長の関係がよくわからなかった。

両サイドと後ろに配置した秘書達に守られるように出て行った三人の後ろ姿をじっと目で追いながら、広瀬は遠くからでも見てとれる理穂の変貌に驚くとともに、現在の自分の彼女と比較して、その彼女があまりに色あせて頭に浮かぶと自分が理穂よりもはるかに小さい人間に思えてしまった。


「お待たせ」そこへ立花がやってきた。

「お世話になります。お昼前に申し訳ないです」

「いえいえ、大丈夫ですよ」若い立花の方が堂々としていた。

「今の方は社長さんですよね」

「ええ、そうです」

「ご一緒におられた方は?」

「息子さんと婚約者の方です。初めてお会いするらしくて、一緒にお昼に行かれたんですよ。美しい方ですよね。なんていうか、オーラがすごいっていうか。私みたいな下っ端の秘書にも気を使ってくださって……」

 立花は、聞かれてもいないのに理穂のほめ言葉を並べた。彼自身、自分に微笑んでお礼を言ってくれた社長の息子の婚約者に魅せられていた。

 広瀬は彼が理穂をたたえる度に自分がみじめになって行くのを認めざるを得なかった。

「じゃぁー、次期社長ですか?」

「どうなんですかね、本人は全くその気はないらしいですよ」


 広瀬はそれを聞いてつい二週間ほど前に見た理穂とその彼氏を思い出していた。

確かゴールデンウイークであった。彼はコーヒーショップへ入る理穂と彼氏を目にした。

冴えない服装の男を見て

( もう少しましなのがいなかったのか…… フリーターかニートだよな、きっと! ) 

 その時、広瀬は彼をそう評価していた。

 しかし

( そうだ、あの時は身なりに気をとられて顔をはっきりと記憶してはいなかったが、あの息子はあの時、理穂の隣にいた男だ。俺が捨てた女を社長の息子が連れている。社長の息子だから皆がちやほやしてくれるけど、女は俺のお(こぼ)れじゃないか…… )

 頭の中でそう呟いてみたが虚しさは何ともできなかった。


 彼は空調設備の営業を続けながら、いつも、俺は本当は編集の仕事がしたいんだ。編集の仕事につくことさえできれば俺だって飛躍できるのに、こんなに頭ばかり下げて…… そう思っていた。彼が頭を下げて懸命に営業をしているのは、この会社の秘書室の一番下っ端で、その秘書室のトップが深く頭を下げる社長がいて、彼がかつて婚約破棄した女はその社長の息子と婚約していて、その社長からも大事にされているようだ。これは運命のいたずらなのか。

 理穂に電話してお願いしてみようか……

 そんな思いが一瞬頭をよぎった時、彼はこの仕事を続けていくのがばからしくなり、限りなく自分がみじめに思えた翌日、会社を辞めた。


( 何かもっと自分を輝かせてくれる仕事があるはずだ。運悪くあんな仕事についてしまったけれど、何かいい仕事があるはずだ。やっぱり編集者になりたい )


 そう思った彼は出版にかかわりたくて関連の仕事を探すがなかなかうまくいかない。決して甘くないことはわかっていたのに、理穂を見て、もっと高いところへ行かないと自分がみじめで情けない。そう思いながら彼は自分に見合った以上の仕事を求め続けたが、結局、将来は正式雇用の道あり、というアルバイトを募集していた出版社に就職するのが精いっぱいであった。仕事といえばコピーに資料作り、買い出しに書棚整理、とりあえず働かないわけにはいかないので情けなかったが彼はその仕事を続けた。


 そんなある日のこと、そろそろ退社しようと片づけをしていた時

「誰か、一緒に行って!」

 女性編集リーダーが顔を上げて見回すが、外出している者が多く、残っている者も「ダメでーす」と顔さえ上げない。

 彼女の目に留まったのは広瀬一人であった。

「あっ、君でいいや、君、一緒に来て!」 


 広瀬が編集リーダー高山に連れられ、光園持家の門をたたいたのは夜七時を回っていた。

案内されたリビングでは、真一がコーヒーを飲みながらくつろいでいたが、彼女を見ると

「よぉー高山ちゃん、久しぶり、まぁどうぞ、どうぞ」

 手招きに預かって高山がソファに座ると広瀬も隣に座ったが、彼は理穂がいないかドキドキしていた。

「新顔だね」

「あっ、はい、広瀬と申します。どうかよろしくお願いします」

「こちらこそ。でも、どうせ新顔だったら若い美人が良かったなぁ」

 少し甘えるようにいう真一に

「すいません」広瀬が囁くように俯くと

「ごめん、ごめん、冗談だよ。でもさ、君も男なんだから男より女、年取った女より若い女の方がいいだろう」

 小さく頷く広瀬に

「ほうらね、彼だってわかってくれているよ」そう言いながら高山に笑いかける。

「社長、セクハラですよ」

「うはー、参った参った」

 そこへ玲子がコーヒーをもってくると

「あなたねぇー、光園持社長、若手編集者にセクハラ疑惑、って見出しね」

「奥さん、それいいですね」

「そうでしょ。でも高山さん、このごろは楽しい記事があまりでないですね」

「そうなんです。全て社長にダメ出しされて……」

「あら、そうなの」真一の方を見ると

「飛んでもない」そう言いながら顔の前で懸命に手をふって否定する。

「これからは私の所へ来てください。主人の不名誉になることなら全てゴーサイン出しますから……」笑いながら楽しそうに話す玲子に向って

「奥さん大好き。今度社長のいない時にうかがいます」

「そうよ、そこでこの人の悪口、こんかぎり言い合いましょう」

「こわいねぇー、本気なんじゃないの」

「もちろん、じゃぁ、ごゆっくり」

「ありがとうございます」

 高山の傍らで静かに頭を下げる広瀬に向って

「新人さんもがんばってね」玲子はやさしく微笑むと下がっていった。

「奥さんにもいてもらった方がよかったかも。ダメもとでもってきました」

 高山は「輝くシンデレラ」 見出しのコピーと何枚かの写真を真一に差し出した。

「なんだよー、当分、記事見ないと思ったらこんなことやってたの?」

 横で写真を見た広瀬はそこに写っている理帆を見て息をのんだ。

「社長、この変貌ぶりがわかります? これは世を忍ぶ日常の彼女、素朴でどこにでもいるようなかわいいお嬢さん。これは出るべきところへ出たときの彼女、この日常からこのフォーマルな彼女を想像できる人はいませんよね。常日頃は気取らない、物静かな女性、でも着飾った彼女はトップレベルの女性、もう日本中の憧れの的になりますよ」

「もう高山ちゃん、勘弁してよ。そんな派手な子じゃないんだから……」

「わかってます」

「知ってのとおり、息子も複雑だからねぇー。でもあの子はいい。あの子なら信也は絶対に幸せになる。わかるんだ…… 二人とも静かに生きていきたいんだよ。人から注目浴びるなんて……許してやってよ。玲子さん、玲子さーん」

 彼は慌てて妻を呼んだ。

「どうしたんですか。あなた、不倫の写真でもとられたんですか」

「ばかなことを言うなよ」そう言いながら写真を見せた。

「このギャップはすごいわね」玲子はしばらく見とれていた。

「……」

「すごいわね、こんな感じになるのね、びっくりだわ、恵利佳の仕業ね」

 玲子は高山を見て尋ねた。

「そうでしょうね、恵利佳さんですよね」

「でも、ちょっと、なんか、かわいさも感じるわねー、上手に取るものね」

「奥さん、それは違います。そのパンプスとバックの色ですよ」

「えっ、そうなの?」玲子が不思議そうに高山を見つめる。

「恵利佳さんのすごさですよね、ビンビンの切れる女を演出しておきながら、そのパンプスとバックで、理穂さんの愛くるしさを見せているんだと思いますよ」

「さすが編集長、見るところがちがうね」真一が感心したように言うと

「先日の間商事の三十周年でお見受けしたんですよ。二人の美女目指して挨拶の列ができていましたよ」

「へえー、あなたは行かなかったの?」玲子は真一に尋ねた。

「俺はよく知らない、でも、誰か行ったんだろうなー」

「ええ、常務が来ていましたよ」高山が言うと

「じゃ、恵利佳、何でわざわざ行ったのかしらねえ」

 玲子が不思議そうに(つぶや)いた。

「そりゃー、理穂ちゃんのお披露目だよ」

「えっー、かわいそうに!」

「恵利佳のことだ、理穂ちゃんの顔、売っておいて、少しずつ自分の代わりにって考えているんじゃないか」

「えっー、そんなこと聞いたら、理穂ちゃん、寝込んじゃうわよ」

「だからさー、少しずつ、少しずつやるんだよ、じょうずだよー、これで、信也の目が二十%ぐらい出てきたかな」

「えっ、跡取りの話ですか」

「そうそう、恵利佳は必至で逃げようとしているからねー」

「でも、信也に無理強いはしないでよ」

「わかってるって……」

「外から見ていると贅沢な悩みに見えますけど、当事者の方々は大変なんでしょうね」

「そりゃ、そうだよ、高山ちゃん、おれはもう六十だよ、親父なんか、確か五十三で引退したんだよ。三十一の時にさー、光園持グループの五十年先を見据える必要があるとか何とかうまいこと言われて、乗せられてさー、もうすぐ三十年だよ。こんなことしてたら八十になってもやめられないよ。どうしてくれるんだよ」

「社長、行けるとこまで頑張るしかないですよ」

「もう他人事だと思ってさー、俺だってそのうちにやめるよ、後はしらないよってさ……」

「あなたの泣き言になっちゃったわね。どうしてこんなことになったのかしら、理穂ちゃんの写真の話をしていたのにねー」

「あっ、そうです、そうです、この写真を見てもらって、全国の女性に夢を見てほしかったんですけど、やはりだめですよね」

「そうねっ。これは止めてね」突然の厳しい玲子の口調に、

「わかりました。わかってはいたんですけど久しぶりにお二人の顔が見たくて、これをねたに来たんですよ」

 これは、確かに高山の本音であった。

「でもね高山さん、結婚式のウェディングドレス着た二人の写真は提供してあげる。おそらく派手な結婚式はしないと思うの。でも写真だけは絶対に取らせてツーショットの写真あげるから、その時、好きに書いて…… でも日常の写真は絶対にだめよ」

「ありがとうございます」高山がうれしそうに礼を言う一方で、真一は

「おいおい、大丈夫か。信也が怒るぜー」と玲子を思いとどまらそうとしたが

「何いってんですか。理穂ちゃんにだってご両親がいらっしゃるのよ。娘がそんな風に思われていると知ったら、こんなうれしいことはないでしょ。信也のわがままだけではだめですよ。ご両親のために、そうした一コマぐらいをプレゼントするのはあたりまえでしょ」

 玲子が珍しく、まくしたてるように語ると

「なるほど、玲子さんはすごいねぇー。やっぱり、この家はあなたでもってるね」

 真一が噛みしめるように言う。

 

 二人は光園持家を後にして帰途についたが、急に元気のなくなった新人アルバイトに、ちょっと遅くなってしまったか、アルバイトなのに……、めしでも食わすか、そう思った高山は、広瀬を伴って行きつけの居酒屋へ足をはこんだ。

「遅くなって悪かったね。また別の日に時間調整してね。今日はお詫びになんでも食べて」

 そういう高山に広瀬がぽつりと語った。

「高山さん、俺、あの理穂さんと婚約していたんです」

「えっー!」高山は飲みかけていたビールを吹き出しそうになりながら、それをあわてて呑み込むと激しくむせた。

「何それ、変な冗談はやめて!」

「いや、冗談じゃないんです。つい三ヶ月前に分かれたばかりなんです」

「どうして別れたの?」不思議そうに彼女が尋ねた。

「別に好きな女性ができて婚約破棄してしまったんです」

「すごいね、それ。それで今日、なにを思ったの?」

「正直に全て話します。聞いてくれますか?」

「聞くわよ!」

「もう誰かに聞いてもらわないと…… 」

「いいよ、話してみな」

「はい、別れて二ヶ月ぐらいした時に彼女に再会したんですが、いっしょにいた男はみすぼらしい風体で、ニートか、フリーターかって思ったんです。でもその後、光園持社長の会社に営業で行ったとき、彼女と息子さんが社長と一緒に出かけるのを見たんです。恥ずかしいけど、その時思ったんです。社長の息子だからみんなちやほやするけど、連れている女は俺のお(こぼ)れじゃないか、って、でも虚しさが募るばかりで営業もうまくいかず、一瞬彼女に頼んでみようか、って思ったんです。でもそんなことが頭をよぎった瞬間、もう情けなくて、はずかしくて、翌日、会社を辞めました」

「そう、なんか、すごいねぇー」

「編集者になれば、俺だって力を発揮できる、そう思って仕事を探しましたが、そんなに甘くはないですよね」

「そうねぇー」

「でも、今日で踏ん切りがつきました。なんか全て白紙に戻して、ちゃんとやり直さないとダメだって思いました。今の彼女とも別れて心機一転やり直します。なんか、かえってすっきりしました」

 そういって背伸びをする広瀬に

「あんた、それはおかしいでしょっ。間違ってるっしょ」

「えっ」

「あんたさぁー、まあ人間を点数で表すのはおかしいかもしれないけど、今のあんたと理穂さんってね、どっちが点数、上だと思ってるの?」

「そりゃー理穂さんの方がはるかに上です」

「そう、じゃ例えばあんたが五十点で、理穂さんが七十点だとするとね、あんたは理穂さんと付き合うことで自分が七十点の人間なんだって錯覚したんじゃないの、おそらく。そこへ八十点の女性が現れたから、そちらへ乗り換えた。今の彼女とはうまくいってんの?」

「はい、まあまあです」

「そう、乗り換えてはみたものの、乗り換えた彼女はやっぱり五十点で、自分に見合った女だった。ふと気がついて、理穂さんと比べたら今の彼女は理穂さんより見劣りしている。だから全て振り出しに戻して頑張りたい」

「……」広瀬に言葉はなかった。

「あんたの言っているのはそういうことでしょ。振り出しに戻してどうすんの。また理穂さんクラスの女性を手に入れたいの……」

「いや、そんな具体的には考えてないですけど……」

「よく考えてみなさいよ。今の彼女に不満があるわけじゃないでしょ。理穂さんより見劣りするのがいやなんでしょ。自分は理穂さんに見合った男じゃないのに、自分の彼女は理穂さんより見劣りしたら嫌なの?」

「……」広瀬は無言で俯いてしまった。

「そんなのあり?」

「…… よくわかりません」それだけ答えるのが精一杯だった。

「まず、自分を知ることが大事よ。そして自分の人生の流れを読み解いていく。それができればいろんなことがわかるし歴史がわかるわ」

「……」広瀬は情けなかった、とにかく惨めでなすすべがなかった。

「あなたは理穂さんとかかわることで彼女から力をもらったんじゃないの。ひょっとしたらそれは運気かもしれないわよ。理穂さんのおかげで今の彼女と出会い、仕事も変えることになった。その運気をどうとらえて、どういかしていくかはあなた次第よ」

「難しい話ですね」

「そりゃそうよ。人生なんて簡単なわけがない。でもね、はっきりしているのは、理穂さんがあなたにふさわしい女性ではなかったのではなくて、あなたが理穂さんにふさわしい男ではなかったんだということだけは、理解しておく方がいいと思うわよ」

「……」広瀬はそのとおりだと思った。

「あなたは、自分が婚約破棄したことで、自分の方が格上だと錯覚したんじゃないの。女性をつかむ運気のない男なんて、そんなものよ。大きな流れがあるのに目の前にあるたった一つの事象だけで全てを判断しようとする。流れをみてごらんよ。あなたのこの三ヶ月の人生、振り返ってごらんなさい。私の言った結論しか出てこないわよ」


 確かにそうかもしれない。理穂と別れてすぐに広瀬は理穂の方が数段いい女だと思った。すぐに別れを後悔したし、そもそもなんで、今の彼女の方がいい女だと思ったのかわからなかった。それでも少しずつ時は流れ今に至った。

 この高山さんの言うとおりだ…… 広瀬は打ちひしがれたような思いの中で、それでも、今日はいい日だった、と感じていた。


「ごめんなさいね、点数なんかつけちゃって、でもその方がわかりやすいと思ってね」

「とんでもないです。高山さんのおっしゃる通りです。もう一度、しっかりと考えてみます」

「ねぇ、カメラマンの多田野、知っているでしょ」

「えっ、はい」高山が話を変えたのかと思ったがそうではなかった。

「彼はね、もう四十五歳なのよ。でもね、奥さんにするのは若い人がいいのよ。この前、三十七歳の女性を紹介したのよ。いい人だったのよ。でもね、彼はやっぱり二十代じゃないとねぇって言うのよ」

「……」

「えっ、あんた、自分の年、わかってんのって言うと、いやー、これでも若い頃はもてたんですよーって、笑いながら言うのよ。あんた、もう若くないよって言いたかったけど、ばからしくなってもうやめたわ」

「高山さんのおっしゃること、よくわかりす。自分を知るってことですよね。少しわかったような気がします。本当に今日はありがとうございました」

「一時間ほど光園持の家にいたけど、どうだった?」

「なんかすごかったですね」

「私だって、理穂さんのあんな記事、了解してもらえるなんて思っていないのよ。でもね、たまにはあの夫婦と話して、力をもらいたいのよ。だから理由作ってでかけるのよ」

「そうだったんですか」

「わたしもね、煮詰まっているのよ、でもね、そんなときは、必ずあの家なのよ」

 高山が、ふっと、遠くを見ながら呟いた。

「あそこの家で、高山さんが、なんか、だんだんと元気になっていくのが不思議でした」

「あの夫婦っていうか、あの家のエネルギーなんだよね」

「……」広瀬は無言で、静かに彼女をみつめるだけだった。


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