リーマンショック
信也は大学へ入学すると同時に、アパートを借りて独立したが、彼が借りたアパートは、とても古臭く、それを最初に見た恵利佳は「あんた、反抗期か?」そう言って驚いたが、それでも怖い姉は黙って生活必需品をそろえてくれた。
独立を前に、欣也は五千万円入金された株の取引口座を信也に渡した。
「お前が今まで稼いだお金とほぼ同じだ。これからは、自分の口座でやっていきなさい。でも、時々は顔を見せるんだぞ」
「じいちゃん、有難う」信也は嬉しそうにその特定口座と、パスワードの記されたメモを大事に握り締めて新たな住まいへと移っていった。
彼は京王大学へ入学したが、三ヶ月で退学してしまった。
「つまらない。俺にはあの価値がわからない」
それが理由だった。
玲子は心を痛めたが、恵利佳はいたって冷静であった。
「私は、たぶんこうなると思っていたよ。だって、大学って一般的には就職を前提に考えていくでしょ。もちろん医師資格のように免許をとる前提条件みたいなところもあるけど、いずれにしても、仕事前提なところがあるでしょ。信也は株で生きていくつもりよ。その彼にとって学歴っていうのはただのステータスでしかないのよ。仕方ないよ。」
少なくとも家族の皆には、「せっかく入ったのに……」という思いがあった。もちろん恵利佳も同様ではあったが、彼女はいつも彼を尊重するところから思考を開始していた。
大学を辞めてからの彼は、さらに株に没頭していった。毎日パソコンの前に座り、一日中、好きなことができる。このことが彼をさらに社会から遠ざけていった。
二〇〇八年九月十二日のことであった。昼前に信也が久しぶりに光園持の家にやってきた。
「母さん元気?」
笑顔で問いかけてくる信也が元気そうで玲子はとてもうれしかった。
「元気よ、何かつくるわね」
「有難う。朝から何も食べてないんだ」
「もう、身体壊したらどうするの。恵利佳は様子見に行ってないの?」
「いや、よく来るよ。来るたびに叱られてばかりだよ」
「そう、でももっと行ってもらった方がいいわね」
「やめてよ、ちゃんと食べるから」
「ほんとうね」
「了解」
食事を済ませると「ちょっと、じいちゃんとこ、行ってくる」
彼はそう言って祖父の部屋へ向かった。
彩の横に座ると、信也が難しい顔をして話し始めた。
「昨日からね、ニューヨークなんだけど、なんかおかしいんだよね。どうも、金融株から、大口が手をひいている感じがするんだ。どう考えても、なにかおかしい。僕は前場で、空売り以外は全て処分したよ。明日から三連休でしょっ。休みの間に何かあったら、火曜日はやばいかも。絶対的に自信があるわけじゃないけど、かなりおかしい。今までではじめてだよ」
彩も後場に入ると、信也の忠告にしたがった。
信也の予想したほどではなかったが火曜日、日経は約四百円下げた。数日してその下げを埋める形となってきたが、信也は日経が一万千四百円を割るようなら、ここからは現物よりも先物の売りに、かなりの勝機があると確信していた。彩にも当然、その考えを伝えていた。
信也は日経が一万千四百円を割れると売りに出た。
そのころ、彼の軍資金は、七千万円近くになっていたが、先物を空売りし、その後の下げで利益が出るたびに売って売って売りまくった。全てを八千四百円で買い戻した彼は一ヶ月経たない間にその軍資金を一億五千万円近くまでに膨らませた。彩はその時のことを今でも鮮明に覚えていると言う。
その後の彼は、着実に成果を上げ、現在では約二億円を運用するまでになっていた。




