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波紋に揺れる影  作者: 此道一歩
第三章  信也の物語
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信也の秘密

 株に魅せられた彼は、毎日が楽しく、特に夏休みなどは、彼にとっては幸福の日々であった。朝、九時までに宿題を終えるとパソコンの前に座り、嬉しそうに寄り付きをまっていた。

 しかし、そんな信也を心配して玲子が外に連れ出そうとするが、いい返事が返ってこない。そこに恵利佳の叱責が入ると、信也はその日のトレードを諦め、玲子と恵利佳につきあうのであった。

 小学六年の夏、義一を加え、出かけた四人が書店に立ち寄ったことがある。信也は書店にいくと必ず株の本を見る。その日もそこで見つけた『エリオット波動の全て』と題された分厚い本をとって読み始めた。驚いたのは玲子であった。ちらっと見える中身は、見ただけで頭が痛くなるような本であった。

「信也、あなた、その本の意味が解るの?」

「えっ、おもしろいよ」そう答える信也に玲子は大きくため息をついた。

 そこへ探し物を見つけた恵利佳が一冊の本を手に、義一を連れてやってきた。この本にも驚いた。

『人はその時どうする』といった表題で、とても中三の少女が読む本には思えなかったが、それでも、これはまだ何とか我慢できる。

 しかし、彼女は信也が読んでいる本には参ってしまった。

「どうしたの?」不安そうな母親に恵利佳が尋ねる。

「あの本みて……」

「えっ、株の本でしょ」

「ちょっと難しすぎない」

「あー、なるほど。この子ね、頭いいから、この程度の本はすらすら読むわよ」

「えっ!」再び驚いた玲子は、全く気付いていなかった自分が情けなくなった。


( そういえば、この子、絶対に百点のテストを見たことがない。いつも九七点か九八点。必ずどこか一つ間違えている。何かおかしかった…… えっ、もしかしてこの子、自分を隠しているの…… )

そう思うと、玲子はいてもたってもいられなくなった。

「ねえ信也、ママ、聞きたいことがあるの。あそこでパフェでも食べよ」

 甘いものに目がない彼をパフェでつろうとしたが、のってこなかった。ここで恵利佳ママの出番である。「信也!」彼女のきつい声に顔を上げたが

「だってこれすごいよ」

「また後から来てあげるから。ママの言うことを聞きなさい」恵利佳が叱責する。

「でもその間に誰かが買ったらどうするの」

「わかったわ、じゃあ、この本買ってあげるから」玲子が言うと

「ほんと!」

 三万二千円に驚いたが、早く真偽を確かめたい、との思いがはるかに強かった。

信也は買ってもらった書を大事そうに抱えて、三人の後をついていった。

店に入った玲子は、できるだけ人目につかない席を選んで座った。

「信ちゃん、あなたのテストはいつも九七点か九八点よね。ママは百点のテスト、見たことないのよ」

「ご注文はお決まりですか」そこへウエイトレスが注文を取りにやってきた。

「チョコレートパフェ」信也が言うと恵利佳は、「私は抹茶パフェね、この子はプリンアラモード、ママはコーヒーよね」

 息を大きく吸い込もうとしている玲子に同意を求めた。

「ホットでお願いします」

 彼女が立ち去ると、一瞬緩んでいた空気が再び張り詰めた。

「信ちゃん、テストのことだけど、わざと間違えていたの? わざと百点を取らないようにしていたの?」いつになく問い詰めるような継母に

「……」信也は俯いてしまったが、すかさず恵利佳が追い打ちをかける。

「あんた、はっきり言いなさい」口調が悪くなってきた姉に押されて

「だって母さんがそうしろって……」

「母さんって、亡くなったお母さんのこと?」

 玲子が尋ねると信也が静かに頷く。

「信ちゃん、ママはね、亡くなった信ちゃんの本当のお母さんから、信ちゃんのこと、大事に育てて下さいってお願いされたの。だからね、信ちゃんのこと、ちゃんとわかっていないと亡くなったお母さんとの約束が守れないの……」

「信也、怒らないから正直にちゃんと今のことを話して。でもぐずぐす言ったら叩くわよっ」

恵利佳が母を助ける。

「わかったよ。母さんが死ぬ前に言ったんだ。小学校へ行ったらテストがたくさんあるけど、必ず一つか二つ、間違いなさい。あなたは本を読んでも、何を聞いてもすぐに覚えてしまうけど、普通の人は何かを覚えるために、何度も書いたり読んだりするって。信也のその力は素晴らしいことなんだけど、今はできるだけよその人には知られない方がいい。だから隠せるだけかくしていきなさい。そしていつかそれがつらくなったら、新しいママの玲子さんか、おじいちゃんに相談しなさいって」

「そうだったの、ママが気づいてあげられなくてごめんね」つらそうに語る玲子に

「大丈夫だよ、僕、まだつらくないから……」

 玲子が「まいったわ、ママ」と大きなため息をついた。

「さっそく帰って、四者会談といきますか」恵利佳が言うと

「そうねぇ、母さん一人ではちょっと先が見えないわねぇ」

 

 信也は、そんな話は気にも留めず、

( 早くかえってこの本よみたいなぁー……) と思いながら、幸せそうな顔をして、パフェをパクパク食べていた。

 

 帰宅すると、信也はさっそく部屋へ籠り、本を読み始めた。

 玲子は、恵利佳と共に欣也の所へ向かい、彩を含め四人で話がはじまった。

 玲子が、今日のことを詳細に説明すると、

「そうか、まぁ、あの子の株を見ていりゃあ、確かに普通じゃないよね」

「好子さんも、ほんとに悩んだでしょうね。自分がそばにいてあげられたら、どんなにしてでも守ってあげられたでしょうに、それができない自分がどんなにつらかったか……」

 玲子の言葉に引かれ、欣也は、また好子の最期の顔を思い出し、胸が痛くなるのをじっと耐えた。

「恵利佳はどう思うの?」欣也が問うと、

「かわいそうよね。あの子、そんなこと考えてテスト受けたり、本を読んだりしていたんだ。私ね、いつだったか、テストでとんでもない間違いしてたから、しかったことがあるのよ、かわいそうなことしたなぁー」

「なんか、足枷付けたまま歩かせていたってことですよね」

 彩の鋭い表現に皆はどきっとした。

「確かに、そういうことですよねぇ。かわいそうに、私は何にも気づかずに……」

玲子が悲しそうに俯いた。

「母さんのせいじゃないよ」

「そうだよ。私たちだってもっと早くに気づけていたはずだ」

「そうですね。あの株を見たら、当然と言えば当然ですよね」彩が言う。

「玲子さん、とりあえず、足枷を取ってやろう。後は何かあれば皆で守ってやればいい」

「わかりました」

「私は、正直言って、当時、好子さんはそこまで光園持にこだわらなくてもいいんじゃないかと思っていました。母親ならではの思いが何かあるのかなぐらいにしか思っていませんでした。でも納得しました。好子さんが、光園持でなければ、と思った気持ちが今はよくわかります」

 彩がそう続けると

「そうだな、そういえば好子さんの口から特別な子だからという言葉がよく出ていたよ。こういう意味だったんだな」


 夕食を終えると、あわてて部屋に帰ろうとする信也を玲子が呼び止めた。

「信ちゃん、大事なお話しがあるから少しだけ聞いて」

「うん……」信也が不安そうに玲子に近づいてくる。信也の前でしゃがみ込むと、玲子は彼のあたまをなぜながら、

「今日のテストのお話しがあったでしょ、百点取らないためにわざと間違えていたお話し! それからすぐに覚えることができるお話しもあったでしょ。もう隠さなくても大丈夫だから。信ちゃんの亡くなったお母さんの気持ちがよくわかったから、もう大丈夫。これからは何かあったらおじいちゃんやママが守るから、信ちゃんはこれから思う存分百点をとってね」

「いいの……」

「いいわよ大丈夫。でもみんなに威張ったらだめよ」

「うん、それはしない。有難う」彼はそういって部屋へ走った。


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