7.
血が繋がっていない。
そう聞いて考えられるのは、たいてい養子か連れ子だ。
日高は親しくなった友人たちから、御堂の噂をこれでもかと言うほど聞いていた。
その中には確かに、春澄が御堂家の実子ではないという話もあったが、今日の彼の兄の態度を見てあながち外れてはいないかも知れないと思っていた。
この世界では、よくある話だと思う。
時間と金を持て余した富裕層の男が、女が、伴侶以外と関係を持つことなど別段珍しい話でもない。
事実、日高の旧友の中にもそんな立場の親を持つ人間は一定数いた。
しかし、違和感を覚えるのは春澄の態度だった。
「秋人義兄さんは嫡男だから、御堂に相応しくない俺が嫌いなんだ。
……今日は迷惑かけてごめん。日高も、もうあまり俺に関わらない方がいい。」
伏せられた春澄の長い睫毛が、白い頬に影を落とす。
春澄は、極端に人と関わることを避けている。
日高は最近そんな風に感じるようになっていた。
最初は会話もたどたどしく、内気で人付き合いが苦手なだけなのかと思っていたが、次第にそうではないのだと気づいた。
朝は早朝に出て行き、食堂には姿を見せず、空き時間には独り人気の無い場所に向かっている。
自分が嫌われたのかとも考えたが、そもそも彼は友人すら作ろうとしていないようだった。
そして、今もなぜかこうして自分を遠ざけようとする。
日高はそんな春澄になぜかいつも胸が漣立つ。
伏せられたその瞳を見ると、いつかそのままどこかへ消えてしまいそうな気がした。
「春澄、俺は華族の生まれでもなんでもないんだ。ただ、父が海外と繋がりがあって、貿易で偶然上手くいって成り上がった、いわゆる成金ってやつだ。」
春澄の瞳が日高に戻る。
日高はそれに少し安堵を覚えながら、ゆっくり続けた。
「正直、こんな貴族だらけの学院でやってけるのかと思ってた。ここに華族じゃない俺が入学出来たのも、実はちょっとコネみたいなものなんだ。だから余計、な。」
入学する前に仲の良かった連中は、身分をあまり気にしない人間ばかりだったから、自身も別段、庶民だ成金だと意識したことはなかった。
しかし、ここは違った。
自分が成金の出自だと言っても気にせず親しくしてくれる者も多いが、一方であからさまに態度を変える者も少なくなかった。
「御堂ってすごい家なんだぞって他の奴に言われるまで全然知らなくてさ。
俺、そのくらい華族とか家の格式とか何が違うのかよく分からないし、これからも特に気にしようと思ってない。
ここは学び舎だからな。あるのは同じ年頃の人間同士で、家がどうなんて俺は関係ないと思うんだ。…春澄もそう思わないか?」
「日高……」
春澄の瞳が大きく見開かれる。
その表情が、泣き出しそうな子どものように思えて、気づいた時にはその柔らかそうな絹糸の髪に手を伸ばしていた。
春澄は一度驚いたように身を強張らせたが、その緊張を解きほぐしたくて、弟たちにそうするように少し乱暴に頭を掻き撫ぜた。
「わ…!ひ、日高……!」
「お前、猫みたいな髪の毛してるんだな」
慌て戸惑う春澄を他所に、ぐしゃぐしゃになった髪を手で梳き、元に戻してやる。
春澄の白かった頬は、照れたように朱を散らしていて、初めて見る彼の憂い以外の表情に胸が高鳴るのを感じた。
きっと彼がこんな純粋な一面を見せるなんて、まだ誰も知らない。
御堂家は正直、良くない噂ばかりだ。
黒い噂が立つところには、真実もまたそこには含まれているのだろう。
しかし春澄を見ていると、そんな話は嘘なのではないかと思えてきてしまう。
恐らく春澄が日中絡まれていた生徒たちに言っていたように、彼が家の事情に疎いのは事実だろう。
そこには、彼があの義兄と血の繋がりを持たないことも関係しているのかも知れない。
だが彼のことを知れば、良からぬ家の噂と春澄を混同している友人達も態度を軟化させてくれるはずだ。
それは喜ぶべきことであるのに、日高はなぜか心から歓迎できない自分がいることに違和感を覚えるのだった。