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華堕ちて  作者: アヲ
7/10

6.



『春澄は将来、何になりたい?』


柔らかな光に包まれて、顔も分からない、けれどきっと優しいだろうその人が微笑む。


暖かな場所だった。

ここには誰も自分を傷つけるものは存在しない。穏やかな、嫋やかな空間。


『えっとね、おかあさんのおかあさんになる!』


幼い声がそう答える。

えぇ〜、と優しげなその人が困ったように、けれど可笑しそうに笑った。

子どもらしい、辻褄の合わない無邪気な答えだ。その純粋さが微笑ましい。


『ぼくがおかあさんになって、おかあさんを助けてあげるの!』


その人ははっと息を飲むと、ありがとうと言って嬉しそうに微笑んだ。


愛に満ちたこの時間が、いつまでも続けばいい。…続くものだと、思っていた。

待てども待てども帰らない母を、不安と恐怖に怯えながら独り過ごしたあの夜まで。



『___でも、もう遅いの』



暖かなその場所は見る間に景色を変え、優しげだったその声は誰かの声を幾重にも重ねた恐ろしい響きを伴った。


母だったものが、幼い春澄の細首を捕える。


『お前のせいよ、春澄……オまェ、の__、』


それは徐々に、確かに首を絞め上げ、呪いの言葉と共に春澄を闇の中へと引きずり込んでいく。


『ごめんなさい……ごめ、なさ……』


『春澄……』


ごめんなさい……




「___春澄!」




急速に意識が浮上する。


気がついた時には、朧げな母の姿も悪魔のような怪物もなく、そこは寮の私室のベッドだった。


外はすでに夕空が夜を孕んでおり、弱々しい西日が窓を染めている。

午後の講義はとっくに終わってしまったようだ。


あれから顔色の悪い春澄を気遣って、日高が医務室に連れて行き、休息を言い渡された春澄は自室に戻っていた。


いつの間にか眠ってしまっていたようだ。



「起きたか?春澄。

随分うなされてたが……大丈夫か?」



傍らには怪訝な顔をした日高が、様子を伺うように屈みこんでいた。

喉の奥が詰まったような感覚に思わず首をさすり、荒い呼吸を整える。


同じ夢を、何度かみた。


あの御堂の屋敷にいる時に、母や老女中を思い出すたびそれは幻影となって夢で春澄を責め立てた。



「春澄……その、お前の家のことを他の奴らから色々聞いた。

人伝てだから、嘘も当然あるだろうが……」



日高は初日に春澄と接点を持ち、しかもあろうことか同室だった。

人望の厚い日高が、周りから御堂家についてあれこれ聞かないはずがない。


"極力関わらない方がいい"。


そう言われたはずだ。

実際は春澄に御堂を動かす権限など微塵もなくても、やはり周りはそう見ないのだ。


しかし、日高の口から出たのは思いがけない言葉だった。



「俺は、家は家、お前はお前だと思ってるよ。

"御堂"が何であれどうでもいい。」


「っ……」



なんて眩しい人なのだろう、と春澄は思う。


彼の人気は、きっとこの器量にあるに違いない。

人に対して態度を変えず、誰をも公平に、平等に接し思いやることができる。


春澄は彼のような人間が最も羨ましく、そして___最も恐ろしかった。



「俺が知りたいのは…春澄、お前のことだ。

あの時の上級生、あれお前の兄さんだろ?

上手くいってないのか?」


「……秋人義兄さんには、迷惑をかけるなと言われてて…、それなのに俺のせいで揉め事の後始末までさせてしまったから。俺が…悪いんだ。」



去り際、秋人に言われた言葉を思い出す。


『出来損ないが。二度と手間をかけさせるな、春澄』


冷たい声だった。

御堂の嫡男として相応しいよう、きっと秋人にはここでの在り方があるのだろう。

だから迷惑をかけるな、と釘を刺した。

こんな風に目をつけられ無様を晒すことがないよう、大人しくしていろと。


それなのに、この事態だ。


しかし、日高はそんな春澄の言葉に納得がいかないというように顔を曇らせた。



「何言ってるんだ春澄。

お前とあの人は兄弟だろう?弟が家のせいで乱暴されてたら、家族なら助けて当然だ。

なのに、助けたかと思えばあんな……」


「義兄さんは、助けに来てくれたわけじゃないよ。それに俺は、義兄さんとは違うから…。」


「どういうことだ?」



そこで言葉を切る春澄に、日高はますます訳がわからないといった様子で訝しげに眉根を寄せる。



「血は繋がって、ないんだ。」






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