第80話 アップデート
時間は……深夜2時を少し過ぎた頃。とある都内のオフィスビルでは開発チームによる終わりの見えない戦いが、繰り広げられていた。
「おい!シナリオ班!シナリオデータのアップデート進捗が悪いぞ!どうなってる!メンテナンス開始予定は昼だぞっ!」
プロジェクトリーダーと思しき髭の男の怒号が響く。
「大丈夫です!間に合わせます!大きな修正はあと一つですのでっ!」
「チーフ!デバッグ班から新たなバグ報告が上がってきました!」
「笹川さん!バグ内容確認して!」
シナリオ班のチーフがスタッフの一人に指示を出している。指示に従って笹川さんと呼ばれた若い男がディスプレイに釘付けになっている。
「……大丈夫です、チーフ。このバグなら0.76.2版で吸収出来ます」
「おっけ!じゃあそのまま進めて!」
「承知しました!」
シナリオ班チームの様子を確認すると、髭のプロジェクトリーダーは次の島にやってきた。こちらも慌ただしい様子である。
「データ班!追加エリアデータの状況はどうだ?大丈夫か?」
ここまで大きなバグが見つかっておらず、もっとも平和だったはずのデータ班だが、データ班のチーフの表情は芳しくない。
「いえ!申し訳ありません。先ほど致命的なバグが見つかりまして、修正を開始しました」
「見込みは?」
リーダーの問いかけに顔を向けることなくチーフが応答している。
「現在、影響度の確認をしておりますが、最悪データの組み直しです」
「?!……マジか。組み直し想定でデータリリースの見込みを教えてくれ」
「そうですね……ギリギリ12時ってとこです。でも別の問題が出たらすぐに後ろに倒れます」
髭リーダーの顔が引きつる。
「昼のアップデート開始はもう無理か。2……いや、3時間。延ばして最大3時間までだ。それ以上は延ばせん!いいか?15時にメンテナンスを入れ、18時にサービス再開出来るよう全力で間に合わせてくれ」
「了解です!」
イルグラード開発プロジェクトチームは、シナリオ投入アップデートを前に火の車となっていた。
リリース前確認の結果によると、細かなバグを除けばメインシナリオに大きなバグは見つからなかった。しかし、シナリオに準ずる追加エリアのデータとそのエリアに配置されるAIキャラのデータに重大なバグがあり、当初予定で12時メンテナンス開始~15時サービス再開であったところ、3時間後ろ倒しになることが確定したのだった。
この情報はログイン中の冒険者にはメッセージ通知され、ログアウト中の冒険者には世話係を通してポッドへ直接通知されることになった。
……
「おっはよーございまーす!」
「あぁ、栗枝か。……っておい。早いな?お前の時間は、まだもっと後だろう?」
「「「おはようございます!」」」
夜が白み始める頃、運営管理チームのオフィスに底抜けに明るい声が響いた。昨夜遅くに帰ったばかりのスタッフ栗枝である。
これに夜間対応のシフトスタッフ達からも朝の挨拶が返しているが、想定以上の早い出社に主任が怪訝そうな表情を浮かべた。本当に家に帰ったか?と疑いたくなるレベルである。
「いいんですよ。趣味みたいなものですから、ほっといて下さい。主任」
「あのな、俺はよ?お前の体調を考えて言ってやってるのに、そういうつれない言い方はないだろう?」
栗枝向けにボヤいた主任は、つい先ほど自販機で買ってきた缶コーヒーのキャップをひねって一口飲んだ。
「別に、この早く来た時間を『仕事した』って主張しないんで気にしないで下さい。ゲームしてる皆さんをウォッチすることが、今の私の生きがいなんです!」
そう言って力強く拳を握りしめた栗枝。夜間のシフトスタッフ達もそんな栗枝の様子を見て苦笑いをしている。
「まぁ……好きにすりゃいい。運営管理業務はちゃんとシフトで回せよ?俺はアップデート対応に合わせて、一旦帰宅するからな?」
「おつかれさまでしたぁ!」
「ち。嫌味な言い方しやがって」
嫌ったいほどの明るい笑顔の栗枝。
思わず悪態をついた主任は、背もたれにかけていた背広を肩からひっかけると、床に置いてあった鞄に手を掛けた。
だが、その時だった。部屋の扉がバタンとやや乱暴に開き、髭の男がずかずかと入ってきたのは……。
「神崎!運営管理の神崎主任はいるか?」
「はい?なんですかぁ?これから帰るとこなんですけど?」
『神崎』と呼ばれた主任は、突然入ってきた髭の男に向かって不機嫌そうに返事をした。
そんな神崎主任の様子に髭の男はなんとも言えないような表情を見せる。
「……相変わらずだな。そんなんだから開発チームから弾かれるんだ……いや、今はそんなことはどうでもいい。業務連絡だ。アップデートを行うメンテナンス時間に変更があったので連絡に来た。すぐに全プレイヤーへの周知対応を取ってくれ」
「「はいっ!承知しました!」」
すぐに周知準備を始めた夜間スタッフ2名。非常に優秀な面子である。対象的にプライベートを決め込んでる栗枝は完全無視状態だ。
神崎主任は、やりかけた帰り支度もそこそこに入ってきた男をジロリと睨んだままその動きを止めている。そして、ゆっくりと口を開いた。
「相楽、何時にズレ込んだ?」
「15時メンテ開始だ。だから3時間押しってことだな。……じゃあ伝えたぞ?あとは任せた」
「もう変更ないんだろうな?」
「正直分からん……わからんが、間に合わせるさ」
メンテナンスの時間変更を伝えに来た髭の男『相楽』は、それだけ伝えるとすぐに部屋から出て行った。部屋に残されたのは神崎主任と夜間スタッフ2名。それに業務外で居ついている栗枝だけである。夜間スタッフ2名は早速メンテナンス時間変更の案内を開始している。
「あぁ~相楽PLは、相変わらず忙しそうですね?ハッキリ目に隈が出来てましたし、あれじゃ見た目年齢マシマシですよ。ダンディでかっこよくてどっかの主任とは大違いなのに、とても残念です」
外で買ってきたと思われるおにぎりを咥えながら、栗枝がのほほんとした様子で呟く。
「ちゃんとバグがある前提でスケジュール組まねえからこういうことになるんだ。間違っても開発部屋に近づくなよ?栗枝。そんな様子で行ったら全力で反感食らうだけだぞ?」
「主任じゃあるまいし、あんなピリピリしたとこに近づかないですよ~」
栗枝は一口サイズのチョコを頬張りながら、否定した。
「アレ?栗枝。お前さっきおにぎり食べてなかったか?」
「ん?食べてますよ?ほら」
そう言って食べかけのおにぎりも見せる栗枝。
彼女は右手にチョコ、左手におにぎり装備した状態でデスクの上にペットボトルのお茶が置き、万全の状態であることをアピールしてくる。
「お前アホか?おにぎり食いながらチョコ同時に食うヤツがどこにいるんだよ。混ざったら美味しくねえだろうに」
「ここにいま~す!美味しいで~す!今はプライベートなのでほっといてくださ~い」
主任に反論を続ける栗枝。今度はプリンのようなものに手をつけはじめた。その様子をみて更に深いため息をつく神崎主任さま。
「はぁ……全く、どいつもこいつも。もういいや、俺はもう帰るからな?メンテ開始の15時までには戻る」
「「「おつかれさまでした~!」」」
栗枝と夜間スタッフの声に見送られながら、神崎主任は帰宅の途についた。
さらっと第三章に入ってしまいました。が、ちょっと問題を抱えています。
というのも、実は当初記載したプロットよりも大きくお話が膨らんでおり、当初の想定のお話に行く前の話が大きく膨らんで、展開が続いている状態だったりしてます。
とはいえ、書かないと話が流れない状態ですので『書こう!』と決めて丁寧に描写していく予定ですが、問題は中間プロセスのプロットがとっても曖昧な状態(ほとんど書けずにその場執筆)になってしまってるということです。
おかげで一話書くのも随分時間が掛かってしまったりしているので、どこかでプロット調整の期間を入れる予定です。
※多分年末年始?か、そのちょっと前になると思います。
その際にはこの『後書き』の欄でその旨記載しますので、よろしくお願いします。




