第8話 固有スキル
『じゃあ、スキルについて説明するよっ!』
クリエラは、相変わらずの笑顔で授与したばかりの固有スキルについて説明を始めた。
要するに固有スキルとは、その職業でありさえすれば基本的には何か特別なことをしなくても使用出来る技術のようだ。
『まずは、一番大事な《調合》についてだよっ!これを使うにはレシピを覚えている必要があるんだ。練習用としてこれをあげるよっ』
そう言ってクリエラは金属のようにも見える細長い板をオレに差し出してくる。これがレシピ?
「特に何も書いてないのだが?」
『それでいいのよっ!レシピは、覚えた人以外に何が書かれているかわからないようになってるんだっ!』
なるほど……とオレは納得する。
これなら仮に冒険中にレアレシピが出たとしても、仲間内でモメる可能性を減らすことが出来るというわけだ。覚えられる人以外に価値を見いだせない状態であるのなら、例えば『調合士』のレアレシピをドロップしたとして、他職キャラが高額で『調合士』に売りつける……なんてことがやりにくくなるからだ。価値が分からないものに付与する価格など知れている。
『しかもっ!今渡したレシピだけは内容固定のものだけど、普通は覚える瞬間のランダムだからねっ!!運の良さがレアレシピを手に入れられるかの鍵よっ』
「そういうことか」
改めて自分のステータスを確認する……『運:1』……オーケー。レアレシピ引きの才能は無いようだ。こればかりは嘆いても仕方ない。
『あははっ!大丈夫だよっ。『調合士』はレベルによる運の値上昇が結構いいから、結果的にはちゃんとバランス良くレシピが手に入れられるようになってるから』
オレの心配を見抜いたクリエラがそう補足した。ギルドマスターが言うのだから本当なんだろう。
とはいえ楽観視は出来ない。ファクトのステータス上はともかく、自分のリアルラックの低さにはこれまでもずっと悩まされてきたからだ。
「ところで、このレシピはどうやったら習得できるんだ?」
『《ウィンドウ》で表示されるステータス窓に重ねるんだよっ』
クリエラの言う通りに表示させたステータスに受け取ったばかりのレシピ板を重ねると、レシピ板がヒュッと手元から消えてなくなった。そして、ステータス欄にレシピという項目が新たに現れ『回復薬小』という文字が表示されている。
『大丈夫そうだねっ!ちなみに調合したいアイテムを触ると、必要な材料が表示されるよっ』
オレがステータスの『回復薬小』を指でクリックすると別のサブウィンドウが表示された。そこにはアロエ×2とある。
「……アロエかよ」
そこはそれこそゲーム内なんだから『薬草』とかでいいのではないかと思ってしまう。まぁ、製作者がそう名付けたんだから仕方ない。
『ここにっ!なんとアロエがありまぁす!』
オレが材料を確認したのを見計らって、クリエラがトゲトゲした見覚えのある緑のアレを出してきた。ビジュアルからしてアロエだ。予想と違ったことがあるとすれば、現実のものと違って束になっていないことくらいか。アロエの葉1本を1つとカウントするようだ。
テーブルの上、オレの目の前に2本のアロエが無造作に置かれる。つまり今ここで、調合してみよう!ということらしい。
「《調合》」
『まず材料として使う素材を認識内に……あっ!』
2本のアロエが小さく発光してその場から消えさり、代わりに薄青の透き通った液体の入った瓶が現れた。《調合》スキルの使い方としては、どうやらこれで正解のようだ。が、説明をしようとしていたクリエラは、少し不満そうである。
『もぅ!ボクがまだ説明しているのに!』
「あぁ、すまん。すぐに試してみたくてな。……今みたいに使いたいスキルを《ウィンドウ》や《マップ》のように何をするかイメージしながら唱えればいいのか?」
『うんうん、使ってみたくなる気持ちはわかるよっ!《調合》は楽しいからねっ!……あ、えっと声に出してもいいけど、ジェスチャー登録をしておけば出さなくても大丈夫だよ』
なるほど……うん?ジェスチャー登録?
『ジャスチャー登録ってのはねっ……』
「あ、いやいい。だいたい分かった」
『むぅ……ファクトは察しが良すぎるよっ!ボクにも活躍の場をくれなくちゃ!』
これは『何のスキルを使っているか』を隠蔽するための手段なのか?
なぜなら自分専用の仕草を登録することで、人前であっても真に使っているスキルを偽ることが出来る。……が、そんなシーンがあるというのか?運営側はどうしても『対盗賊』を意識させたくて仕方ないということか?
考えすぎなのかもしれない。
ゲーム……しかもクローズドβなのだから、とにかく楽しめばいいだけの筈だが……どうも悪い方へ悪い方へ勘ぐってしまう。良くない傾向だ。
『で、ファクトは登録するっ?ジェスチャー登録はギルドでしか出来ないよっ』
クリエラがものすごく登録したそうな表情で迫ってくる。こうあからさまに来られるとちょっと意地悪したくなる。
「あとでな。全部説明聞いてからな」
『オッケー!あとでねっ』
一瞬残念そうな素振りを見せたクリエラだったが、登録しないと言ってるわけではないことに満足したようだ。
『よっし!次は《アイテム鑑定》だねっ!このスキルは、調合士だけじゃなくって商人と鍛冶、それから探索者が使えるよっ!でも、職業によって鑑定できる物と鑑定内容に差があるから、全く同じスキルってわけでもないんだっ!』
「なるほど、だから《アイテム鑑定:調合士》となってるわけだな」
『そそっ!でね、調合士は何が鑑定できるかっていうと……じゃじゃーん!アイテムの全てが鑑定対象だよっ!』
どや顔でサムズアップのクリエラ。
全て……という言い方をしているということは、職によって限定されるものもあるらしい。……あれ。装備品はどうなんだろう?
「クリエラ、つまり装備品は鑑定出来ないってことか?」
『うっ……ソウデス』
ちょっと小さくなるクリエラ。こうしているとちょっと可愛く見える。
『でもねっ!でもねっ!探索者なんか消費アイテムの効果しか分からないし、商人なんて基本効果と価格しか分からないんだよっ!調合士は素晴らしいのっ!!』
おっ……と、オレは思った。
多分これはクリエラの失策だ。他職の鑑定範囲なんて言ってしまったらダメに違いない。クリエラの『調合士愛』は有意義に使いたいところだ。恐らく口に出さなかった鍛冶は、調合士の逆で装備品の全てが鑑定範囲なのだろう。この情報はなんとなく記憶に留めておくことにする。
「あぁ、クリエラの言う通り調合士は素晴らしい。どんな情報が鑑定で得ることができるのか教えてくれ」
『いいよっ!まず範囲はさっき言ったとおり。それから、NPCのお店から買うときの価格とアイテム価値……レアランクねっ!そしてアイテムの効果詳細っ。あとは……覚えているレシピに限るけど、調合材料として使えるかどうかがわかるよっ。実際に使ってみたらいいよ』
クリエラは、先ほどオレが調合したばかりの回復薬小を指差した。たしかに……言葉以上の理解をするためには使って見た方がいいだろう。
「《アイテム鑑定》」
オレは回復薬小に向かって鑑定を使ってみる。
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名称 :回復薬小
ランク:E
価格 :50G
効能 :体力を1/4程度回復する。
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情報はこれだけのようだ。オレのもっているレシピは回復薬小を調合するものだけなので、合成材料として使えないということである。
「クリエラ、アロエも鑑定させてくれないか?」
『はいっ!どうぞ~』
どこから取り出したのかわからないが、クリエラによってテーブルの上にポンと置かれたアロエ。オレはそのアロエに対して鑑定を行ってみる。
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名称 :アロエ
ランク:F
価格 :-
効能 :なし
レシピ:回復薬小
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なるほど。必要な数までは明記されないらしい。それは自分で回復薬小のレシピを見て確認せよってことのようだ。
今はレシピが一つしかないので、情報として寂しい気もするが、覚えているレシピが多くなって沢山のアイテムの調合材料になっていたとしたら、このくらいの情報量で充分なのかもしれない。
「ありがとう。よく分かったよ」
『どういたしましてっ!じゃあ、次は秘匿スキルの説明をするねっ』
秘匿スキル……だと?オレの目が真剣になる。空気の変わったオレを見てクリエラが若干慌てた。
『いやいや、そんなヤバいもんじゃないってっ!これまで説明した固有スキルに性能としてついてるんだけど、いわゆる『スキル』として表示されないものがあるんだっ!これからそれを説明するんだよっ』
そう言ってクリエラはいつもの笑顔を見せた。