第76話 穴蔵の店
るージュによる鞭の一閃であっという間に勝負がついたイベント戦闘。戦いが終わるとNPCオッサンことゴズが起き上がり、ゆっくりとこちらに近づいてきた。流石にもう凄む様子もなく、ただの柔和なオッサンに戻っている。
『いやぁ、すみません。参りました。お強いですね、こちらを差し上げますので勘弁してください』
「えぇ!そんなことより濡れ衣の……むぐむぐ」
るー坊。いい加減イベントAIキャラに絡むのはやめれ。……と、口で言っても無駄そうだったので、オレは強制的にるー坊の口を押さえ、ゴズの差しだしたカードを見た。
「これは、『穴蔵利用許可証』?」
『へい。『穴蔵』ってのは私の経営する店で、よそと比べて上等な品物を扱ってる会員制の店でして。このカードを持ってますと、自動で転送される仕組みになっていましてですね……』
なるほど。そういった仕組みかと納得する。
このカードを持っている冒険者は、店に入った時点で真の店舗に転移するし、持ってない冒険者はクエスト対象者かもしくは無関係者ということである。適当なことを言って追い返しているのに違いない。
「じゃあ、今度こそ取り扱い商品のラインナップを見せてもらえるんだろうな?」
『へぇ!こちらでございます!』
求めに応じてゴズが商品一覧を見せて寄越した。
もともと狙っていた蘇生液の名称もそこにちゃんと記載されていた。価格は1,000G……決して安くはない。素材集めこそ熱心にやっていたが、クエストでお金に換えることをサボっていたせいで、オレの手持ち金で買えるアイテムはそこには一品も無かった。
特に目を引いたのは完全回復薬と完全異常回復薬である。どちらも価格は50,000Gだ。序盤の今、これを求める冒険者なんていないだろう。買える資金があったとしても装備に費用を回すはずだ。
「高いな……」
『えぇ。そう簡単に買われては困りますので……』
ゴズはそう言ってニヤっとする。
いろいろ含みのありそうな物言いだが、ゴズの言葉にはオレも同意だ。
初心冒険者の時点でこんな便利なアイテムをいくつも持たれたら、それこそゲームバランスが崩壊するだろう。それはそれで面白くない。そう言う意味では蘇生液の1,000Gがこの店の代名詞になってもおかしくないのは理解出来る。瀕死状態だろうとなんだろうと、その場で蘇生できる強みは大きい。
『何かご入り用で?』
覗き込むように様子を伺ってくるゴズ。
オレとしては蘇生液が欲しいが、ちょっと資金が少なすぎた。今は買えるもので他に欲しいものはない。オレが調号士でなかったなら興味引かれるだろうアイテムが結構揃っている。ちなみに肝心の素材はどれも1つ以上もっているものであったため、オレがどうしても欲しいものは今はない。
「ねぇ!あたしはアンタ達に勝ったんだよ?もっとマケてくれていいんじゃないの?」
オレの隣では駄々をこねるルージュがいる。ゴズがオレの相手をしている今、るージュが迫っているのは子分店員のうちの一人である。これから上位職を狙おうって冒険者とは思えない食い下がりようだ。まあギャアスカといくら文句を言おうが交渉を持ち掛けようが、ここはAIショップ。値引きなんてないだろうに。
そんなことを考えながら出直しを考えていた矢先、しゅんという小さな効果音と共に誰かが転移して現れた気配がした。
「あ!ファクトだ!」
「おぉ!エルナか。もうクリアしてたんだな」
現れたのはエルナであった。
「そうそう、ファクト!鬼霊の討伐報酬はお金だったよ!スキルが何かもらえるかな?って期待してたんだけど、残念。でもお金も重要だからね!」
「いくらもらえたんだ?」
結構大金を貰ってそうなエルナの反応に、オレは金額を聞いてみた。まぁオレだってギルドで報告すればわかるんだけどな。
「5万よ!5万!完全回復薬が買えるよ!」
ビッ!といつものサムズアップをしてみせるエルナ。
「いやいや、エルナ。わざわざ報酬まるごと使って完全回復薬なんて買わなくていいぞ?もったいない」
「えぇ?折角ウチから持ってきたのに……」
ちょっとしょんぼりするエルナ。
中央広場でオレと分かれたあと、ギルドで報酬としてお金を受け取ったエルナはそれを自宅に預けてウロウロしていたようだ。
話を聞いたところ『穴蔵』のクエストについても、特に自覚無く始まってあっという間に終わったとのこと。まぁそうだろう。エルナだったら《旋風刃》の一撃で恐らく終了である。
で、店の売り物と価格を見てお金を取って戻ってきたらしい。
ただし、完全回復薬が今のオレ達に必要か?と言われるとちょっと疑問だ。
確かにアイテムとしては優れているし、オレの作る回復薬小などと比べたらとてもランクの高いアイテムである。回復薬小が心許なくなってきていることを鬼霊戦で痛感したとはいえ、オレ達に必要なのは回復薬中……があるかどうかは知らんが、その程度のアイテムが数必要なのであって、欲しいのは一つの完全回復薬ではない。
それに実際のところ5万も出して完全回復薬なんて買ったところで、こういう高い消耗品はもったいなくていつまでも使えずに結局最後まで残るパターンになりそうである。そういうアイテムはいずれオレが作れるようになればいいのだ。そうすればポンポン使っても大丈夫に……いつのことになるか分からないが、そう調号士たるものそうありたいと思う。まあそれはしばらく先の話としてだ。
「その資金で……そうだな。どうせ買うなら、いくつか蘇生液を買っておいて欲しい。エルナに蘇生手段があるというのはきっと大きいだろ?」
「分かった!じゃあそれ買う!このお金でありったけ……」
「待て待て!それは買いすぎだろ!」
エルナ……何個買うつもりだ。極端だ。単純計算で50個は買えてしまうぞ。
さすがの蘇生液でも、そんなにはいらんだろう。てかそんなに死んでたまるか……とも思う。
「う~ん?じゃあどうしようか?何個あればいいかな?」
「オレもあとで買うつもりだし、普段2、3個持っておいて足りなくなったら買えばいいんじゃないか?」
「そっか。じゃあ3個ください!」
『あいよっ!』
エルナはゴズに3,000Gを支払い、蘇生液を3個受け取った。オレも報酬貰って買っておかないとな……。
「二人そろった?!じゃあいよいよあたしの手伝いだね!早速出発しよう!」
「ちょっと待て、るー坊。オレ達はまだフルメンバーじゃないぞ。盾役のガドルが寝るためにさっき落ちたばっかだし」
「えぇ?そんなこと聞いてないよっ!行くって言ってたじゃない!」
急に不満そうな表情になるるージュ。
「ちゃんと『手伝ってやる』とは言っただろ?だが、準備も出来てないのに行けるかって話だ。それに……」
「それに?何よ」
ぷぅっとるージュが膨れる。
中身が男……でなければ、もしかしたら可愛いと思えるかもしれない……が、分かってしまってるオレには無理だ。
「クエストに必要な条件……たしかボスクラスと思える魔物、名前は確か《キラサカスコ》だっけか?どんな魔物なのか名前からじゃよくわからないが、そんな魔物を相手にするには、回復のスペシャリストが必要だろ?残念ながらオレ達には回復役がいない。要するに人手不足でもあるんだ。行く前に仲間を集めて……だな。勝てなきゃクリア出来ないんだろ?るー坊のクエは」
「そ……そんな……」
完全にアテが外れたといった様子でガックリと膝から崩れ落ちたるージュ。
いや、クロスボウにしか目が行ってないとか、普通に考慮不足過ぎるだろ。とオレは思ったが、それ以上は言葉は続かなかった。
いやはや困ったね……。
オレがエルナの方を見ると、エルナはにっこりと笑顔で返してくれた。




