第62話 戦いの行方
「くそ……『してやった』って顔しやがって」
オレは鬼霊を睨みつけつつ、なんとなく痺れる感じのする身体を起こして立ち上がる。
ステータス異常は特になさそうなので、衝撃による余波が感じられているのかもしれない。つくづく良く出来た世界だ……って感心してる場合じゃないな。
すぐにエルナと猫もオレの周りに集まってきた。
「び、びっくりしただ。死んだかと思っただよ」
「ほんと。何とか大丈夫だったけど、連続でやられたら厳しいよねっ?!」
二人ともオレと同じようにヤツの技を脅威と感じたようだ。問題は、ヤツが、技を連発出来るか否か……と、あとはどう回避するかだ。回避出来るのかどうかは、まだよく分からんのだけど。
「あぁ、今の必殺技……かどうかはわからんが、時間チャージの必要な技だと思いたいな。これで連発出来る技だったら、もうオレ達に勝ち目は薄いだろ。オレなんて一発食らっただけで瀕死だぞ」
「……今のところ、連発する様子はなさそうだども?」
猫は会話しながらも、鬼霊から視線を切らしていないようだ。注意深く敵を観察する様子は盾役として非常に頼もしい限りである。
するとオレ達に余裕がなくなったと判断したか、鬼霊は悠然とオレ達に向かって歩き始めた。その動きにはかなり余裕が見て取れる。
「むむ……!よっし!わかんないけどわかったっ!連発出来ないことに決めた!そしたら、こうしてアイツを待ってる時間がヤバいよねっ?!わざわざチャージ時間をプレゼントしちゃってるんだよねっ?」
エルナは刀を握り直して構える。刀以外にも既にドーピングを使う用意も出来ているようだ。
『連発出来ないこと』をエルナが決めちゃだめだろう……と思いつつも、彼女の発言は核心を突いている。問題はまさにそこだ。
もし『連発出来る技』であったとしたら技の特性理解も含めて慎重にコトを運びたいところだが、エルナの仮定が正解だとしたらこの慎重作戦は悪手でしかない。一番いいのはヤツのリチャージが終わる前に、倒しきることだろう。出来るかどうかはわからんが。
だが他に選択肢も無さそうだ。
幸いこちらの攻撃は通っているのだ。もしかしたらの可能性もある。
「よし、やるか。エルナ任せた!ガドル、エルナの防御面をサポートしてくれ。エルナ、ヤバいときはガドルを盾に後ろへ逃げるんだ。オレはいつも通り支援と状況分析を担当する」
「いくよっ!!」
「わかっただ!」
即座に『ブーストLV2』を使ったエルナは、鬼霊目掛けて猛然と走り出した。続いて猫もドーピングして後を追いかける。
あっという間に猫を置き去りにし、鬼霊の元にたどり着いたエルナは既に刀は大上段に振りかぶっている。一方で、急なエルナの接近を許した鬼霊は慌てているようにも見えた。
「やあぁぁ!」
『グガァァァァ!!』
エルナの急襲に鬼霊の金棍棒による防御は間に合わず、無防備の鬼霊にエルナの袈裟斬りが炸裂した。
やはり鬼霊の身体を完全に切り裂くには至らないが、その斬撃は肉を深くえぐり取り、深い斬撃痕が鬼霊の身体に刻み込まれている。傷口からものすごい勢いで青色の液体が吹き出だした。
思わぬ大ダメージによろける鬼霊。しかしその手にはしっかりと金棍棒が握られている。鬼霊の目も活きたままだ。
返す刀でエルナは水平方向に薙いだ……が、これは鬼霊の金棍棒によって防がれる。ダメージを受けたといってもまだエルナの攻撃を捌ける程度には鬼霊には余力があるようだ。
だが、エルナは一切怯まない。
弾かれた反動を活かして身体を左向きに一回転ひねったエルナは、左薙ぎに刀を繰り出した。そしてこれが鬼霊の金棍棒の逆を突いた形となり、鬼霊の脇腹を深く抉った。
ここでオレの貫通弾矢が鬼霊の首筋を貫いた。鬼霊の動きが一瞬止まる。やはりこっちの弾矢は効いている!
「てあっ!」
「いやまてっ!くるぞっ!」
鬼霊の金棍棒がスッと上がる瞬間を見てオレはエルナに警告を出した。
エルナはすぐに攻撃をやめて距離を取り、追いついたばかりの猫の背後に身を隠すようにしてかがみ込んだ。
その間に鬼霊は金棍棒を大きく振りかぶっている。
「これは違うだっ!」
エルナと入れ替わるように飛び出した猫。
取り出した大盾で鬼霊の一撃を真正面から受け止めてみせる。
ちょっとした鬼霊の癖を見抜いたか?猫は、次に繰り出される攻撃が衝撃波ではないと確信していたようだ。凄いな。
オレが感心している間に、エルナはすぐさま猫の陰から飛び出して鬼霊の背後に回り込むと強烈な斬撃を放った。
『グガァァ!ガガッ!』
苦痛に歪む鬼霊の表情。これも効いてるぞ!!
《パワースラッシュ》等のスキルに頼らずとも、ドーピング状態のエルナの攻撃力は充分に鬼霊を圧倒しているようだ。
そんなエルナと鬼霊の攻防を視界にいれたまま、オレは再び貫通弾矢を装填した。狙いは鬼霊の頭部だ。行動の目的はもちろん敵の気を引くことで隙を作り、エルナの攻撃の支援をするためである。多少のダメージソースになる期待値もあることはあるが……。
鬼霊は、背後に回ったエルナに攻撃するために後ろを向いた。そのタイミングでオレの放った貫通弾矢は鬼霊の後頭部に着弾し、貫いていく。
『ギョフェァ?!』
言葉にならないうめき声を放って停止する鬼霊。やはり頭部が急所のようだ。
「エルナ!頭を狙えっ!」
思わずそう叫ぶオレ。でもよく考えたら……鬼霊デカいよな。あの位置、オレ以外に狙えんのか?
「そんな高いところっ!届かない……わ……よっ!!!」
エルナは動きの止まった鬼霊の脚を再び狙って斬り付ける。
強烈な一撃に、思わずバランスを崩した鬼霊は再び膝をついた。そして低くなった鬼霊の頭部目掛けてエルナの斬撃が強襲した。
『グガァォポェィァ?!』
よく分からない声を発した鬼霊の頭部が、エルナによってついに刎ねられた。鬼霊の頭部は激しい損傷を受けて既に原形を保っていない。
頭部を失った鬼霊の身体がプルプルと震えている。
「やったぁ!」
ピョンと跳びはねるエルナ。
その様子を見てホッとするオレ。
終わったと思ったこの瞬間、オレとエルナは明らかに油断していた。
だが、頭部を失って倒した筈の鬼霊の身体。その手にまだ握られたままの金棍棒。ヤツの行動はまだ停止していなかったのだ。
「ダメだどっ!」
唯一、鬼霊の動きを注意深く観察していた猫だけが異常に気づいた。
そして盾を捨てて多少のAGLを得た猫は、エルナと鬼霊の間に割って入る。その直後、首なし鬼霊の放った力強い一撃が、エルナを庇った猫に直撃した。
「ぐぶっ!」
「ガドルッ!」
木の葉のように一瞬宙に舞う猫。完全なるクリーンヒット……クリティカル級の一撃だ。
この油断は完全にオレの失態だ。
突き動かされるようにオレは前線に走る……間に合うかっ?!
しかし、そんなオレ達をあざ笑うかのように頭部を失っているはずの鬼霊は、痛恨の直撃を受けて大地に倒れ伏した猫の方を向いた。まるでオレ達の場所が見えているかのようである。そして大地に伏したままの猫目掛けて金棍棒が振り下ろされる。
「冗談じゃないわっよっ!」
間に合わないっ!そう思った瞬間、全力で振るったエルナの刀が首なし鬼霊の金棍棒を弾く。
ナイスだエルナッ!お陰で間に合った!
エルナのお陰で出来た一瞬の時間で猫の身体を抱きかかえると、そのまま前方へと自分の身体ごと投げ出した。次の瞬間、さっきまで猫が倒れていたその場所に、首なし鬼霊の金棍棒が着弾する。
(まさか……?!)
金棍棒と大地が接触するという景色が、嫌な予感をオレの脳裏に走らせた。
だが、今更どうしようもない。
そして金棍棒が着弾したその地点を中心に、あの衝撃波が周囲にいるオレ達を巻き込んで吹き飛ばしたのだった。




