第6話 調合士
『戦士ギルド』を出て中央通りを抜けると、今度は『白魔法使いギルド』が見えてくる。
違和感があるほど大きかった『戦士ギルド』と比べると、こちらは周囲に溶け込んだ普通サイズの建物だ。『戦士ギルド』の時のように喧嘩や大声が聞こえてくることもない。これなら一斉に注目を浴びることもないだろう。
オレは入り口の観音開きのドアを静かに開ける。予想通りおもだった反応はない。
というよりも、そこにプレイヤーの姿はなかった。
それでもなんとなく近くに何名かのプレイヤーがいる気配がある。耳を澄ますと小さな声で何か話しているのがわかるから間違いない。恐らくは職業を白魔法使いとしたプレイヤーが職業専用のスペースにいるのだろう。何を話しているかまでは聞こえない。
そして、アリスの説明を聞く限り白魔法使いでないオレは、このギルドの職業専用スペースには入れないはずである。
それ以外には、一般窓口にNPCの男性キャラが一人立っていて、とても暇そうにしている。
扉から入ってきたオレに興味を示す素振りもないことから、NPCは、見ただけで何の職業であるのかわかるのかもしれない。そうとしか考えられないほど薄い反応である。もちろんこちらから能動的に話し掛ければ……それなりに反応はあるのだろうが、今敢えてそれをする必要性も感じなかった。
することがないオレは入ってきた扉から再び外に出た。
今度こそ目的地である『調合士ギルド』へ向かうことにする。オレは改めてマップを確認する……うん、道は間違っていない。
この道をさらに奥に進めばあるはずだ。
だがここでオレは少しこの街……モルトの地図に違和感を覚える。
よく確認すると、ある職業のギルドだけ表示されていないのだ。その職業とは……『盗賊』
プレイヤーの中には間違いなく『盗賊』がいるはずなので『盗賊ギルド』がないわけはないのだが、地図では見当たらない。
(秘匿されている……ってことか。これじゃNPCの盗賊のガキを待ち伏せることも難しいか。いやむしろ、プレイヤーの盗賊をどう警戒するかの方が問題か?)
悩ましい問題だ。様々な想定が脳裏をよぎるが、なにしろ情報がなさ過ぎる。
いずれ攻略サイトに情報が載る可能性が高いとはいえ、クローズドβテストに攻略情報網もクソもない。まぁそういった情報開拓そのものが、新規ゲームの楽しみとも言えるわけだけど。
そのうえ『盗賊』は、このイルグラードにおいて唯一PKによる争いが許される職業である。下手をすれば『一般職』v.s.『盗賊』で抗争が起きる可能性すらある。最初から運営側がある程度にらんでいるとしたら……得難い秘匿情報はまだまだありそうだ。
(となると……攻略サイトが出来たところで、情報は秘匿されるかもしれないか)
とりあえず、今考えても結論が出る話じゃないことは分かった。それでも一定の警戒はしておくべき案件だとオレは心に留めることにする。
気を取り直してオレは先ほど確認した『調合士ギルド』へと向かう。他プレイヤーの気配は……予想通りに全く感じられない。それは想定内だし。かえって静かでいい。
オレは静かに『調合士ギルド』の扉を開けた。
『いらっしゃぁぁぁぁぁい!!!』
突然の陽気な出迎えの声に、オレはビクッと身体を震わせる。
『どうしたどうした?元気がないぞ!おめでとうっ!君は栄えあるお客さま一号だ!』
目の前には、多分窓口NPCと思われるリクルートスーツ姿の女性がカウンターから乗り出し……いや乗り出すどころかこちら側に完全に両足を向け、カウンターに両手を広げて座っていた。その表情は全力の笑顔だ。オレにはまぶしすぎて直視出来ないほどの……である。大歓迎!ということなのだろう。
「いや……あの」
『うんうん。わかるぞ!君は『調合士』の可能性と魅力に気づいたレアなプレイヤーだね!さぁ、ボクと一緒に天下をとろうっ!』
女性は握りしめた拳を掲げ、力こぶでも作るかのようにガッツポーズを決める。
ダメだこいつ。空気なんでまるで読んでいない……それどころかオレの話を聞こうともしていない。それにボクっ娘だと?服装から背格好まで大人っぽいスーツ姿だというのに、残念ながらその言動からはまるで大人の魅力を感じない。『いろんなキャラAIを用意している』という開発側の努力は感じられるが……
そして予想はしていたが、一つわかったことがある。
やはり窓口のNPCは見ただけでプレイヤーの職業が分かっていそうだということだ。
「えっと……オレはまだ始めたばかりでいまいちシステムもわかってないのでな。まずはギルドの仕組みやらいろいろ教えて欲しいのだが」
『おぅけい!そういうことなら任せてよっ!それなら誰よりもボクが適任だよ!』
相変わらずのテンションと派手なアクションで、窓口NPCの女性がピョンとカウンターを飛び降りる。いいんだろうか?そんなに自由で。
ちなみにこのNPCの頭の上には『クリエラ』とあった。
『まずは自己紹介からだねっ!ボクは『クリエラ』さっ。君はファクト君だね!!よしっ!自己紹介終わりっ!』
「いやいや、オレはまだ何もしてないだろう。名前だけなら見りゃわかるし」
オレの抗議の声に、初めて脳天気な笑顔以外の表情を浮かべるクリエラ。
『なんだぁ、君は結構細かいこと気にするタチなんだねっ?わかった!バッチリ覚えておくよ!』
流石AIだ。こうしたプレイヤー特性も学習していくらしい……じゃなくって。
「待て待て、わかった。わかった……オレの負けだ。クリエラのテンションはもう痛いほど分かったから、質問してもいいか?」
オレは完全にお手上げだ。
でもだからといって、このままクリエラのテンションに流されるわけにはいかない。知りたいことを知って、今やれることを今やらなければ、間違いなくあとで後悔する未来が待っているに違いない。
『いいよっ!何でも聞いて!ボクに『調合士』のことで答えられないことはないからねっ!』
クリエラは腕組みをして満面の笑みだ。掛かってこいとでも言わんばかりである。
「じゃあ、そもそもお前は誰だ?」
『そっからかいっ!』
ややガクッときた様子のクリエラ。よし……勢いで押し通されそうになった分については、しっかりとお返しが出来た気がする。
『じゃあ!しょうがないから一回だけ説明するよっ!よく聞いといてねっ……知ってると思うけどボクはクリエラ。ここは『調合士ギルド』だよっ!ボクはこの『調合士』ギルドの窓口スタッフ兼ギルドマスター兼案内係で……』
まくし立てるようにクリエラの説明が始まった。
全くといってまとまりのない彼女の説明を要約すると……
要するに『調合士』ギルドにいるスタッフはクリエラ一人のみ。そしてゲーム開始から現在に至るまで、この地を訪れたゲームプレイヤーはオレ一人。
『調合士』は、この世界の装備品以外のアイテムを素材から合成して使ったり売ったり出来る職業。戦闘は……戦士に任せときゃいいらしい。
この世界では職業差による装備品制限は特に無いが、その性能を引き出して発揮できるかどうかが変化するそうだ。
……例えば片手剣などでは『戦士』が扱うことでその性能の100%を発揮出来るが、『調合士』が扱うと10%程度しか発揮出来ない……といった具合だ。
ちなみに『調合士』が、100%効果を発揮出来る装備品はないらしい。戦闘職というわけではないのでこれは仕方ない。比較的性能ダウンのない装備品として、効果を出しやすいのは弓や銃などの遠隔攻撃用武器と魔法効果のない一般服……だそうだ。そして最も相性が悪いのは剣や斧などの重量のある近接攻撃武器だとのこと。
『でもね、ボク的には銃がオススメだよっ!反動に耐えられないから若干連射性能が落ちるけど、攻撃の威力は落ちないからねっ!調合士の銃捌きは探索者が使う時とほとんど性能差がないよ!』
クリエラがどや顔だ。
銃……か。いい選択肢だと思う。でも、この初期街にそんなしゃれた装備が存在しているか?それがまず疑問だ。
「銃なんてそんな簡単に手に入るのか?」
『さぁ?あるんじゃない?レンジャーとか普通に使うだろうし』
ん?今なんて言った?オレはクリエラの説明に登場する単語に食いついた。
「ちょっとまて。レンジャーなんて職業あったか?」
そう。たしか最初に選択できる職業にそんなものは無かった。上位職か?
最初のイズダテの説明をはじめ、わりとざっくり説明を聞き飛ばしてしまっているオレだが、ゲームの仕様に関わる内容についてはそれなりにキッチリ聞いて把握しているつもりだ。
『あるよ?でもどうせ最初は選べないし、探索者の上位職だからファクトには直接関係な……いたた。なにすんのさ~』
「関係あるんだよ」
オレはクリエラの頭を掴んでこめかみをぐりぐりする。どうやらこれはNPCにも効果あるようだ。MMORPGでは、情報はプレイヤーにとって何よりの武器になる。知っていると知らないとでは大違いだ。
「とにかくだ。今、話せる情報は全て教えてくれ。話せない……ゲーム仕様上開示出来ない情報までくれとは言わないから」
『わかった!わかったってば。お願いだからぐりぐりやめてぇ~』
オレが両手を拳に変えてぐりぐりのジェスチャーをすると、クリエラは目の色を変えて懇願した。




