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イルグラード(VR)  作者: だる8
第一章 物語の始まり
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第4話 チュートリアル

 目を覚ましたオレの視界に飛び込んできたのは質素な天井。それが天井であると気づくのに数秒かかる。どうやらオレはベッドのようなところに横たわっているらしい。が、違和感に気づいて身体を起こした。

 感覚として感じられる自分の身体が、いつものそれと比べて明らかにデカい。


(お!……おぉぉぉぉ!これがもしや)


 オレは先ほどキャラメイクで作成したばかりのアバターの姿を思い出して、両手両腕を見る。間違いない……オレは自分の姿を認識した。言いようのない高揚感を感じる。

 そう、ドワーフの調合士『ファクト』になっていたのだ。


(これ……めっちゃすごくないか?)


 早速全身を確認してみたくなったオレは辺りを見回して鏡になるものを捜す……が、残念ながら代わりになるようなものはとりあえず見当たらない。

 そのとき自分の手がベッドの表面……視覚上はベッドの上に布団とシーツが敷かれているようにみえる箇所に触れた。ちゃんとそこにモノ(・・)があることはわかる。布団らしき若干の弾力も感じられる。が、もともと意識が記憶しているような布の手触り、質感、布団の感触のようなものは感じられなかった。


 気になったオレは、周りのテーブルや家具、床なども触れてみる。

 床だけコツコツと堅く他とは異なった質感が感じられた以外は、どれもベッドの上で感じた質感と何も変わらない。物の存在を認識することに不都合はないため、ゲームをする(・・・・・・)という目的上から考えると特に問題はないのだろう。ただ、細やかな質感が感じられないのが残念なだけだ。


(なるほど。さすがに触覚を全部再現するのは難しいか……まあすぐに慣れるさ)


 ベッドから下りたオレは両の足でゆっくりと立ち上がる。キャラメイクの時には分からなかったが、このガチムチドワーフは普段のオレの身長よりやや高いようだ。こうして立ち上がると視点が高く感じられることからも実感出来る。


(身長が低め設定の筈のドワーフより、オレは普段小さいのか……)


 ちょっとショックを受けつつもリアルのことは考えないようにする。折角ゲーム世界の住人になっているのだ。なりきった方が楽しめるに違いない。

 実はガチムチ感を出すべくバランス調整をしていた結果、ドワーフが設定できる最大身長になっていたことも要因だが、そんなことにオレは全く気づかない。


 気持ちを切り替え、外に出るべくオレ……『ファクト』は、部屋に一つしか無い扉に手を掛けてゆっくりと開ける。

 扉の先には小さな部屋があり、メイド服姿の一人の女性が立っていた。キャラメイクの時にいたAI女神とは違うキャラである。恐らくNPC(ノンプレイヤーキャラ)の一人だろう。


『ファクト様。ようこそイルグラードに!わたくしがファクト様のプレイチュートリアルおよびゲーム進行支援をさせて頂きます。宜しければファクト様にお名前をつけて頂きたいのですが、わたくしはなんと言う名でご支援したら宜しいでしょうか』


 メイドの少女は丁寧にお辞儀をする。

 このメイド少女もAIなのだろう。造形がオレの好みなのは……偶然なのだろうか?だが、どんなに可愛くても相手がAIなら多分大丈夫だ。オレの対人恐怖症は発症しない。


「逆に聞きたいんだけど、オレが名前をつけないと君の名前はどうなるんだい?」


 部屋に野太い声が響いた。そうか、コレがファクトの声か。実際の自分の声と比較するとかなり低いバリトンボイスである。残念なことにオレのしゃべり方と声から受ける印象がマッチしていない。声に合うしゃべり方……キャラ作りをした方が良さそうだと思った。


『いえ、ファクト様がおつけにならない場合はランダムで名前が設定されます。ただ……仮にお気に召さないお名前がついても、申し訳ありませんがあとから変更出来ません』

「では……少し考える時間をくれないか?」

『承知致しました』


 早速、ファクトの低い声を活かした話し方を実践してみる。実に渋い。これでいこう……余裕が無い時に素になってしまうことだけ気をつけないと。


(あとは、メイドさんの名前か……)


 オレは腕組みして考える。

 特にこだわりはないので基本的にはランダム設定でも構わないが、女性キャラに男性名がついてしまったりとか、某ゲームの魔物名で有名な『ゲ○ゲ○』などの名前になってしまっては、あまりにこのメイドさんが可愛そうである。


 オレは決めた。

 オレの乏しい想像力と知識からでは、メイド服から連想できた名前は『アリス』一択のみだ。世界に名だたる名作に感謝したい。


「名前を決めた。君は今後『アリス』と名乗ってくれ」

『素敵なお名前をありがとうございます。ファクト様のご支援はこの『アリス』にお任せください』


 すると、メイド少女の頭上に『アリス』という白の文字が浮かんだ。名前が頭の上に表示されるらしい。


『それでは早速チュートリアルを始めます。いまファクト様にお名前をつけて頂いたことで、わたくしの上に名前が表示されました。プレイヤーキャラ、およびNPC(ノンプレイヤーキャラ)に関してはこれで名前を判別することが出来ます。私の名前は白ですが、正常状態の一般プレイヤーの場合は青字で表示されます。文字色には体力表示の意味も兼ねておりますので、おいおい分かってくると思います。なお、表示設定で普段消しておくことも可能ですので、お好みに合わせて設定下さい』

「なるほど。……その表示設定とやらは、オレからの見え方が変わるだけで他のプレイヤーがどう表示させているかは分からないんだな?」

『はい。その通りです。名前が常に表示されていることで世界観を感じにくいなどの時にご利用下さい』


 なるほどわかりやすい。

 これなら初めて会うプレイヤーキャラであっても呼び方に困ることはないだろう。名前表示が要らない時は消せばいいだけだ。


『では次に、ここイルグラードで生活をするために必要で大事なことをいくつかお話します』


 そう言ってアリスが手を差し出す。


『このように手のひらを上に向けて《ウィンドウ》と詠唱して下さい』

「《ウィンドウ》」


 オレは言われた通りにファクトの身体で手のひらを上にむけ、言われた通りに詠唱する。すると、かざした手のひらの上に、どこかで見たようなマルチウィンドウが現れた。そのウィンドウにはファクトというキャラ名のほか、身体能力値や装備品について表示されている。


『こうすることで現在のステータス値を閲覧することができますし、職業なども確認できます。このように表示させることでステータス値を他プレイヤーに見せることが出来るのですが、他プレイヤーのステータスを確認する事は出来ません。相手にこのように見せてもらうことは可能です』

「なるほど……」


 どうやら他者鑑定のようなシステムは備わっていないようだ。相手の能力を確認するためには信頼関係が必要だということである。信頼関係構築なんぞオレの最も苦手な分野の努力なので、とりあえず『見られない』と考えることにした。


『次に、パーティ編成と職業ギルドについてお話ししますね』


 アリスが手のひらの向きを変えるとステータス表示が消える。ファクトも倣って上に向けた手の形を崩すとそこに見えていたマルチウィンドウが音もなく消える。


『各職業ギルドには一般窓口とメンバー専用の入り口が設けられており、基本的に所属するギルド以外に関しては一般窓口以外を利用することが出来ません。一般窓口で出来ることはパーティ募集をしているメンバーの登録リストを確認することと、そのメンバーへの勧誘を行うことです。勧誘が受理されたらパーティメンバーとして共に活動する事が出来ます』

「え……では、調合士のオレは調合士のギルドクエストしか受けられないということか?」

『他のギルドに所属するパーティメンバーが居れば、一緒に受けたことになります』


 オレは少し考える。


 不人気……まではいかないだろうが、プレイ人口の少なそうなレア職業の方が面白そうだと軽く思っていたが、パーティ編成のことまで考えていなかった浅はかさを実感する。もしかすると、やってしまったのではないか……と。

 とはいえ、実際のところ調合士のニーズがどれほどか分からない。少なくとも情報があまりない序盤では、冒険~戦闘に必須となる戦士や魔法職にパーティの勧誘が殺到するのは間違いないだろう。受理する側であっても明らかな戦闘パーティからの誘いと、調合士の誘いとがあったらわかりやすい戦闘系パーティ勧誘についていくのは当然だ。

 『冒険者ギルド』のように一斉に集まる場所があれば、多少なり人となりも分かるからまだマシだが、アリスの話を聞く限りではそういったシステムではなさそうだ。

 完全にリストだけでどんな相手かも分からないのに誰が誘うだろうか?


 ふぅとため息をつくオレ。もともとボッチなのだから、今更パーティを組みにくいことに対してのさみしさは特にない。でも……まあ少なくとも最初はガチ勢にはあっという間に置いていかれることだろう。そいつらには後から追いつけばいい。

 まずは遊び心全開で『シナリオ攻略に直接関わらなくても、この世界観を楽しもうぜ!』というパーティに拾われることを願うことにした。


「とりあえずわかった。あとは何があるんだ?」

『プレイしていくうちにシステム上不明なことが出てきましたら、その都度お問い合わせ下さい。最後に地図(マップ)について説明します。ウインドウの時のように手をかざして《マップ》と詠唱して下さい』

「……《マップ》」


 アリスに言われるがまま、マップを詠唱すると先ほどステータスが現れた時のように手のひらの上に地図が表示された。多分ピコピコ光が点滅しているのが自分だ。光の箇所には地図上で『居住区』と表示されている。


『デフォルトで今いるフィールドの地図と自分の位置情報が表示されます。今表示されているのが、始まりの街『モルト』です』


 ファクトに表示させた地図をオレは覗き込む。地図からは街の広さがイメージしにくいが、それなりの大きさはありそうだ。


「始まりの街……ということは、プレイヤーはみんなこの街からスタートするってことだな」

『いいえ違います』


 肯定が返ってくると思い込んでいたが、アリスから否定が返ってきてビックリする。


『詳しくはお話できませんが、始まりの街自体はいくつかありまして、アクセスポッドのシリアルによって始まる街が異なります。とだけお伝えできます。それ以上の情報公開は規制されていて回答出来ません』


 オレは再び考え込む。

 要するに、オレがゲームに入ったあのマンションに設置されたゲーム機で開始する以上、スタートはモルトの街であったということだ。どのくらいのテストプレイヤーをクローズドβで用意しているのかは分からないが、他の街の情報を隠していないということはモルト以外からのプレイヤーも今回のクローズドβにいるということだろう。


 まあ大した情報ではないようだ。どの街から始まったか?などゲームの世界を堪能する意味では行ってみたいとは思うが、それ以上の興味はない。


『では、ファクト様。そろそろ外出されますか?』

「あぁそうだな。そろそろ外に出てみたい」


 いろいろまだ知らなくてはならないことはありそうだが、なによりまずはイルグラードという世界を感じてみたい。

 その一心でオレはファクトとしての一歩を踏み出したのだった。


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