第37話 クリエラ?
結局、妥協案の提案まではしたが、最終決定は本人たちに任せた。
『ファクトさんがこう言ったからこの条件で手を打ったんだ』的なとばっちりを後から受けたくないからな。だからと言ってギルド前でいつまでも揉めつづけてもらってもウザくて困る。
ちなみにオレが提案した案としては、フィーロに向けて「実売価格が暴利過ぎるから価格調整をすべきだ」ということ。それからダヤンに対しては「流通の面で便宜をはかってもらう代わりに、格安で品物を卸した上で売り上げのいくらかを還元する」などを提案した。
別に特別感のある話じゃない。みんな普段よくやってることだろ?現実で。
あとは本人たち次第だ。
オレは二人をその場において、ギルドメンバー専用スペースに入る。
が、オレを迎えたのは聞き覚えのあるハイテンションであった。
『いらっしゃーい!!おかえりぃっ!?とにかくいらっしゃーい!』
この声とテンションはまさか……
オレは本当にアカシアに来ているんだろうか?と疑いたくなるレベルの既視感である。
果たして、ギルド奥のフロアにはいつものようにカウンターに腰を掛けたままの、ひっじょうに見覚えのあるギルドマスターがそこにいた。
「おいおい。ちょっと待てクリエラ、お前はモルト担当じゃなかったんか?」
『ふっふふふ。ファクトの現れるとこにはどこだってボクがいるってことなのだよっ!』
ああ、この意味不明などや顔も懐かしい。……ん?懐かしいなんて感じるほど時間は経っちゃいないか。
『それにファクトは勘違いをしているぞ。ボクはクリエラじゃなくてクリエタさっ!』
そう言ってクリエラ……いや、クリエタはカウンターから降りることなくサムズアップしてくる。
うん。名前の誤差はともかく中身はクリエラそのままだろ。
『そうそう!安心していいよっ!なんとモルトの街のクリエラも、このボク……つまりクリエタも基本的に一緒だから、モルトで話したこととかをもう一回説明しなきゃ!なんてことにはならないよっ!』
はい。クリエタは自供しました。中身は同一AIだということを。
それならそれで、ちょっとだけ名前が違うとか非常に面倒くさいんだが。
「オレ的にはクリエラでいいか?呼び分けとか面倒くさすぎる」
『はぅっ……相変わらずのファクトクオリティ!マスターに向かって面倒くさいと言い切るその性格っ!嫌いじゃないよっ!』
うむ。クリエラはクリエラでブレないな。……あぁ今はクリエタか。
「新しい街に来たから、ギルドマスターに挨拶と思ってきたが、中身同じなら特に用はない。じゃあな」
『ちょっとまったっ!』
くるりと踵を返して部屋を出ていこうとしたオレに対して、往年の『ね〇とん』ばりに手を挙げてカウンターから飛び出してきた。
ん?なんでオレが知ってるかって?ファンだからDVDを持ってるのさ。それはそれとして、オレの帰り道に立ちはだかるクリエタ。『おおっと!ファクトさんの前だ!』などというナレーションが聞こえてきそうだ。
『なんですぐに行っちゃうのさっ!ボクから話すことだってちゃんとあるんだよっ?』
「そうなのか?」
『そうだよ、もう~相変わらずなんだから』
相変わらずなのはお互い様だと思うが、ここはクリエタの話を聞いてみることにする。
「で、話って?」
『で?じゃないよ。……まあ、とりあえずっ!LV5以上になったんだね!おめでとうっ!アイテムランク制限のあるレシピ板だけどっ、ギルドで購入権利が解放されるよっ!』
「?!」
どういうことだ。レシピ板が購入できる??そんな話は聞いてないぞ?
「クリエラ~、そんなこと聞いてないけど?」
『クーリーエータ!だって言ってないもんっ!』
地味にラがタであることを主張されたが、言ってないことも確認が取れた。
確かに購入で手に入れられるかどうかについては、オレからも聞いてない。クエストや報酬で手に入れたものしか持ってなかったため、そうやって手に入れるものだとばかり思いこんでいた。
『購入できるのは、アイテムランクの低い調合レシピしか得られない限定付きのものだけだからねっ!』
「具体的には?どのランクまで調合できるとか否とか」
『アイテムランクはDまでだよ。ランクC以上の調合レシピは、一般のレシピ板によるランダムゲットだけだからねっ!』
最初に知っておきたかった情報だとオレは思う。
だが、LV5に到達したから~とクリエ……タが言ってるのを素直に聞くなら、最初には聞けずに解放のタイミングで教えられるのだろうから、ゲーム的には最初のタイミングで知り得なかったのは、まあシステム上は仕方ない。
改めてオレの調合レシピを見る。
調合できるアイテムの中でランクがわかるのは……
回復薬小 ……ランクE
ブーストLV2……ランクB
てとこか。
そう考えるとやはり『ブーストLV2』は当たりだったのだろう。
ちなみにボルトの2つは《調合》はできても種別上は武器扱いであるため、ランクが分からない。が、使い捨てでガンガンぶっ放すものなのだから、C以上であるなんてことはないだろう。
さっきここの調合士フィーロがぼったくっていたバフアイテムも確かランクDだったので、あのレシピに関してはギルド購入でゲット出来る可能性もありそうだ。
「じゃあクリエ……タ。そのギルドで購入出来る限定レシピ板ってのは1枚いくらなんだ?」
『よくぞ聞いてくれましたっ!なんと定価一万Gのところ、ギルドメンバー特別価格で半額っ!さらにさらにクローズドβ特別価格として、なんとっ!アカシアギルド特価1,000Gでお譲りしちゃいますっ!』
……ったく、どこのテレビショッピングだ。
こんなん定価一万Gが大嘘で、最初から1,000Gだったんじゃないかと疑うレベルの売り込みだ。……ただ、いずれにしても。
「金がない。またな」
『ええぇぇっ!ここまでやらせといてっ?!』
いや、やったのは自主的だろうに。いやまあ冗談はさておき、今のオレには本当に金もアイテムもない。現在の所持金は500Gにも満たないのだから。クリエタは、クリエラと同様いつものように満面の笑みを維持し続けている。が、それでも今のやり取りが不満だっただろうことは表情の若干の陰りからオレにも分かる。
「そう不満そうな顔するな。本当に金がないんだ。ちょっとクエストでもやって稼いでくるからちょっと待っ……」
「ファクトさん!まだいらっしゃいますかっ??」
そのとき、背後の扉が開いてフィーロが入ってきた。
ダヤンとの交渉が一段落ついたのだろうか。
『あ。そうそう、彼は私の担当する二人目の調合士で、フィーロ君って言うんだよ』
「知ってる。さっき会った」
『……』
ああ、そうだ。オレは思い出した。
例え知ってることでも、気持ちよくクリエラが話しているときに水を差すと、彼女の不機嫌さがピークになることを。
「……いや、そのなんだ。知ってるのは名前だけだから、ちゃんと紹介してくれ。クリエタ」
『むむっ!なんか釈然としないけど……まぁいいかっ!でねっ?彼はDランクレシピを連続で引き当てた有望株だよ?性格も素直だし、ファクトとは正反対かなっ!』
「あ、どうも。改めまして調合士のフィーロです。……で、その、先ほどは大変お世話になりました。で、ダヤンさんからファクトさんへ預かり物をしていて……」
フィーロに差し出された封書を受け取ったオレは、すぐに中身がGであることに気づいた。
「おい?これって」
「はい。なんでもダヤンさんから迷惑料兼今後のお付き合いのためだと言って強引に渡されました。お願いですから受け取って下さい」
「わかった」
金が欲しくて仲裁したわけじゃない。と、ごねたところでここにダヤンがいるわけでもない。フィーロが困るだけだろう。
受け取った封書から金を取り出すと、中身は3,000Gだった。
「クリエラ!レシピ版3枚だ!」
『クリエタ!』
ダヤンからの礼金?は即座にレシピ板3枚に早変わりしたのだった。




