第36話 アカシアの調合士
街へ出たオレは、外に出る前に寄ろうと思っていたところがある。
そう、この街の調合士ギルドだ。
しばらくここを拠点にするつもりなので、どうせお世話になることになるなら挨拶は早い方がいい。それにモルトの街ではオレしか調合士がいなかったが、アカシアにはいるかもしれない。……期待しすぎはいけないのだろうが。
アカシアの調合士ギルドはすぐに見つかった。
モルトの街のように街の奥まったところにあったりするわけではなく、大通り沿いに鍛冶ギルドと並んで軒を並べている。随分扱いが違うが、プレイヤーがいなければどこにあろうと同じなのだが……。
そんなことを考えながらオレはギルドの扉を開けた。
……人の気配がある。その時点でモルトのギルドとは大きく違う。人通りのある立地ということが大きいのだろうか?一人二人いるといった様子ではないが。
「はい、いらっしゃ~い!ご入り用はなんですか?」
元気の良いかけ声がかかる。ギルマス以外にスタッフがいるのもモルトとは大違いだ。
オレは周囲を見回す。ギルドの建物自体の造りがモルトと同じなら、入ってすぐのここは一般スペースである。数名のプレイヤーがカウンターに向かって列を作って並んでいる。つまり、ギルド販売しているアイテムの購入列ってことか。
店に用はないので、その列の脇を抜けて奥の部屋を目指す。
「あ!お客さんっ!ダメですよ、ちゃんと列で順番に並んでくれないと売れませんよ?!」
「……オレは客じゃねぇ」
うん。オレはどうやら客に間違われたらしい。モルトではあり得ない出来事だ。だがそんなに人気のアイテムなんて売ってるのだろうか?
「客じゃねぇヤツのことはどうでもいいから早く売ってくれ!俺は朝から待ってんだよ!」
「はいはいっ!怒らないでくださいねっ!順番にご用意してますので」
列から苛立ちの声が聞こえる。知らないプレイヤーなので、始めたばかりかもしくはアカシアでしか活動していないプレイヤーか。ま、始めたばかりってことはないか。アイテムをギルドで購入出来ることを知るのは少しプレイしてからだ。
と、同時に販売品に興味が湧いた。
先ほど怒っていたのは恐らく戦士だ。その他にはオレが見る限りでは探索者、黒だろうと思われる魔法使い。
そして最も異質だったのは、明らかに盗賊だと思われるプレイヤーが普通に列に並んでいることだった。モルトのように盗賊が暗躍しているということはないのだろうか。まぁ盗賊を選んだからといって、PKしてこないのなら害はない。一般プレイヤーの一人として扱えばいいだけだ。
オレは横からカウンターをのぞき見る。するとそこには赤と紫の液体が入った小さなポーションが所狭しと並べられていた。
するとオレの《アイテム鑑定:調合士》がその正体を教えてくれる。
―――――――――――――――――――――
名称 :攻撃UP小
ランク:D
価格 :200G
効能 :30秒間 腕力を10P強化する。
―――――――――――――――――――――
名称 :魔力UP小
ランク:D
価格 :200G
効能 :30秒間 魔力を10P強化する。
―――――――――――――――――――――
ほぅ……なかなか良さげなアイテムだ。戦士や黒魔法使いが飛びつく理由がよく分かる。ということは……。
オレはスタッフだと思っていた店員をよく見る。……店員は、AIなどではなくれっきとしたプレイヤーだった。名前はフィーロ。要するに調合士のお仲間だ。
ということは恐らくこの目の前の男の調合士は、レシピ板の祝福でこの2種類のアイテム調合レシピをゲットし、当初オレがやろうとしていた『プレイヤーに売りつけてがっぽりかせごうぜ財産形成計画』を地で行っているというわけだ。
オレは改めてアイテムをよく見る。
赤い方の液体が攻撃力UP、紫の方が魔力UP、そしていずれもアイテムランクがDだ。価格が表示されているということは、どこかの街……恐らくは王都あたりまで行けば買えるのだろう。
効果も限定的だし、オレの『ブーストLV2』の劣化アイテムであることは間違いないのだが、モルトやアカシアのようなはじまりの街で商売するには良さそうなアイテムだ。オレはちょっとそいつが羨ましく思えた。
要するに『ブーストLV2』がアイテムとして強力すぎるのだ。
売って廉価化するのももったいないというエルナの気持ちが凄くよく分かる。いや、オレだってそう思う。むしろ、こうした効果限定版のアイテムがあることが周知されているなら、なおさらオレの『ブーストLV2』は希少価値が高い。
「そのレシピ欲しいなぁ……」
「えっ?!」
「あっ」
しまった。思わず言葉に出てしまった。調合士であろうフィーロにオレの呟きが聞かれてしまったようだ。
「なるほど!そうでしたか、お仲間だったんですね!そりゃこの列に並ぶわけないですよね……はいっ!お待たせしました!アイテムの用意が完了しましたのでこれからバフアイテムの特別販売を行います!数に限りがありますので、お一人様1アイテムに付き2つまでとさせて頂きますのでご了承下さいっ!価格はどちらも1本1,000Gになりますっ!」
おぉ……ふっかけてるな。それがオレの素直な感想だ。
《アイテム鑑定:調合士》を持っているオレには店での販売価格である200Gが見えている。……が、もちろん何も言わない。人の商売に口を出すような野暮ではない。
「腕力、魔力両方2つずつくれっ!」
「はい!4,000Gになります!」
先頭で並んでいた粗野な戦士風の男は、一人で買える最大数を買っていった。魔力も使う……というより、そっちは仲間用だろう。
次のプレイヤーも次のプレイヤーも全員4,000Gを出して最大数の薬を購入していく。10名以上並んでいた列はあっという間にアイテムを購入して消えていった。それだけで売り上げは4万G以上だ。ウハウハだろう。
だが、列の最後に並んでいたプレイヤーだけ様子が違った。戦士や魔法使い……盗賊といった風でもない。
「にいちゃん。荒稼ぎしてんな。ええか?あっしには分かるぜ?そいつには実売価格200Gの価値しかあらへん。だがあっしも鬼やない。どや?残りの在庫の全てを1つ300Gで買い上げたろ。どうや?」
そのプレイヤーはわざわざ列の最後列に並び、客がいなくなったところで交渉に出ているようだ。
「あいにくですが、もう在庫は売り切れでして……」
「にいちゃん。アンタ調合士だろう?あっしら商人とはちがう。売り切れなんて早々あらしまへん。そうですな……攻撃UPを10本、魔力UPを10本。1本あたりの単価は350Gにしてやるから、あっしに売りなさいな?ええ取引やろ?これならお互い損しまへん」
並んでいたプレイヤーはどうやら商人職だったようだ。それなら《アイテム鑑定:商人》で、性能はともかく物の価値が分かるのは当たり前の話である。プレイヤーの名はダヤンというらしい。
「いえ、皆さんに平等に買って頂きたいので、そういったことは……」
「ほぅ?ええのか?にいちゃんがそんな態度やと、さっきの連中にこれ実は200Gやで?って言いふらしてくるけど?今回はともかく次回は商売になりまへんで?どや?ここはあっしに売っときませんか?」
ダヤンはさらに迫ってくる。勢いに押されたかフィーロが黙ってしまう。
まあオレからしたらどっちが勝とうが興味は無い。オレの素直な感想では、明らかな暴利を貪っていたフィーロにも問題がありそうだし、だからといって弱みにつけ込むようなダヤンもいけ好かない。
別にどう転んでもオレには痛くないのだから、少し仲裁でもしてみようか。オレは空気も読まずしゃしゃり出ることにした。
「まぁまぁ、ダヤンさんもフィーロさんも冷静に。まずはフィーロさん。調合士にとってアイテム調合の技は唯一の強みだ。このスキルを前面に勝ち抜いて行きたいという気持ちは分かる。が、ちょっとあの価格設定はないとオレも思う。だが一方でダヤンさんも商人だ。アイテムや装備品の上手い流通を使って勝ち抜いていかなきゃならん。有用な仕入れ先になるかもしれないこの男をあまり追い詰めるのもどうかと思うが……ダヤンさんはいかが?」
オレの発言を完全な味方だと思い込んだのか、しゃべり出した当初期待の眼差しを向けていたフィーロだったが、そうではないことがわかった段階でその瞳には失望感に変わっている。一方でダヤンの興味は完全にオレに移ってしまったようだ。これはやや失敗だ。オレにそんなつもりはない。
「ほぅ。ドワーフのあんさん。話がわかるみてぇやな?あんさんも調合士かい?」
「ま、いちおうな。こんな上等なアイテムは《調合》出来ないけどな」
オレはここでフィーロを持ち上げとく。
興味はあくまでオレではなくフィーロに向けておいてもらいたい。
「本当かい?まあいい。あんさん……いや有名人のファクトさんの顔を立てて、ここはファクトさんの仲裁にあっしは乗っかりますぜ。いくらで手を打ちましょうか?あんさんの提案にあっしは乗るぜ?」
「ファクト……さん?ファクト様だって?!あの有名な!」
いや、おい待て。
どんな噂だよそれ。いつ有名に?……ってもしかしてアレか。《あやかしの森》の踏破プレイヤーっていう。
実に面倒くさいことになった。
悪い印象でないのはありがたいが、有名になりたいわけではない。自由なプレイが出来なくなるだけだ。
オレは頭を抱えながら、心の中でため息をつくのだった。




