第31話 疑念
エルナの後についてアカシアの街に入ったオレは、その広さに驚いた。モルトの街とは比べものにならないほど、道も面積もひとまわり以上大きいのだ。
いや、モルトの街もけして狭いわけではない。
始まりの街としては一通りの機能を有しているし、特に問題があるわけではない。……のだが、二つの街を比べてしまうと明らかにモルトの街が見劣りする。
ここアカシアからスタートして、モルトの街を訪れたプレイヤーがいたとしたら「田舎に来たんだな……」と最初に感じるだろう。といえばその差が通じるだろうか。
だからと言ってアカシアの街も決して都会仕様の街並みデザインではない。風光明媚な湖畔の観光都市といったところだ。結局のところモルトより景色が圧倒的に奇麗なので、大きなアドバンテージを感じてしまう。総じてアカシアの街がいい。というわけだ。
明らかにモルトより後に開発した街だと分かる。これがオレの偽らざる第一印象だ。
街の中に足を踏み入れてしばらくすると、プレイヤーたちによるパーティ募集の声が飛び交っているのが聞こえてきた。エルナの表情が心なしか明るくなる。
「ほら、あそこがパーティ募集してるとこだよ!いろんな募集があるから聞いてるだけで飽きないんだ」
そう言ってエルナが指し示したのは道の先に見える中央広場のようなスペースだ。
どうやらアカシアの街ではモルトのように戦士ギルドのスペースを使っているのではなく、中央広場で呼びかけをしているようである。まあどちらかといえばこちらの方が自然だ。モルトが異常とまでは言わないが……。
エルナとオレが中央広場に近づくにつれてプレイヤー達の声が大きくなっていく。
レベル上げパーティの募集など、どこかでよく聞く内容もある。
「お!エルナじゃないか!ちゃんと帰ってこられたんか!」
中央広場に着いたオレ達を見て、最初に声を掛けてきたのは犬?の獣人と思われる戦士だ。何故戦士と分かったかって?武骨な鎧で身を固めていたら他にないだろう。軽装備でわりと攻撃特化型のエルナとはタイプが違って見える。
「あぁ!ミゲルさん!こんにちは~……こんばんは?」
エルナが変な挨拶をしていると、あっという間に周囲はその場にいたプレイヤー達で覆い尽くされた。
オレ?
誰も顔見知りプレイヤーがいないし知られてもいないからだろう、エルナの取り巻きに押しのけられて蚊帳の外だ。完全に空気と化している。
「通知みたぞ!あやかしの森を二人でクリアしたってな?やるじゃねぇか。もう一人はどいつだ?」
「ちゃんと生きてたんだね?ひとりでいなくなったからどこ行ったかと……でもエルナはいつものことね」
「てか、あの森二人でよくクリアできたな?あの数の蜂をどうやって処理した?ちょっと教えてくれよ?」
「えへへ!それは企業秘密ってことで!」
「んなこと隠さずに吐けよ!エルナ」
周囲を取り囲んだプレイヤー達から怒濤のように声が掛かる。
あぁぁ……大変だろうに。とオレが思うのをよそに、プレイヤーたちはエルナから見ても皆知った仲であるようで、実に楽しそうに……にこやかに対応している。
そんな様子を少し離れたところからオレは眺める。大丈夫そうなのでしばらくほうっておけばいいだろう。こうなると集団から弾き出されて良かったと心底思う。
いきなりあの群衆の中でまともに会話できるほど、オレのコミュ力は高くない。
それにしてもやはりというか、予想通りというか……エルナはアカシアの街でよく知られた人気者のようだ。しかもかけられる言葉の内容を聞いている限りでは『方向音痴』も周知の事実らしい。愛されキャラというやつだ。オレ個人の感情としては羨ましい限りである。
だが、オレはちがうところに引っ掛かった。ここにいるプレイヤーたちは、オレとエルナが二人で《あやかしの森》をクリアしたことを不思議に思っていない。
いや、この言い方では語弊がある。
もちろん難易度的な視点ではなく、オレが引っ掛かったのはクリア条件についてだ。
そう、ここまで『クリアした』という事実だけに目を向けて、忘れようとしていた違和感。……それが明確な疑問としてオレの脳裏から離れようとしない。
鬼人は言っていた。『重複しない四種類以上の職業で構成されたパーティ』がクリア条件だと。オレの記憶に間違いがないのなら、その条件が満たせなくなったから、困った末にオレを誘った。のではなかっただろうか?
この時点で感じる違和感は半端ではない。実に気持ち悪い。
一応、理由を考えてみる。
鬼人がオレを誘うにあたって提示した条件。それはモルトでは冷遇されていた生産職にとって、思った以上に都合の良い条件ではなかったか?
もちろん、直前にるージュというエルフの探索者が、鬼人のパーティを離脱したことは事実だし、オレもその現場に居合わせている。だからと言って上手く乗せられそうになっていやしなかったか?
悩めば悩むほど『怪しい』ことは分かっても動機がよく分からない。
鬼人は盗賊なのだろうか?仮にそうだとしたら、一応動機らしきものは考えられる。オレは盗賊の仲間である盗賊を死亡退場させた上に装備を奪っている。それをオレから「取り返してやろう」という仲間意識か、もしくは奪って自分の物にしようとするか……だ。
しかしそれはそれでおかしな点がある。
本気でそう考えてパーティに誘っているのならオレの《虫の知らせ》が鳴るはずだ。蜂戦を経て、このスキルの優秀さと正確さはハッキリ確認できている。
考えれば考えると泥沼に嵌まりそうな思考迷路だ。
ただ事実だけに目を向ければ、実際にオレとエルナの二人でクリアできているわけで、グレンの言う条件は満たしていない。この時点で鬼人の情報が誤りであることは確定している。それだけは間違いない。
仮に鬼人に害意がないのだとしたら、ちゃんとわかっていないクリア条件を勝手に想像して解釈していた?いや、それにしてはいやに具体的な条件提示ではなかっただろうか。『適当なこと言いやがって……』と笑い話で済ませられる話かどうかは大きい。
そんなことを考えながらため息を一つついたとき、いつの間にが周りが静かになっていることに気づく。
あれ?と思って顔を上げると……エルナを取り巻いていたプレイヤー達が全員オレの方を見ていたのだ。
「それでね?彼がわたしのパートナーだよ!」
「「「あんだってぇ!!」」」
ちょまて、エルナ。
その言い方は誤解を招くんじゃないだろうか?オレとエルナはパーティを組んで《あやかしの森》をクリアした仲間ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない。
一斉にプレイヤー達から上がった声が、怒声に聞こえてくる。取り巻き達が一様に男性キャラなのがあからさまに怖い。「自分たちのアイドルを掻っ攫っていった憎き男」のような見られ方をしてないだろうか?
「あ、いや。オレは……その」
ダメだ。全く言葉が続かない。焦りで頭が真っ白になる。
「お前!やるじゃねぇか!」
突然ドンっと背中を叩かれる。
叩いたのは、最初にエルナに声を掛けてきた確か……ミゲルという名の犬の獣人戦士だ。
「え?あ?」
恨み言が来るかと構えていたら予想外の温かい声。
ビックリしてオレはさらに言葉を失う。
「エルナちゃんはいい娘なんだ。だけどな?どのプレイヤーとパーティを組んでも、勝手に迷子になるわ、戦闘では一人で飛び出すは、戦闘連携は上手くいかないわ、迷子になると帰ってこないわでなかなか上手いことパーティ組んでやることが出来なかったんだ。……まあ俺もそのうちの一人だが、それでも上手くエルナちゃんの力を引き出させてやろうとしたんだが……上手くいかなくてよ」
ミゲルの言葉にオレがビックリする。
エルナのやつ、聞いてる限りじゃ方向音痴の暴走プレイヤーじゃないか。
「だがお前さんと組んだ途端、誰もまだ踏破出来てない《あやかしの森》をあっさりクリアしやがった。しかも、クリア通知が運営から発報されてからエルナちゃんが戻ってくるまでの時間が圧倒的に短い。あんまり迷わずに戻ってきたってことだろ?悔しいが、エルナちゃんの良さを引き出せるのは今のところお前しかいなさそうだ」
なんと。まさかの「娘を頼む」的な親心発言。
いやいやエルナだってただのプレイヤーの一人だし、アンタだって親じゃないだろ?大丈夫か、アカシアの街。
景色に見惚れていたが、ちょっとプレイヤー達のマインドが心配になる。
ちょっと怖い流れではあるが、オレはアカシアのプレイヤー達に歓迎されてそうだ。それはそれで良かった。
「あ、あぁ。じゃあ改めて自己紹介を……オレはファクト。調合士だ」
「調合士だってぇ?」
ミゲルの素っ頓狂な声で周りがしばらくザワザワしていたがすぐに止んだ。
「すげえな、お前。良くあの森をクリア出来たな?エルナちゃんの攻撃力があってのことだとしても」
なるほど。ミゲルの目から見ても、エルナの攻撃力は高いか。
そんなことを考えていたら、スキをつかれてミゲルに肩を組まれてしまった。
「なあ?どうやってクリアしたんだ?何か決め手はあっただろう?」
ミゲルがひそひそ声で耳打ちしてきた。オレとエルナがクリアした秘策を聞きたいのだろう。ということは『ブースト』によるドーピングになるのか?答えは。
いや、でもこれ言わないってエルナと約束したよな。
そんなことを考えてどうしようかと思ってキョロキョロすると、笑顔のエルナが人差し指を口元に当てて『しー』のサインをしている。
「あ、あぁ。あることはあるが」
「なんだ?教えてくれ!」
ミゲルがさらに食いついてくる。周りにいた連中も耳をそばだてている。
オレは言ってやった。
「企業秘密なんで」
「だぁぁ!てめえもエルナと同じ回答しやがったか!クソぉ!息ピッタリじゃねぇか」
ミゲルが大声を上げる。すると周囲のザワザワが誰からともなく笑い声に変わっていった。
いい街だ。
オレはアカシアの街がますます好きになった。




