第30話 アカシアの街へ
とりあえず、オレ達が今《あやかしの森》で出来ることはもうないようだ。
フィールドに落ちていた蜂蜜は一通り回収し、クイーンビーに放った『ニードルボルト』も何とか回収する事が出来た。詳しい性能はこんど猫様に見て頂こう。
ちなみにクイーンビー自体も一つアイテムをドロップしていたのでそれも回収した。
アイテム名は『ローヤルゼリー』
とっても健康になれそうなアイテムだが、アイテム自体に何の効果もなくイルグラードでは調合用の素材でしかないようだ。
ダンジョンとしての《あやかしの森》自体も、結果的にオレ達がクリアしてしまったようなのでボスの再POPは鬼人の言うところの一定周期期間が終わるまではないだろう。しばらくは《あやかしの森》は魔物も少ない迷うだけのダンジョンだ。
それって、方向音痴のエルナと蜂蜜を追いかけてきただけのオレに帰る事が出来るんだろうか?とても不安だ。
「大体ここで出来ることは終わったみたいね?んじゃあ、戻ろう!」
エルナがにこにこしているが、大丈夫だろうか。
まあここがダンジョン的には最奥地のはずなので、これ以上深く潜ってしまうことはなさそうだ……と信じたい。
「あぁ、そうだな。ちゃんと戻れるかどうかは不安だが、戻るとするか」
「アカシアの街にっ!」
「モルトの街へ」
「「……えっ?!」」
オレとエルナは戻り先が違った。お互いにそうと今の今まで気づいて無かったのも面白い。
そしてお互いに戻り先の街のことを知らなかった。
ゲーム内に『出身地』の概念があるのかどうか分からないが、オレは『モルトの街出身』でエルナが『アカシアの街出身』ということになる。
「そうなんだ……わたし、アカシアの街以外からスタートした人に初めて会った」
しみじみとエルナがつぶやく。
それを言うならオレもモルトの街出身者以外に会うのは初めてだ。いや、それは正確じゃない。そもそも人とあまり交流していないから、分母となる会った絶対人数はエルナの方が圧倒的に多いだろう。社交的な性格のようだし。
はじまりの街はいくつあるのだろうか。
最初のチュートリアルではアリスから複数あることは聞いていたが、いくつあるかとかどこにあるかとか、街の名前とかは一切教えてくれなかった。
そういった情報を捜すのも楽しみの一つだという配慮だろう。今ならそれがよく分かる。
その証拠に、はじまりの街の一つとは言え『アカシアの街』にものすごく行ってみたいオレがここにいる。
「とりあえずアカシアの街へ行こうか……というより行ってみたい。戻るより冒険だ」
「えーずるい。それ言ったらわたしだってモルトの街に行ってみたいよ?モルトに行こうよ」
オレの希望全力いっぱいの提案にエルナが抵抗する。ここからはアピール合戦だ。
「モルトは草原の中央にある街で、見どころらしい場所は何にも無いぞ?アカシアの街はどうなんだ?どこにあるかも知らないけど」
「アカシアはね、湖のほとりにある綺麗な街だよっ!湖なのに海みたいに水平線が広がって……って、あっ!」
しまったという表情をエルナが浮かべる。
「いやあ、実に行ってみたいね。綺麗で美しい……観光名所のような街じゃない?エルナの話を聞く限り」
「うぅぅ……そうだけど……あ!そうだ。ファクトのパーティメンバーってモルトの人なんでしょ?アカシア来ちゃったら会えなくない?」
「その点は大丈夫だ。そもそもいつログインしてくるか約束するのを忘れたのがいけないんだが、ちゃんとフレンド登録してあるからな。INしていることさえ分かれば会話出来る。ってそうだ。エルナもフレンド登録しておこう。リアル時間と進みがかなり違うから、時間を示し合わせて入っても連絡が取れないと合流が難しそうだ」
「確かにそうね」
オレはエルナとのフレンド登録を無事完了した。やっと二人目だ。オレにしては早いペースなのではないだろうか。
「ちゃんとモルトの街にも連れて行くさ。オレ達はもう仲間だろ?いまこのタイミングの行き先なんて大差ないって」
「う……ん。それもそうね。よく考えたらアカシアの街って湖の畔だけど、《あやかしの森》もすぐ近くなんだ。わたしが森に入ったところへ戻るならアカシアの方が近いかも」
「よし。決まりだ。じゃあまずは無事に《あやかしの森》を抜けることを目標にしようか」
「おーっ!」
意気揚々とアカシアの街に向かって《あやかしの森》脱出作戦は開始した。
……ん。ものすごい迷ったさ。何回キラービーコロニーに戻ってきたことか。
オレはエルナと同行して一つ学習した。
「こっちが正しい気がする!」というエルナの勘は必ずハズレだということだ。
別の言い方をすれば、正しい順路の真逆を常に言うということである。彼女の意見の反対を選択して進んだら、あっという間に《あやかしの森》を抜け出せたのにはビックリした。
ただ、エルナは可愛い頬を膨らませて抗議していたが。
「全然わたしの意見を信じないって酷くない?」
「いや、それは大きな誤解だ。エルナの意見の逆が常に正しいということをオレは信じたから抜け出せたんだ。分かりづらいがちゃんと信頼している」
「……なんか全然嬉しくないんだけど」
エルナは膨れているが、これはもう仕方ない。
《あやかしの森》脱出が最優先事項だ。真正直にエルナの勘の通りに進んでいたら、いつまで経っても街へなんて戻れない。
そして、無事《あやかしの森》を抜けたオレ達の前に広がっていたのは赤く綺麗に染め抜かれた空と、夕焼けの照り返しで輝く湖だった。
「すげえ綺麗な景色だ……」
「でしょお?もぅわたしこの街大好きだよ。この街出身で良かった」
正直、モルトとは扱いが雲泥の差……と思ってしまう。
もちろん街に出てすぐは世界の再現性に感動したが、このアカシアの街の景色を見てしまうとモルトの街は大きく見劣りする。
「こっち来て良かった」
「ねえ、そろそろ街に入ろうよっ?」
立ち止まって景色に魅入っているオレを、前方からエレナが手を振って呼んでいる。
太陽がない世界の筈なのに、夕焼けと夕陽の陰の中で手を振るエルナがとても幻想的に見えた。一枚絵のような景色はなんともノスタルジックな気分だ。
「あぁ、今行くよ」
オレはエルナの待つ絵画のような景色の中へ歩いていく。
……
「主任!凄いですよ!もうダンジョンNo.003をクリアしたパーティがいます。それもたった二人で……ちょっと主任、聞いてますか?」
「知らねぇよ。ちゃんと時間通りに起こしてくれたことはありがたいが、んな大声でいきなり話し掛けられて聞けってのが横暴だ」
主任と呼ばれた男は、ソファの代わりにしていたデスクチェアから身体を起こすとかけていた毛布をぽいっと置き、女性スタッフの画面を覗き込んだ。
「主任、顔が近いです。セクハラですよ」
「うるっせぇな。おめえが話を聞けって言ったんだろうが。ちっとぐらい許容しろ。肩組んだり乳揉んだりしてるわけじゃねぇんだから……ほらちょっとどいてろ」
「そういう発言がそもそもセクハラなんですけどね」
主任は席から女性スタッフを追い出すと、カタカタと端末を操作してレポートを見始める。
「で?おい、栗枝。なんか面白いことが起こってるって?」
「さっき言ったとおりですけど……たった二人のパーティがダンジョンNo.003をクリアしました。想定クリア速度から考えると撃速ですよ」
栗枝と呼ばれた女性スタッフがなぜか嬉しそうに語る。
「なんだ随分嬉しそうだな?難易度調整しないとまずいレベルじゃねぇのか?これ以上の過労働は避けたいんじゃなかったのか?変更自体は楽だが、どのレベルに合わせるのかとか分析稼働がひどいことになるぞ」
「大丈夫ですよ。かなり特殊なケースですし、クリアできたのも偶然っぽいですし、難易度調整は今ところ不要だと思います」
「で、じゃあなんでそんなに喜んでるんだ?」
主任が怪訝そうに栗枝の方を向く。
「決まってるじゃないですか!私の一押し職が活躍してるからですよっ!該当ダンジョンをクリアしたうちの一人が『調合士』だったんで」
「へぇ……それで踏破出来ちまうのか。いや、やっぱり難易度調整いるんじゃねぇのか?」
「大丈夫です。たまたまブーストアイテムを《調合》できるようになったからクリア可能性が高まっただけですから。それでも絶対じゃないですし、普通はLV8~10の最大パーティじゃないと踏破は無理ですよ?そもそもボス戦前の蜂の嵐を乗り切れないですし」
栗枝はどや顔で主任に主張している。
「あぁわかった。これ以上難易度上げると鬼仕様と言われかねないってか。特殊パターンを例にしてたら一般ユーザー向け調整が崩壊する。そういうこったな?」
「当然です!」
「わかったから。栗枝の無い胸をそんなに主張されても全く嬉しくない。しまっとけ」
「主任。またセクハラですか?」
「うざい反応すんなって言ってんだよ。まあいい。……そうだ栗枝。その特殊パーティちゃんと監視しとけよ?あまりにもイレギュラー連発されるんじゃ、どっちにしても調整入れんといけなくなるからな」
主任が立って席を栗枝に譲る。
「大丈夫です!任せて下さい!お気に入りのプレイヤーだから常時監視中です!」
「そうじゃねぇ、仕事としてやれって言ってんだよ。感情とか好みで監視すんな」
「あーい」
主任は、そのまま部屋から出ようとドアの方へ歩いていく。
「主任、どこ行くんですか?」
「ん?あぁ、ちょっと見てくる」
「いってら~」
栗枝のゆるい声に見送られながら、主任は部屋を出て行った。




