第286話 決着
ミゲルは魔槍『炎神』から習った五つの型を頭の中で何度も……何度も反芻する。
壱の型:延刃……要するに炎を纏った刃を伸ばす。
弐の型:放射……火炎放射機のように前方の多数の相手を炎に包む。
参の型:炎陣……自分を中心に周囲の敵を炎で巻き込む。
肆の型:加速……炎の魔力で身体能力を高め、移動速度を強化する。
伍の型:絶炎……高温の青白い炎を刃に纏わせ、絶大な威力の攻撃を繰り出す必殺の一撃。
当面、目の前の敵はウィルフォードただ一人。ここで選択すべき戦略の中から一旦範囲攻撃を外す。状況によっては牽制に使えるかも知れないが……今はいらないとミゲルは即断する。
使うのは壱、肆。そして伍だ。
ミゲルは構えた魔槍『炎神』の穂先をウィルフォードに向け、炎の刃を突き出した。
当然、普通の槍であったなら届かない間合いだが、魔槍『炎神』は違う。だが、ウィルフォードもこれは想定していたようで、刃が届く前に身体をひねる。だがその回避行動によって崩した体勢をミゲルは見逃さない。
魔槍『炎神』で身体能力すると、ミゲルは一気に間合いを詰めて追撃をする。
……
一方のウィルフォード。
「くらうかよっ!」
ウィルフォードは身体が斜めになった状態にもかかわらず、急接近したミゲルを視界に捉えて斬殺の刃を放った。
が、この斬撃はミゲルの持つ『炎神』によって受け止められる。
斬殺の刃というスキルの持つ絶対切断効果だが、不滅の存在である魔槍『炎神』の前では無力だ。スキルが通じないとなると、ウィルフォードとしてはミゲルとの純粋な白兵戦で勝ちきるしかない。
「くそがぁ!」
「ふんっ」
体勢を崩しながらもウィルフォードは再び斬殺の刃を放った。しかしその攻撃は、やはりミゲルの得体の知れない槍によって阻まれてしまう。
予測はしていたものの、その結果にウィルフォードは苦い表情を浮かべる。
あの『|フルキュア』さえなければ……
あの『槍』さえなければ……
そんな思いがウィルフォードの表情を歪ませるのだ。
盗賊の一軍を率いるウィルフォード。
スキルが無かったとしても、その辺の冒険者では全く相手にならないほどの力は当然身につけている。その上で自身の勝利を確定的にする武器……それこそが斬殺の刃だった。
ウィルフォードとしても斬殺の刃は繰り出したからには必勝を約束される……それほどの隠し球である。
だからこそミゲルのように強敵認定した相手以外にいきなり使ったりはしない。必勝スキルの情報を隠蔽する価値はよく知っていたつもりだった。そして、ウィルフォードの初見殺しを使った先制攻撃は成功する。
最初の攻撃は、きっちりミゲルの腕を吹き飛ばすことができたのだ。
だがウィルフォードにとっての最初の想定外がここで起こる。
ミゲルを無力化したと思い、愉悦に浸ったその一瞬のこと。後方から放たれた完全治療がミゲルを回復させてしまったのだ。何故攻撃の手を緩めずに一気に倒してしまわなかったのか。自分の取った行動選択が悔やまれる。それが一つ目の想定外。
もう一つの想定外は斬殺の刃の効果が無効化されるという事実。
こうなってしまうと逆に最初に倒しきってしまえなかったこと……つまり斬殺の刃を見せてしまったことが完全に悪手となってしまった。
ウィルフォードはスキルに頼り切るような一般の冒険者ではないが、斬殺の刃の存在を知り、『炎神』を持つミゲルはウィルフォードにとって相性の悪すぎる相手……斬殺の刃を身につけて以降、最大最強の相手となってしまった。
(どう切り抜ければいい……?)
いくら考えても今のウィルフォードに妙案は全く浮かばなかった。
……
魔槍『炎神』の力は凄い。ミゲルは改めてそう思った。
ミゲルは防御のスペシャリストのつもりだ。
相手の攻撃に合わせて防ぎ、いなし、じっくりと勝機を伺うのはミゲルのもっとも得意とするところである。
盾と槍という扱う武具の違いはあるが、ミゲルは魔槍『炎神』に防御武具としての価値も見い出し始めていた。
王城逃走戦の時に『敵の攻撃を柄で受けるな』と、猫に指摘されたことは記憶に新しいが、その理由は弱い箇所であるから……だった。だが、『炎神』曰く、存在が不滅だと言う……であるなら、話は別だ。
敵の攻撃を魔槍『炎神』のどの部分で受けようと、全く問題ないということになる。
もちろん攻撃性能を期待するなら穂先でしかないのだろうが、こと防御となれば話は別だ。ちゃんと攻撃に合わせられるのであれば、不滅の存在である魔槍『炎神』はミゲルにとっては無敵の防具になり得るということなのだから。
だが、目の前のこの敵、かなりの実力者だ。
今のところ『肆の型:加速』による強化された身体能力で完全に圧倒した攻撃が出来ているにも関わらず、常に攻撃は敵から繰り出されているという事実からも分かる。
少なくとも、ウィルフォードよりも先に攻撃を繰り出して翻弄するために必要な槍の技量が今のミゲルには伴っていない。
『肆の型:加速』によって身体能力はウィルフォードの上を行ける。
ここまで積み上げた防御の技量でウィルフォードの攻撃に対しての対応は容易だ。
魔槍『炎神』の武器特性によって、敵の必殺スキルは通用しない。
そしてミゲルには槍術でウィルフォードを仕留めるだけに技術がない。負けることはなくても勝ちきれない……そんな考えがミゲルの脳裏をよぎる。
どう勝つか?
さすがにこれ以上のアイデアは今の自分からは出てこない。
『伍の型:絶炎』には、恐らくウィルフォードを倒す力があると思うが、先に攻撃を繰り出せる状況を作り出す必要がある。使った後、大量の魔力を持って行かれるためにミゲルとしても無駄打ちは避けたい。
それなら魔槍『炎神』の知恵を借りるか……ミゲルがそう考えたときに戦況が動いた。
突然ウィルフォードが店の出口に向かって走り出したのだ。
(逃げた?)
《主サン。チャンスデス》
予想外の行動にミゲルは一瞬思考停止するが、魔槍『炎神』の声で我に返る。
全力で逃走開始したウィルフォードの逃げ足は速い。
呆けたのは一瞬のことだったが、ウィルフォードはもう酒場の出口から外へ逃れようとしているところだった。だが『肆の型:加速』の全力を使った直線移動は、もっと速かった。
「絶炎っ!」
店を一歩出たその場で追いついたミゲルの繰り出せる最強の攻撃は、逃げを打ったウィルフォードの胸部を背中から一突きにしていた。




