第25話 キラービー
羽音はあっという間に大きくなった。が、そこで蜂の動きが止まる。オレは微動だにせずその場で固まり続けた。ガチで戦って勝てる相手ではない……それはさっきのパーティが証明してくれた。まともに戦って勝てないのなら、このまま動かないでいたままやられても、結果は大差ない。
だが蜂は、オレの頭上で旋回を続けるも襲ってくる様子はない。なぜか《虫の知らせ》アラートも止まっている。
(もしかして、本当に動かない相手を認識できないのだろうか?)
もしそうであるならひとまずラッキーだ。アラートが止まったのも、攻撃意思はあっても今この瞬間にオレをオレと認識できていないからではないだろうか。
恐らく蜂は遠くから動くオレを認識して飛んできた。だが、いざ近づいてみると動きのある相手が見当たらない。といった感じで戸惑っているところだろうか。
それが事実であるなら僥倖である。蜂が去るまでこうしてジッと待てばいいだけだからだ。
目の前で動いていた相手が急に動きを止めたところで攻撃が止まるとも思えないが、遠くで認識した上で飛来した……のが幸いだったのだと思われる。
だが、なかなか蜂はあきらめない。
ずっとこの場にとどまってウロウロし続けている。オレがしびれを切らして動き出すのを待っているのだろうか。
(厄介だな。動けないというのは)
少なくとも今動いたら最後、捕捉されて蜂主導での戦いが開始することだろう。そしてその先に待っているのはほぼ間違いなくオレの死亡退場である。
どうしても戦いを避けられないのであれば、せめて先制の一撃をこちらから食らわせたいところだ。
オレの準備状態を改めて確認する。
クロスボウは既にリロード済。弾も装填済。アイテムボックスからは出してあるが、腰に下げた状態のためにワンアクション必要だ。少なくとも蜂が視線を外すか、見つかったとしてもそれなりに距離が必要だろう。
ねらい打つ場所はどうするか。
できれば最初の一撃で倒しきれないにしても蜂の行動を無力化する場所がいい。
(羽根……もしくは羽根がつながっている胸のあたりだな、狙うとしたら)
オレが狙いを立てた箇所は、すべてオレから不意打ちできる前提だ。
少なくとも正面から向かってくる蜂を相手に狙い打てる場所はほぼないに等しい。試しに真正面から頭部目掛けて射かけたとして、それで蜂が怯むかどうかは微妙なところだ。
(それにしても、しつこいやつだな)
少しずつ捜索範囲を広げているのか、頭上を旋回する円の直径は徐々に大きくなってきてはいる。だが、さっとクロスボウを取り出して構えるほどの時間はまだない。
そんななか、オレは少しずつ行動をおこしていた。
蜂の複眼がとらえきれないレベルでの非常にゆっくりした行動。これこそが今できる最大の行動だ。
動きはスローモーションよりさらに遅い速度。それを維持しつつ、オレはゆっくりと蜂が舞う中空へとクロスボウを向けることに成功した。
(チャンスは一度きり。しかも仲間を呼ばれないよう一撃必殺に近い精度が求められる)
そう。蜂の厄介な習性の一つがそれだ。
もちろんイルグラードの蜂の行動パターンがどうなっているか詳しく知ってるわけではないが、先達の失敗を見る限りどんどん仲間を呼び続けるで間違いない。
そう、野生の……リアルなスズメバチのように、フェロモンで危険信号を出されては困るわけだ。
中途半端ないわゆる『半殺し』状態などには絶対にさせてはならない。倒すときは一撃で倒すかもしくは悪くても瞬殺するかだ。それが出来ないなら蜂の行動を止めたうえでさっさと逃げるべきだろう。
いずれにしてもこれから放つクロスボウの一射が自分の生死を左右する。それだけは間違いない。つまり外せない一撃である。もちろんこのまま蜂が去ってくれるのが一番いいのだが……。それは期待薄なのだから仕方ない。
オレはじっくりチャンスを待つ。
旋回中の蜂が一瞬でもホバリングをするタイミングがあれば……それこそがオレの格好の的である。
だが、なかなか動きは止まらない。蜂は延々と頭上を飛び続けている。だがそれでも根負けしたらこちらの負けが確定してしまうので、辛抱強くオレは待つことしかできない。
そうこうして、どのくらい経っただろうか?
突然蜂の動きに変化が現れた。ビクッと痙攣するように空中で止まると、森の奥と思われる方角を見て止まったのだ。
何が蜂をそうさせたのかは全くわからない。ただ、オレにわかるのはチャンスだということだけだ。
オレはこの機を逃さず、ゆっくり慎重にかつ速やかに狙いを目の前の蜂に照準を定めるとトリガーを引いた。
『ギギィッ!』
風を切る音の後に蜂の小さな悲鳴が聞こえる。命中した!狙い通りだ。
オレのウッドボルトによって羽をもがれた蜂は地面に落ちる。……まだ死んでいない。オレは素早く大地に堕ちた蜂に駆け寄ると、ハンティングダガーを突き立てた。
残念ながら蜂蜜のドロップはなかった。が、オレは蜂を運良く倒すことが出来た。
クロスボウというやや変わった武器のお陰で勝てたといえる。ということはオレはまたクリエラに感謝しなくてはならない。
それにしても……?
オレの頭から一つの疑問点が離れない。
それはクロスボウで射る直前の動きだ。蜂は一体何に気を取られたのだろうか?お陰でオレは勝つことが出来たわけだが、オレは蜂の向いた方角を見てみるが、鬱蒼とした森が広がるばかりで何かが見えるわけでもない。
というより、蜂はどうだかわからないが、野生の蜂であれば遠くの物体をちゃんと確認出来るほど目がいいわけではなく、むしろ悪いほうだ。となれば……この方角に蜂達の警戒ホルモンがまき散らされているということになる。
目的のアイテムも手に入ったし、《調合》も出来た。
となればこの場は大人しく《あやかしの森》を出るのが正解……なはずなのだが、蜂の向いていた方角が気になって仕方がない。
(どうせ……ろくなことじゃないだろうが)
オレには、ムクムクと湧き上がる好奇心から目をそらし、逆らうことは出来なかった。
最大限の警戒を行いつつ、オレは蜂の見ていた方角へと《あやかしの森》の奥へ入っていった。
……
「キリがないわねっ!えいっ!やぁっ!」
《あやかしの森》の奥。……ここは蜂の本拠地。巣というにはあまりにも巨大なコロニーが形成された異様な光景の地。
そこに一人の女戦士が自慢の剣を振るいながら孤軍奮闘していた。
実は、この女戦士は迷子であった。
恐ろしいほど残念な『方向感覚』を持ち、なんとなく立ち寄った《あやかしの森》から外へ出ようと歩いているうちに蜂のコロニーに到達してしまったのだ。
幸いレベルは11に近い10である。周辺の蜂などは苦労することなく攻撃を避け、剣で切り伏せているのだが数が尋常ではない。
ちなみにこうして迷うのは今回に限った話ではない。
各地で一人あさっての方角を歩き回り、要らぬ戦闘を延々と続けた結果、レベルだけがどんどんあがっていったのだ。
また剣を振るって敵を倒す数も尋常ではなく、修練スキルとしての《剣撃》を取得していることも、この蜂無双に一役買っていた。
とはいえ、もう蜂を倒してもレベルが上がる雰囲気はなく、だからと言ってひっきりなしに襲いかかってくる蜂を相手に戦闘を中断することも出来ずに参っていたのだ。
都合の悪いことに蜂の数の力の前に、女戦士の体力値はもう少しで尽きそうになっていた。……本人は全く気づいていなかったのだが、蜂にチクチクと削られ続けた結果である。




