第16話 生産職同盟
「うおぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!」
何だか分からない奇声を上げながら何者かが向かってくる。だが『虫の知らせ』は発動しない。
発動しないのなら敵ではないと考え、オレはゴブリンから一瞬たりとも視線を外さない。だがゴブリンは声の主が気になって後ろを振り向いた!
するとそのタイミングでオレの視界に飛び込んできた一人のプレイヤーが、手にしたハンマーで目の前のゴブリンに襲いかかった。奇声の主はこのプレイヤーのようだ。
しめたっ!
オレはリロード済みのクロスボウにウッドボルトをセットする。何者か知らないが、ゴブリンの注意をそらしてくれたこの時間は最高の贈り物だ。実にありがたい。
ポクッ!
奇声とともにゴブリンに襲いかかったプレイヤーが振り下ろしたハンマーは、なんとも可愛い音を立ててゴブリンの脳天に直撃する……どうやら全く効いていないようだ。当のゴブリンは、今のが何であったのか分からずに首をかしげている。
「あぁぁ!オラの攻撃じゃ足止めにもならないだかっ!あんたっ!今のうちに逃げれっ!」
威勢良く飛び出したわりに、武器のハンマーを取り落とすほど腰の抜けているそのプレイヤーの姿は、獣人の男だ。猫……だろうか。
発言を効く限り、ゴブリンに襲われているオレを助けてくれようとしたらしい。となればセット完了したクロスボウ持ち、ゴブリンを倒せる算段のついたオレが、プレイヤーを見捨てて逃げるわけにはいかない。実力に見合わずオレを助けようと身を挺した……それだけで熱いモノを感じる。
「コラ、クソ小鬼。お前の相手はオレだろう?」
猫の獣人にターゲットを変え、今まさに襲いかかろうとしていたゴブリンをオレは挑発した。構えたクロスボウは、既にゴブリンの頭部にロックオンしている。
オレの声にハッとしたように動きを止めるゴブリン。先ほどまで自分が誰と戦っていたのか、やっと思い出したようだ。そう、目の前で仲間を二匹討ち取ったプレイヤーが相手であったことを。
結果として最初にオレに隙を見せたゴブリンは、本能的に現状の不利を悟ったようだ。そりゃそうだ。オレに充分な準備時間を与えてしまったのだから。警戒していたクロスボウの気配も感じていることだろう。
ゴブリンは、振り向きざまオレ目掛けて飛びかかってきた!……だが、既に勝負あり。
クロスボウから放たれたオレの自家製ウッドボルトはゴブリンの眉間に深々と突き立っていた。
襲いかかったゴブリンの爪はオレに届く事無く空を斬り、そのまま前のめりに大地に突っ伏した。動かなくなったゴブリンは、そのまま消えてなくなった。オレは戦闘に勝ったのだ。
「はっ!助かっただか?」
死亡退場を覚悟して小さく丸くなっていた獣人プレイヤーは、周囲の様子が変わったことに気づいて立ち上がった。
「あぁ、お前のお陰で勝つ算段がついた。ありがとうな」
事実である。
この猫が乱入してこなかったらオレにはクロスボウをセットする時間はなく、結果としてジリ貧に追い込まれていたことだろう。
「いやぁ!助かってよかっただ!……オラはガドル。猫の獣人で鍛冶をしてるだ」
「虎?猫じゃないのか?」
「猫だ!」
強情なヤツだ。
虎の獣人なんていなかったはずだが……。まあそれはどうでもいいか。
「ギルドマスターに『生産職は戦闘は苦手だから戦闘職に助けてもらえ』とか言われてよ?パーティ組もうと思ったら「生産職は役にたたねからパーティさ組めねえ」とか言われ、オラ真っ白になってよ。仕方ねく一人で戦ってみたら本当に勝てねくてよ、もうダメかと思ったらアンタがゴブリンさ襲われてるのが見えて……アンタ、戦闘職じゃねぇだろ?もうそっからは勝手に身体が動いてただ」
訛りががキツくて聞きづらいが、要するに生産職差別を受けてパーティが組めなかったようだ。
自分と同じように動きの鈍いオレが、ゴブリンと真っ正面で対峙をしているのを見て、反射的に助けようと乱入したようだ。なかなかイイ猫だ。
「本当に助かったよ。お前の言う通りオレは生産職……『調合士』だ。あのまま続いてても負けなかったかもしれないが、いつ勝てるかも分からなかった」
オレは本音で礼を言う。ちょっと照れくさいが、相手からリアルのオレと似たような空気を感じる。親近感というやつだ。
ふと……オレは思い出す。
最初に仕留めたゴブリンは武装していた。もしかしたら、その辺に装備品として転がってるかもしれない。大した装備じゃないだろうが、ないよりマシだろう。
オレはガルドを連れて最初に射止めたゴブリンのいた辺りにやってくる。するとそこには身につけていたと思われる鎖帷子と金属製の盾が落ちていた。何故かゴブリンが構えていた剣は見当たらなかったが。
「剣を持っていたんだすか?そのゴブリン。じゃあ大将が倒したは多分ゴブリンソードだ。剣も魔物の一部だで消えてなくなるだよ」
なるほど、そういう魔物がいるのか。……ん?大将?
「ちょっと待った。大将って?オレのことか?」
「そうだすよ?オラに出来ないこと……生産者なのに、魔物と戦って倒すとか、あっさりやってしまう大将は大将だよ」
「いや……そうじゃなくてだな、大将はやめてくれ。ちゃんとオレには『ファクト』って名前があるだろ?お前には『ガドル』って名前があるように」
「わかっただ!ファクトのアニキ!」
「いや、その呼び方もどうかと……」
更に訂正を入れようと思ったが、ゴブリンが残していった装備をジッと見つめているガドルに気がついた。
「どうした?なんかレアものだったか?」
「そういうわけじゃないだ。でも、ゴブリンがなんでこんな装備持ってるんだろうなって。これはショップで売られている普通の装備品だ。魔物が持っているような装備とは思えねえだよ」
鍛冶であり装備品鑑定の出来るガドルによると、残されていた鎖帷子はゲーム上の正式名称で『チェーンメイル』。そして、盾は『ライトバックラー』だそうだ。
どちらもモルトの街の武器防具屋で売られている通常の装備品のようだが、ゲームを始めた初心者がいきなり購入出来るような価格ではなく、少しクエストもこなしてある程度冒険慣れしたくらいで手に入れるくらいの価格……つまり1000G前後の品物らしい。
「オレたちが死亡退場したときの装備品を、魔物が利用する可能性があるってことか?」
それが本当だとしたら、なかなかに恐ろしい仕様である。一般モンスターが、偶然上級プレイヤーの高価な武具を手にしただけで、中ボスクラスの敵になり得るということだからだ。
「んん……流石にその可能性は考えたくないだよ。だども、今はなんとも言えねえだ」
「そうか。まあ今は考えないようにしよう。……ガドル、お前その装備貰っておけよ」
「いいんだかっ?!これはファクトのアニキが倒した戦利品だのに!」
オレには一つの考えが浮かんでいた。
ガドルがパーティを組めないのなら、オレとてあの戦士ギルドでパーティを集めようとしたところで、そうそう組めるとは思えない。
「ガドル、パーティを組もう。お前は……攻撃は苦手だが、勝ち目のない敵でも立ち向かう勇気がある。防具で守備を固めて盾役をして欲しい。そこをオレが……後ろからこいつで仕留める。どうだ?」
オレはそう言ってクロスボウを見せた。きっとこれは良い案だ。
「パーティ組んでくれるだかっ!ありがとう!」
「よろしくな、猫」
「猫だ」
猫全開の満面の笑顔で喜ぶガドル。どこからどう見ても猫だ。虎には見えない。
猫をいじりながら、オレたち生産者同盟はモルトの街に戻った。




