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イルグラード(VR)  作者: だる8
第一章 物語の始まり
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第14話 それぞれの思惑

「ということで、まだ特にクエストらしいクエストは何も出来てないんだが、やり返すことは出来たってわけだ。運も良かっただろうけどな」


 オレは『調合士ギルド』の奥で、クリエラと会話中だ。

 その場をすぐに立ち去ったのは住宅エリアに戻った盗賊(ヤツ)が、準備を整えてとんぼ返りしてきたとしたら対抗出来る手段がなかったためだ。どう考えても向こうの方がプレイ時間は多そうだし、恐らく職業レベルも戦闘能力も向こうが上だ。ガチンコで戦うようなリスクは犯せない。


 それでも不意を突いて押し倒すことができ、かつ戦って勝つ事が出来た。これは例えやられてもロストするアイテムがないという意味で、オレの思い切りの良さが功を奏したということだ。それから他にも理由があるとしたら、NPCに擬態した状態での相手の身体能力制限だ。

 もちろん確証はないが、レベル上位者であるはずの相手に力勝ち出来たのはそういった理由しか考えられないとオレは思う。


『そうだねっ!ボクもそう思うよっ!でも、ボクはファクトにあまり危ない橋を渡って欲しくないなぁ』


 クリエラのこうした言葉はちょっとしたことだが、嬉しい。ちなみにオレが訪れた後も調合士としてこのギルドを訪れたプレイヤーはまだいないようだ。


「ところでだ。オレは装備品の鑑定が出来ないんだが、これがどんなものか見て貰う事が出来るか?」


 オレは盗賊(ヤツ)が残していった戦利品をクリエラの前に並べる。

 大きめの明らかに戦闘用と思われるナイフと、丈夫そうに見える革のジャケット。そして武骨なブーツの三点をクリエラの前に並べる。


『え~っ!ボクは装備品の鑑定をすることは出来ないよっ?でもさっ!装備しちゃえば、名前と性能くらいはわかるんじゃないかなっ!』


 どうやらクリエラに見て貰うことは出来ないようだ。クリエラ自身も調合士なのだろうから、これは仕方ない。

 でも、この品に関してはクリエラの言う通りだ。盗賊(ヤツ)が装備していた品物なので、呪いの装備品の類いであったり、装備したことで不利益を被る品物ではないはずだ。


『あ、そうだっ!もし、ぱっと見で元の持ち主と同じ物だと思われたくないなら……確か装備品の色を変えることが出来るよ?』

「そうなのか?色は何でも自由に変えられるってことか?」

『そうじゃなくって、装備品には色のパターンが確か4パターンくらいあって、その中で色パターンを選べるはずさっ!』


 なるほど。そういうことか。

 オレは《ウィンドウ》でステータスを表示し、三つの装備品をステータスに重ねる。

 武器はハンティングダガー。胴にはハードレザージャケット。足にはハードレザーブーツがそれぞれ表示され、オレの身体に各装備品が表示された。その装備品のどれもが黒、もしくは焦げ茶の暗めな色合いである。


「……なんとも盗賊らしい色合いだな」


 装備品の側にクリエラの言う通り色パターンを選べるアイコンがある。盗賊(ヤツ)の選んだと思われる色合いはどれもデフォルトのパターン1ではなく、盗賊(ヤツ)の好みに合わせて変更されているようだ。これはクリエラの言う通り変更しておいていいだろう。

 オレはそれぞれの用意された色から比較的明るめの色を選択する。ジャケットとブーツはライトブラウンで揃えた。


『ねぇ?ジャケットとブーツは分かるけど、どうしてナイフはその色なの?』


 クリエラが不思議そうにオレの選んだナイフの色に首をかしげた。特徴的なのは刃の色だ。これだけは思案した結果、明るい色ではなく黒を選んだ為だ。


「そうだな。一番の理由は盗賊(ヤツ)が使っていた色から変えたかったということ。もう一つは、刃物っぽさがあまりない方がいいかな?と」

『ふぅん?そういうもんなのっ?』


 納得いっていない様子のクリエラ。

 オレは本当の理由を隠している。何より『調合士』は戦闘がメインの職業ではない。ナイフの扱いであっても盗賊のそれに比べたら雲泥の差があるはずだ。それなら、人間の盲点を突きやすい視認性が低い色であること、そして見てすぐに『ナイフ』であると認識しにくい色を選択したというわけだ。


 もちろんこれでどのくらいの効果があるか?と言われるとなんとも言えないのだが、盗賊によるPKを警戒しているオレにとってはこれがベストチョイスだと勝手に思っている。


『ま、いいやっ!今度こそクエストに行くんだよねっ?』

「あぁそのつもりだ。……と、その前にジェスチャー登録をして欲しいんだが」

『オッケー!了解だよっ!』


 オレはクリエラに『調合』と『分解』、それにアイテム鑑定のジェスチャーを登録してもらった。

 『調合』と『分解』についてはどちらも指パッチンだ。違いは1本で弾くか2本で弾くかの違いだけであるので、傍目には同じスキルを使っているようにしか見えないはずだ。ちなみに『虫の知らせ』についてはオンオフが選べるが、アラートは特に耳障りでもなく常時発動をするつもりなので、特に登録することはしなかった。


「そうだ。クロスボウは本当に返さなくていいのか?」


 そう。クロスボウは500Gを奪われたオレに対しての恩赦として特別に受け取ったものである。500Gは戻ってきていないが、当面の装備品は揃える事が出来たので、クロスボウ分だけ得したような状態となっている。


『大丈夫っ!ボクは一回あげた物を状況が変わったからって取り返すようなマスターじゃないよっ?』


 クリエラはいつもの笑顔で答えてくれた。

 安心したオレはその笑顔に見送られてギルドを後にすると、住宅エリアにクロスボウを取りに行きつつ、クエストをするために街の外へ向かうことにしたのだった。


……


「ちっ……あのクソドワーフめっ!よくも俺様のレア装備品を……」

「仕返しとかやめとけよ?フィリップ。どう見ても獲物(ターゲット)選定を誤ったお前が悪い。ちゃんと狙って動かねぇからこうして痛い目に遭うんだ」

「だがよっ!!アレは俺様が苦労してダンジョンでゲットしたレアものだぞ?なんであんな初心者にわざわざくれてやらねぇといけねぇんだ。意地でも取り返すぞっ!」

「……てめぇが勝手に自滅する分には構わねぇが……俺達の邪魔をこれ以上するな。てめぇのせいで俺達の仕事がやりづらくなってるってことがわからねぇか?」


 ここは盗賊ギルドのメンバールーム。


 ファクトや、初心プレイヤーを狙って盗賊行為を働いていた男……フィリップと、フィリップよりプレイヤースキルの高そうな兄貴分の盗賊。そして明らかな上位者と思われるプレイヤーの姿がある。


「師匠までそんなことをっ!どういうことだよっ」


 フィリップは不満を露わにする。


「じゃあ、状況を整理するぞ?フィリップ。お前はイルグラードに来たばかりのハズ(・・)のプレイヤーであるドワーフから初期準備金を奪った。だが、何故か装備を整えることが出来ないハズ(・・)のそのドワーフに不意打ちとはいえ戦いを挑まれ、職業レベルが1だと思われるそいつに死亡退場させられた。……これがどういうことか分かってるか?単純にプレイヤースキルで比べると、お前は圧倒的に負けてんぞ。そんなやつに今、お前程度のヤツが再戦を挑んでみろ。盗賊というPK出来る優遇(・・)職業のスキルや特徴を丸裸にされるだけだ。違うか?」


 部屋の隅の暗がりで座っている男……フィリップに師匠と呼ばれたプレイヤーがフィリップの方に顔を向けることなく諭す。


「で、でもよ……」

「別に再戦するなとは言ってねぇぞ。勝てる算段があるならやりゃいい。だが……俺の見立てでは仮に取り返したとして、すぐに同じように仕返しをされ、お前はただ負けて帰ってくるだけだ。もっと腕を磨きな。じゃねぇと、あのファクト(・・・・)にゃかなわねぇぞ」

「!師匠、知ってんのかよっ!!」


 フィリップは師匠から、敵の名前を言われて驚いた。現場など見ていないだろうに……である。


「まあ、お前の話だけじゃ正直本人かどうかはわからねぇんだがな。MMORPGのファクトっていやあ、ちょっと腕に覚えのあるゲーマーなら誰もが知る有名なプレイヤーのアバター名だ。もちろんイルグラードに参加しているかどうかなんて知ったこっちゃねぇ。だが、お前のやられた状況から考えるならそいつである可能性があるかと思うわけだ。用心するに越したことはねぇな」

「そういうことだ。俺もファクトって名くらいは知ってる。せめてそいつのプレイ状況を確認してからでいい。わかったか?あせんなよ」

「兄貴まで……」


 フィリップの近くにいた人間のプレイヤーが腕組みをしながらフィリップに向かって釘を刺した。


「どっちにしてもだ。そんな得体の知れないプレイヤーに固執しなくても稼げるプレイヤーなんてその辺に沢山いるだろ。お前はしばらくそいつらを獲物(ターゲット)にしな。ファクトに近づくんじゃねぇ。いいな?これは師匠として俺の命令だ。分かったな?」

「分かった……師匠」

「そう不満そうな顔をすんな。俺達は最後に勝ちゃいいんだ」


 師匠と呼ばれたプレイヤーがそう締めくくると、盗賊ギルドのメンバールームは再び静寂に包まれた。


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