第13話 害意
と、その時、ピピピピっ!とスマホの呼び出し音のような音が鳴った。
思わず懐を探る仕草をするオレ……いや、待てよ。スマホなんてゲーム内に持ち込めている筈はない。それによく聞けばオレの持っているスマホとは音が異なる。
つまり、これが『虫の知らせ』のアラート音か?
オレの意識に緊張感が走る。
人間観察をしていたオレの背中側は壁なので、このアラートのきっかけになっている害意の発信源はオレの視界の中にいるはずだ。オレはゆっくりと全体に視線を巡らせる。すると、アラート音が鳴り止んだ。
……ん。どういうことだ?
オレは改めてスキルの文言を……ここでステータス確認するわけにはいかないので、できるだけ正確に思い出してみる。
確か、自分に害意を持った奴が近くにいたときに警告音……だっけな?で、スキルでの特定は出来ない。つまり……
アラートが鳴り出したということは、オレに害意を持った奴が近くにいたということ。そして、鳴り止んだということは距離が離れたかもしくはオレへの害意がなくなった……のどちらかということだ。
スキル効果のある距離がどのくらいかがわからないため、対象が離れたかどうかは視界に入るキャラたちの行動を見てもよくわからない。
だが、一度発生した害意が綺麗になくなるなんてことはあるのだろうか?
……いや、そうか。
オレは一つの結論にたどり着く。
要するにオレだけをターゲットにしていたわけではなく、この後の獲物を物色していたとしたら……であれば害意は消えていない。対象がオレではないというだけのことだ。これはあり得る。ということは、オレではないにしてもこの後誰かが犠牲になってしまう可能性が高い。
オレは自然な雰囲気を装って戦士ギルドを後にする。
自分が500Gを奪われた時のことを思い出せば、アイテムがとられた瞬間に被害者本人のウィンドウが立ち上がるはず。つまり大勢のキャラがいるところで行為に及ぶことは考えにくい。
狙うなら、人気の少ないところ。
ここから《住宅エリア》への道の途中、もしくはどこかのギルドへ向かう途中などだ。
オレは、戦士ギルドから出てくるキャラを注意深く観察する。連れ立って出ていくキャラは無視。明らかに高レベルと思えるプレイヤーも無視。
オレのような初心者くさいプレイヤーを追いかける……もしくは、待ち伏せするような不可解な動きをするプレイヤーがいるようなら、おそらくそいつがビンゴだ。
とはいえ、相手の実態もつかめていない現状でオレの網に引っ掛かる可能性は低い。
物色の結果、獲物が見つからずに諦めて別の行動を取ることだってある。そうなったら不自然な動きにはなり得ないため、今回は見つからないという結果になる。
(……あと数人出てくるプレイヤーを確認したら、次回にするか)
収穫がなさそうな雰囲気のなか、ぼぅっと戦士ギルドの扉を眺めるオレ。
すると、今度は装備品を一切身に着けていないプレイヤー……そう、今のオレのようなプレイヤーが扉から出てきた。アバタータイプは人間の男だ。見た目の装備品が見えないというだけでは、オレと同じようなイルグラード初心者なのか、それともたまたまそういった格好をしているだけなのかはわからない。
自然を装いながらオレはそのプレイヤーを視界から外さずに観察することにした。
すると、そのプレイヤーはその場でマップではなく、ウィンドウを立ち上げた。
その行為でオレは、このプレイヤーがイルグラードはもちろん、MMORPGの初心者であると確信する。そこそこのプレイヤーであれば、そんな他人にのぞき見されるような場所で、本来隠せるはずの情報を公開したりなどしない。
(さっきの害意をもった盗賊が今の光景を見ていたら……間違いなくカモ候補だ)
オレは改めて周囲に注意を巡らす。
今のところは怪しげな動きをしているプレイヤーはいない……いやまて。既にNPCに化けている可能性がある。
このモルトの街……だけではないのだろうが、それなりにNPCが歩いている。そのほとんどは規則的な行動をしているわけでも、ひとところに突っ立っているわけでもない。AIを積んだNPCの一人一人が自走しているといっていい。こういう点からもNPCへの偽装はかなり効果的だ。
それでも特に怪しげなキャラは見当たらない。そうこうしている間に、例の初心プレイヤーは調合ギルドのある方……つまり、街の奥の道へと移動していく。
尾行した方がいいだろうか?いや、それはそれでオレの容姿とガタイでは目立ちすぎるうえ、オレ自身がただの怪しいヤツになってしまう。
はぁ……とため息をついた時である、オレの視界に入る違和感。
何がおかしいのかすぐに分からなかったが、違和感を追ったオレの視線は盗賊を捉えていた。盗賊は、先ほどの初心プレイヤーの歩いて行った方角へ向かって移動を開始した。そして何がおかしかったのか気付く。
(身体のサイズが変化してやがる……)
そう、決定的な違い。
盗賊は、つい先ほどまでオレの視界の端にあるベンチで寛いでいたエルフだった。そして記憶が確かなら名前までは覚えていないが、表記は青色のプレイヤーだった……はずである。
だが今の姿は頭上の表記は白表示のNPCであるし、姿は人間の子供の姿だ。
(……こいつだ。オレの500Gを奪ったヤツは)
オレも静かに立ち上がる。
少しだけ距離をとりつつ盗賊と更にその先を歩く初心プレイヤーを確認する。
初心者が『調合士』かどうかは分からないが、向かっている道の先には『調合士ギルド』がある。もちろんその手前には『白魔法使いギルド』があるので、そちらに向かっている可能性の方が大きいだろう。が、ヤツはギルドの中で犯行に及ぶつもりだろうか?……いや、違う!
オレは自分がやられた時を思い出す。ヤツは《住宅エリア》から出てきたオレの背後から現れたのだ。
ターゲットは予想通り『白魔法使いギルド』に入った。と、同時に盗賊が走り出す。
(この位置はマズい!)
オレはとっさに路地へと身を隠し、『白魔法使いギルド』の裏手の道へと抜けた。
そして反対側へ回り込んで『白魔法使いギルド』の入り口を伺うと、案の定扉の脇に張り付いて、周囲を警戒している盗賊の姿があった。
(やはりそういうことか。周囲を警戒しつつ、ターゲットの視界に入らずに狙える位置取りってことかよ)
オレは拳を握りしめる。
クロスボウが手元にあったら狙い撃ち出来たかもしれないと考えるが、すぐにその考えを捨てる。そもそもスキルも高くないクロスボウで狙ったところで仕留めることが出来る可能性の方が低い。……ならば!!
オレはその瞬間をジッと待つことにする。盗賊が獲物を捕らえるその瞬間を……。
どのくらい経っただろうか。
恐らく先ほどの初心プレイヤーが、ギルドメンバーエリアで職業チュートリアルを一通り受けるだけの時間。その間、盗賊とオレはお互いの必勝の瞬間を待ち続けた。
そして……『白魔法使いギルド』の扉が開き、盗賊の獲物が姿を現した。盗賊が周囲への警戒を切って獲物の後ろに回り込む……今だっ!
オレは『白魔法使いギルド』の建物の陰から飛び出した。
『おい兄ちゃん!そんなとこで突っ立ってんなよ。邪魔だよ!』
「えっ?あ、はいっ!?」
盗賊と獲物との間に聞き覚えのあるやり取りが始まった。間違いない。あの時の盗賊だ。
『そーだよ。さっさと道を空けたらいいんだ』
盗賊が獲物の身体をポフポフと叩く。今のオレには分かる。あれが、盗みスキルを発動させるヤツのジェスチャーだ。
そしてその場を離脱すべく走り出した盗賊……オレはその進行方向に飛び出した!
『なっ?』
「そうはいくかっ!」
デカい身体を活かして、オレは盗賊の突進を止めると、そのまま倒れ込むように地面に押さえつけた。
『ぐはっ』
どうやらオレの身体の重量は見た目通りのようだ。
なんとか下から抜け出そうとしている盗賊の腕を体重で抑えつけると、そのまま身体に座り込んでマウントを取った。腕は足で踏みつけて押さえ込んである。
「お、おい?アンタ。それNPCじゃないのか?何してんだ?……あっ!」
何が起こったのか分かっていない初心プレイヤーが、オレと盗賊とのやり取りを前に唖然としている。が、自分の目の前に表示されたウィンドウを見て、所持金を盗まれていることに気づいたようだ。
「あぁ。そういうことだ。こいつは盗賊。しかもオレやアンタのような始めたばかりのプレイヤーをカモにしている悪質で陰険な野郎だ。……NPCに見えるだろ?でもスキルで擬態しているだけで、こいつは立派なプレイヤーだ。おい!もうネタは割れてんだ。覚悟は出来てんだろうな?」
『あ……いや、その。ボクはNPCで』
往生際の悪い奴だ。
「そうか。素直にオレたちの金を返すなら、それだけですませてやろうと思ったがその気がないなら仕方ねえ。盗賊と一般職は互いにPK出来るシステムだ。お前はぶっ殺してやるから自宅に戻って反省してな」
オレは盗賊の顔を全力で殴りつける。
まあオレはLV1の調合士で、かつ素手なので攻撃力はたかがしれているが、一方的に延々と殴り続ければいつかは勝てるだろう。
『ぶはっ……わ、わかっ……ぐへ……すぐ、すぐ返……グエ……ちょま……』
何かを言おうとしている盗賊を無視して俺は延々と殴り続ける。
大してダメージなど入ってないだろうが、一方的な攻撃ができている以上いつかは盗賊を倒せることだろう。問題があるとしたら、大男であるオレが見た目ガキの盗賊を延々殴り続ける絵はあまり見てて心地よいものではない……というくらいだ。
『返す!返すから!』
一瞬開いた間でそう言い切る盗賊。だが、それを聞いたところで信用出来ないオレは殴ることをやめない。
「何をどう返すんだ?あ?それがはっきりしない限り、オレが手を止めることはないな」
『金だ!お前らから……ぶはっ』
「お前だぁ?そういう言い方はオレは好きじゃないな。……まぁこれはお互いにゲームだ。盗んだり盗まれたり、オレにお前が撲殺されたりしたところでゲームでのお話だ。オレから盗んだ金は返さなくていいさ。盗まれたオレが油断していたということで悪かった。うん。だが……今回はオレがお前を捕まえた。油断していたお前が悪い。オレから盗んだのが運のツキだったな。大人しく撲殺されてくれ」
オレの言葉に真っ青になる盗賊。
『だ、ダメ……やべでぐでぇ……』
懇願する盗賊に耳を貸さず、そのままオレは殴り続ける。
そして……NPCの姿だった盗賊の身体が、変身前のエルフの姿に変わると、名前表示を赤くして動かなくなった。
「はっ……本当に、プレイヤーだったのか」
驚愕している獲物だったプレイヤー。
オレがPKした盗賊の姿が消え去ると、そこには恐らく獲物から盗んだばかりの500Gと、盗賊が装備していた装備品が残った。
「ほら、もってきな。これはアンタのもんだろ?」
500G分の硬貨を拾い上げると獲物だったプレイヤーに渡した。
「え、いいのか?聞いてる限りはアンタも盗まれたんだろ?」
「あぁ問題ない。オレは残ったヤツの装備品を頂く。それにやり返すことが出来たから気も晴れたんでな。アンタも気をつけな」
「ありがとう……ございます!」
獲物だった初心プレイヤーはオレに向かってぺこりとお辞儀をすると、住宅エリアの方へ走っていった。そんな彼の後ろ姿を見送ったあと、オレは盗賊が残していった装備品一式をまるごとアイテムボックスに収納し、その場を立ち去った。




