第11話 恩赦
「そうだな、まずはクエストでもやってみるか」
オレは立ち上がると懐にあるアイテムボックスにクエスト板をしまう。
こうすることでアイテムはデータ化されて物量が感じられなくなるシステムのようだ。お金であってもアイテムであっても装備品であっても扱いは同じだが、先日の盗賊のガキにやられたように、このアイテムボックスはある意味セキュリティ対策がなされていない。
当面は仕方ないが、今後気をつける必要がありそうだ。「稼ぎました盗まれました」の繰り返しでは、いつまで経ってもお話が進まない。
『そうそうっ!戦闘は気をつけてねっ!死んじゃったら、アイテムボックスに入っているもの以外は全て無くなって、自室へ強制帰還になるからねっ!』
そう、それが問題だ。
アイテムボックスに入れると盗賊の盗みスキルの餌食になるが、入れておかないと今度は盗賊によるPKの獲物になりかねない。
魔物に倒された場合で一定時間内にパーティの仲間などから蘇生措置がされない場合、装備品などその場に置き去りにしたまま強制帰還になってしまうシステムだ。もちろん装備品狙いで盗賊にPKされた場合も同じ事なので、特に街から出た後は油断ならない。
『出来るだけ死なずに強くなる』ことが求められるわけだ。これが恐らく難しい。
ちょっと強いプレイヤーの全滅を狙ってハイエナすることも出来るが、あまり多いと干されそうである。仕方ないときもあるだろうが、積極的に狙うのはリスクがある。
素直にまずは正攻法で進めようと思った。
そのうち良い手があれば、シフトしていけばいい。
『あっ!ファクト!街の外に出るなら装備品を揃えていきなよっ!』
出て行こうとしたオレの背中にクリエラの声が飛んでくる。
オレの足が止まった。それが出来ないから困っているというのに……
「クリエラ。一応聞くが、どうやって装備品を整えればいいんだ?」
『え?そんなの、武器防具屋で買うか、鍛冶ギルドで買えばいいんじゃないっ?初期資金もらってるでしょっ?』
うん。確定。
やっぱりあの盗賊のガキはおかしい。ゲームを始めるための初期資金を奪うクエストなんてあるわけがない。
「クリエラ。その初期資金なんだが、街に出ですぐ……それも一歩も歩いていない時に、NPCの盗賊のガキに奪われたんだ。だからオレには初期資金がない。言える範囲で構わないが、その……そういうクエストって何か知らないか?」
『えっ?どういうことっ?』
完全に見送りモードだったクリエラが、オレの元にすっ飛んでくる。
「言葉の通りだ。オレは開始早々文無しになった。盗んでいったのがNPCだったから主催側で用意しているクエストの一環かと思ったんだが……そうじゃないってことだな?」
オレの言葉を肯定するように、クリエラは激しく首をウンウンと縦に振る。
『当たり前だよっ?初期装備品を整える資金がないとゲームなんて始められないからって、女神ヘレネがわざわざ追加した資金なんだよ?それを開始早々奪うイベントなんてあるわけが……』
「なるほどな」
となると……表記はNPCだったが、盗賊プレイヤーの仕業ってことか。初期参入プレイヤーをカモにしている可能性が高い。
『そっか。だからファクトはいろいろと疑り深かったんだねっ!』
何かクリエラが納得した様子だったが、これはオレの性格なのでその出来事だけが原因ではない。
「まぁいい。知らないなら仕方ないし、オレがケリをつける問題ってことだ」
『分かったっ!でも待って!調合士が丸腰でゲーム開始なんて本気で無理だから……えっと。じゃあボクの権限で特別にこれをあげるよっ!』
再びカウンターの裏をガサゴソすると、クリエラが武器を一つ持ち出してきた。
「おい、これクロスボウじゃないか……普通に高価だろ?いいのか?」
そう。クリエラが取り出してきたのは、トリガー式で矢を放つクロスボウだったのだ。
『これはねっ!調合士の初期装備の一つで、回復薬小クラスのクエストを10回クリアした時のギルド報酬だよ。先貸しするから、ちゃんとクエストこなしてよねっ!あ、そうそう。これも渡さなきゃっ!』
そう言ってクリエラが差し出したのはレシピ板だ。
クリエラが差し出したレシピ板を早速習得すると、ステータスのレシピ欄に『ウッドボルト』という文字が追加される。
『それが弾だから、弾は自分で調合してねっ!』
「ああ、これは助かる。ありがとう、クリエラ」
『いいってことっ!その代わり、初回ギルド報酬はなしだよっ?』
そりゃそうだろう。先に貰ってしまってるんだから。
そして、これこそ盗まれてはいけない。今のオレの生命線に等しい。
必要な時だけ取り出すことにして、出来ればこういう便利な装備品を持っていることを悟られないようにしたいところだ。
「クリエラ。ワガママ言って悪いが、武器に使えそうな短剣ってないか?大したものじゃなくていい。力のないオレが今このタイミングでこんなイイ武器を持ってると、盗賊のエサになりかねん。普段は隠しておくために、見せる武器を用意しておきたい」
『うーん、そうねっ!それはボクは持ってないけど、鍛冶ギルドに行けば安く短剣くらい買えると思うよっ!……あっ!でも今一文無しなんだよね……うーん』
クリエラは悩んでしまった。
でも充分な情報だ。武器防具屋で買うより、鍛冶ギルドの方が安く入手出来そうだということだ。
「いや、いい。その情報で充分だ。あとはオレがなんとかする」
『そう?ごめんねっ!じゃあ頑張ってっ!!』
相変わらずの全開笑顔のクリエラにサムズアップで見送られながら、調合士ギルドを後にする。
どちらにしても、矢が用意出来ていない今はクロスボウの出番はない。矢がないのに盗難の危険がある状態でウロウロする訳にはいかないので、いったん自室に戻ることにする。
当面はアリスに預けておくのが一番安全なのではないかと思う。
オレはクリエラから受け取ったクロスボウをすぐにアイテムボックスにしまう。
今のオレにはクリエラから貰ったスキル『虫の知らせ』もある。あからさまに狙ってくる相手がいる場合には気づける筈だが、用心するに越したことはない。
オレは周囲を軽く警戒しながら自室へと戻った。
……
『おかえりなさいませ。ファクト様』
「ただいま、アリス。ちょっとお願いと相談……というか確認があるんだが」
『何でしょう?』
軽く首をかしげる所作をするアリス。これはこれで可愛いと思う。
つねに笑顔全開のクリエラを見過ぎたせいもあるが、とてもいい。
「実は、この自室を出てすぐにNPCっぽい盗賊のガキに初期資金を全て奪われた」
『まあ!』
「でだ。今は文無しなんだが、ギルドマスターに前借りで武器を提供してもらった。が、どちらにしても今はそれは使えないので保管しておきたいんだが、この自室の中は安全ってことでいいか?」
オレの質問を聞いたアリスは静かに頷いた。
『はい。ファクト様の自室にあるものは盗賊に奪われるようなことはありません。わたくしが責任もって管理させて頂きます』
良かった。
とりあえず絶対に奪われたくないものは、自室に保管しておけばいいということだ。
オレは、アイテムボックスからクロスボウを取り出してアリスに渡した。
「これを預かっておいてくれないか」
『承知致しました。わたくしに言って頂ければアイテムと装備品、そしてお金について、預かりと取り出しが自由に出来ますのでご用命下さい。……それにしても、開始プレイヤーをいきなりターゲットするとは、容赦ないプレイヤーがいるようですね』
アリスが不満そうな表情を見せる。
AIではあるが、今のところ完全に自分の味方であると信頼できるのは、このアリスとクリエラだけだ。
「でも……そいつ馬鹿だよな。もし盗賊の固有スキルを使ってるんだとしたら「NPC偽装か、NPC使役のようなスキルがある」と、この初期段階でプレイヤーみんなに教えてしまってるようなもんだ。他に優秀なプレイヤーがいたら、完全に干されるだろうな。とはいえ、当座の装備品が揃わないのは頭の痛い問題だが」
『さすがのわたくしも、ファクト様に追加で資金をお渡しすることは出来ません。ですが幸いファクト様は調合士なので、戦闘のいらないクエストで多少なり資金を貯める事が出来ます。まずはそれで乗り切るしかないと思います。でも本当に可愛そうなのは、戦士プレイヤーがターゲットにされた場合でしょうね。初期クエストであっても討伐系しかありませんので、資金がなければ素手で乗り切るしかないかと』
「そうなのか……」
そう考えると調合士で良かったと思う。ただ今のオレに人のプレイヤーの事情を考慮している余裕はない。
まずは街の外でアロエ探しをし、回復薬小を作りまくろうと思った。
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名前:ファクト
性別:男
種族:ドワーフ
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職業:調合士
LV: 1
腕力:10
活力:15
敏捷: 7
器用:22
魔力: 0
運 : 1
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固有スキル
調合
アイテム鑑定:調合士
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修練スキル
虫の知らせ
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レシピ
回復薬小
ウッドボルト
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受注クエスト
回復薬小の納品
ゴブリンの討伐
新作武器の材料調達
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