第100話 LV20AI
『素晴らしい!素晴らしいよ、エルナ君。さぁ、今の戦いを踏まえて次はどんな相手にするかい?』
ムキムキスタッフは爽やかを演出したような笑顔で上機嫌にエルナに声をかけた。……決して爽やかではないが。
それはそれとして、そもそも利用者が少ないからというのもあるだろうが、利用者であるエルナを大歓迎しているということは全力で伝わってくる。
「そうね……とりあえずLV20くらいにしてみていいかな?自分にとって鍛錬になる強さの相手を見つけたいし。負けてもペナルティ無いんでしょ?」
『おぅけぃ!LV20スタンバイ!……武器は同じで良いんだよな?もちろんデスペナはないぞ』
「うん。同じで」
テンションが高いのか低いのかよく分からないムキムキスタッフだが、エルナは特に気にした様子はない。
エルナは再び開始線に立つと、今度は腰の刀に手をかけるだけでなくそのまま抜刀して中段に構えた。江里菜が最も愛用している基本の構えである。おじいちゃん師匠との打ち込み稽古をしていた時に使っていた、最も身体に染みついている構えの一つでもある。
LV20……というゲーム特有のシステム的な強さが、先ほどのLV12に対してどう変化するのか分からない。
少なくとも『格上と戦う』のだからといった意識が、エルナから油断という慢心をそぎ落としていく。そうして出た結論が『最も得意なスタイルで勝負する』……である。それがエルナの答えだった。
エルナの手前にLV20に設定されたAIキャラが姿を現した。
手には先ほどのLV12キャラと同じような刀が握られている。見た目は大差ないがLVに見合った刀なんだろうとエルナは勝手にあたりをつけた。そういうエルナも手にしているのは銘こそないが、猫が打った業物である。
『では……始めっ!』
ムキムキスタッフの開始号令が響く。
同時にエルナはまず一歩全力で前に踏み込んだ。『ここで一気に決める』……そんな気迫と強い思いの籠もったエルナの踏み込みである。そして剣を振りかぶることなく最速の突きを繰り出した。
しかし!
『ぬん!』
エルナの初動に合わせるかのように、LV20AIも踏み込んできている。
そして刀先をエルナの突きに対して下から合わせ、鍔にあたるかどうかというタイミングで鋭い踏み込みと共にエルナの突きを上に跳ね上げた。
それだけではなく、跳ね上げられて刀の無くなった身体めがけてLV20AIの鋭い刃が迫る。
「ダメッ!」
咄嗟に刀を捨てて体勢を低くすることでLV20AIの斬撃をかいくぐったエルナは、腰の脇差しで武器スキル《無心》を放った。が、その必殺の居合いは空を斬る。
なんと、エルナの鋭い殺気を察知したLV20AIは、自分の追撃をキャンセルして飛び退いていたのだ。
「やるわね……流石はLV20」
『無心』が不発に終わった脇差しを納刀すると、エルナは床に落ちた打刀を拾った。
開幕直後の先手必勝を防がれ、虚を突いたつもりの『無心』も回避された……ならばとにかく基本に立ち戻るしかない。
このとき、エルナは自分の実力がLV20AIに劣っているとは全く感じていなかった。
確かにエルナの攻撃は二回とも回避されている。しかし、同時にエルナはLV20AIとおじいちゃん師匠との動きの違いを肌で感じていたからだ。
一番の違いは身体能力である。
具体的に言うならば、LV20AIは、システム的に強化されたAIキャラであるため力、速さ、反応速度など戦闘に関わる動きの全てにおいて、基本身体能力が高いと感じる。それはかつて江里菜が実際に対峙したおじいちゃん師匠と比べて遙かに上だ。
だが、それでも自分の攻撃が全く通用しない相手だ……とは思わなかった。そこにこの問題を打開する答えがあるとエルナは感覚的に掴んでいたからだ。
そもそもおじいちゃん師匠の動きは、今目の前にいるLV20AIと比較してもっと遅い。それでもどこから攻撃すれば有効打を取れるのか全く分からないほどの、重厚で圧倒的な威圧感があったことをエルナは身体が鮮明に覚えている。
目の前に居るLV20AIに、圧力がないのなら必ず崩せる筈だ……エルナはそう考えていたというわけだ。
拾い上げた打刀を再び中段に構える。
が、先ほどのような急な間合い潰しはせずに、ゆっくりとだが確実にLV20AIとの間合いを詰める。
『む』
動きに隙の無くなったエルナを感じたか、LV20AIが小さな声を立てる。
そして摺り足……とまでは行かないがゆっくりと間合いを詰めるエルナを警戒し、LV20AIも中段の構えでエルナを牽制し始める。
両者が持っている得物こそ竹刀ではないが、二人の動きは完全に剣道のそれだ。一足一刀の間合いを維持したまま二人の立ち位置は少しずつ動いていく。
なお最初の攻防と大きく異なるのは、エルナが圧倒的に優勢であるということだろう。LV差という身体能力に左右されない動きにおいては、エルナはAIを遙かに凌駕していた。その証拠に二人の動きを決めているのはエルナだった。
エルナが前に進めば二人の立ち位置は前に進み、エルナが後退すれば二人の立ち位置も後退する。このいわゆる間合いの争いにおいて、LV20AIは全く主導権を握れていなかった。
『おぉぉっ!』
最初に拮抗を破ったのはLV20AIだった。
AIはシステムキャラであるため『痺れを切らした』という表現が正しいかどうかは分からない。が、それに近い形でLV20AIは刀先でエルナの刀を強引に払い、間合いを詰めてきた。
実はこのときLV20AIの頭脳で計算されたロジックは、簡単に言えば以下のような感じだ。
1.身体能力は自分の方が上
2.間合い争いを続けても相手に対してイニシアチブを取れないことが判明
3.冒頭の攻防から打ち合えば身体能力の差で自分が有利
4.やや強引にでも自分から動くのが正解
強引に局面を打開してきたLV20AIによる刀の払いに抗わず、払われるがままに刀を引く。すると予想通りLV20AIは刀を上段……エルナから見てやや右上段に振り上げて迫ってきた。
LV20AIの次の行動は当然ガラ空き……に見えるエルナの肩口を狙った逆袈裟斬りである。
エルナは、先ほどLV20AIの払いによって引いた刀を流れに逆らわず、小さな円を描くように切り返す。そしてLV20AIの逆袈裟斬りをかいくぐるように大きく右に一歩踏み込むと同時に左下より一気に切り上げた。
『ぐあっ!』
逆袈裟斬りを放つ前にエルナの斬撃をまともに喰らったLV20AIは、その場に崩れ落ちる。
「勝負あり!」
ムキムキスタッフの号令が戦いの終わりを告げる。
LV20AIを下したエルナの流れるような滑らかな動きは、紛れもなくおじいちゃん師匠から受け継いだ演武の中の一つである。
「おじいちゃん、私、ちゃんと思い出したよ。おじいちゃんから貰ったこの動きこそが最高なんだってこと」
エルナはLVの格上に勝利した実感を噛みしめていた。
私事ですがちょっと資格試験とかありまして、投稿予定日を一日オーバーしました。ごめんなさい。
イルグラードもやっと100話です。前作と比べると随分ゆっくりですが、温かく見守って頂けるとありがたいです。




