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イルグラード(VR)  作者: だる8
第一章 物語の始まり
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第1話 当選

 いつもと変わらない朝がまた始まる……そう、朦朧とした意識の中から自分を見つけ出す作業から始まる一日。


 オレは六畳一間のワンルームでいつものように目覚めた。外の天気など知らない。興味も無い。

 カーテンで閉め切ったままの部屋の窓。隙間からうっすらと日の光の気配を感じる事は出来るが、どうせ外出することなどない……要らない情報はない方が楽だ。


 朝かどうかは時計とテレビがあれば充分だ。眠い目をこすりながら布団から出ることもなく枕元のリモコンでテレビをつける。

 しかしテレビの番組にも特に興味はない。時間だけ分かればそれで良かった。


 オレはゆっくりと身体を起こす。そろそろ出勤の時間だ。


 といっても皆と同じように電車に揺られて通勤することはない。ベッドから這い出したら、小さな丸テーブルを挟んだ向かいのPCに電源を入れるのみだ。

 そう、在宅勤務というやつである。やや給料は安いが、オレのような引きこもりには丁度良い。

 冷蔵庫から2Lペットボトルのお茶をコップに注ぐと、戸棚から買い置きのカロリーメイトを手に取る。今日の食事はこれだけだ。引きこもりゆえの運動不足で緩みきった身体だが、太っているわけではない。食事にも興味がないことが幸いしている。


 といっても昔からこのような生活を送っていたわけではない。

 所謂人並の生活を送ろうとしていた時期もあったが、いろいろあって今はこうして半引き篭もりの生活を送っている。一応仕事はしているため、当面の生活に困ることもない。


 気づけば業務時間は終了していた。毎日のルーチンワークは生活のためと割り切ればそれほど苦痛ではない。が、楽しいわけでもない。仕事に全く興味はないが、記憶をたどるなら何かのソフトウェアのコーディングをしていたはずだ。

 リーダーから成果に文句をつけられているわけでもないので、恐らく問題はないということだ。


 オレはすぐに仕事用のPCの電源を切ると、仕事用携帯の電源も切った。もちろん理由は余計な連絡などされたくないためだ。ここからの時間はオレにとって最も大事な時間であり、一分一秒であっても邪魔されることは苦痛だ。


 隣にあるプライベート用のPCの電源を入れ、いつものオンラインゲームを起動する。MMORPGというやつだ。

 このゲームの中の世界でだけ、オレは別の誰かになって生活することが出来る。もう二度とリアルな世界で自分を出すことがないと誓ったオレは、この世界でだけ元の自分をさらけ出すことが出来ていた。何より自分が必要とされている実感を得られるかけがえのない場所である。


 これでもオレはMMPORPGという狭い世界では、それなりに知られたヘビーゲーマーだ。

 数々のネットゲームを蹂躙し、トップゲーマーの名を欲しいままに得てきた。ゲームの開催イベントでランキングがあれば、上位に食い込むのはもちろんのこと、結果として優勝することも珍しくない。いつも同じキャラ名で入っていたため、知る人ぞ知る……というヤツである。


 ただ、ゲームの結果などオレにはどうでも良かった。

 自分自身を好きになれないオレにとって、自分でない誰かになることが出来るネットゲームという環境が最高の舞台だったというだけである。


 今日もオレの目の前でPCがチカチカと光り、ゲームのタイトルロゴが現れる。最近はまっているMMORPGだ。

 しかし、やる気満々でゲームの起動を待っていたオレに横やりが入る。


 玄関の呼び鈴だ。当然オレは無視する。出る理由がない。


 しかしいつまで経っても諦める様子がない。

 何分経っただろうか……延々と鳴り続ける呼び鈴。流石(さすが)に五月蠅くてゲームに集中できやしない。


「……誰?」


 オレは不機嫌さを露わにしたまま、チェーンをかけたままドアを開ける。

 そこには郵便局員らしき人物がいた。


「鈴木……徹也様で、お間違えないですか?」

「そう。で?なに?忙しいんだけど」


 ゲームをするだけなのだからたいして忙しくなどないのだが、さっさと切り上げてゲームをしたい気持ちがそのまま不機嫌さとなって現れる。


「書留書類がありますので、受け取りの印鑑かサインをお願いしたいのですが……」


 なるほど書留か。それでは投函するだけってわけにもいかない。それにしても、オレに書留で送るような郵便物があっただろうか?とりあえず心当たりがない。

 そそくさと郵便局員が差し出す書類にサインすると、郵便物を受け取ってドアを閉める。もう邪魔はされたくない……のだが、それでも書留を送ってきた送り主は気になる。


「えっと……?差出人は……イルグラード(VR)開発プロジェクト?あれ?」


 送り主などに心当たりなどないはずだったが、その名称には覚えがある。そして、その記憶が確かなら……オレは慌てて書留で送られてきた郵便物を二度見三度見する。封書にしては大きいそれは、若干の重量感とともにオレの腕で存在感をアピールしている。


「ま、マジか!」


 はやる気持ちを抑えつつ、オレは郵便物の封を開ける。中にはやや厚めの本が二冊と一枚の紙が入っていた。


『おめでとうございます!貴方は当社の開発したVR型RPGイルグラード(VR)のクローズドβテストプレイヤーに当選致しました。つきましては……』

「よっし!」


 オレは小さく拳を握りしめる。

 クローズドβのテストプレイヤーなど応募したところで、ほとんど当選などしない狭き門である。そのため当然のように当たることなど全く期待していなかったわけだが、運良く大量に応募したうちの一つに当選したようだ。細かい文章など読まずに同封されていた冊子を手にとる。

 一冊は参加にあたっての規定が記載され、もう一冊はゲームのマニュアルだった。


「なになに?参加にあたって、場所が……なんだ、個別の会場にいかなきゃいけないのか」


 オレのやる気が急にトーンダウンする。

 新世代のVR型RPGと銘打っていたため、既存のゲーム機でプレイ出来ない可能性については予想は出来ていたことだが、それでも『外出しなくてはならない』という事実がオレのやる気を明確に削いでいく。


「でもなぁ……折角当たったしな。滅多にないしなぁ」


 ブツブツと呟きながら、オレは同梱されていたマニュアルをペラペラとめくっていく。

 説明によると、どうやらプレイヤーには専用の個室とプレイ用のインターフェースが用意されるようだ。ゲーム……ではあるが、どちらかというと体験型アトラクションのようなものだろうか?プレイ用の『個室』があるという事実が、オレの興味を少しずつ取り戻していく。場所が違うだけで『引き籠もる』ことには違いない。それなら煩わしい『リアルな人間』に極力会わずに済むだろう。

 一部屋にプレイヤーが集められて、一斉にプレイする様子を想像していたオレにとっては大きな前進だ。


「まぁこれなら行ってもいいか。場所も近いし」


 会場として指定されていた場所は、自宅から歩いていける程度の距離だ。電車に乗る必要すら無い。

 この場所だけではなく、各プレイヤーにとって参加しやすい場所を何カ所か設定しているのだろう。クローズドβとは言ってもプレイヤーはそれなりに居るはずだからだ。もしかしたら、会場として確保した『場所から近い』ことが当選の理由になっている可能性すらある。


 オレは地図を持ったままゆっくりと立ち上がった。そしてカーテンで閉め切られたままの窓から外をうかがう。そこに外の光は感じられない。夜の今であれば、煩わしい人とのやり取りもなく下見に行けるだろう。オレはそのまま、のそのそと玄関に足を向ける。

 季節感が皆無の生活を送ってはいるものの、先ほどの郵便局員とのやり取りで感じた外気の肌寒さを思い出しながら、何年も袖を通していないコートを羽織って外に出た。


 数カ月ぶりの外気。ややひんやりとした夜の風が、コートだけに守られたオレの身体を確実に冷やしていく。変化のないオレの日々にしっかりと季節感が刻み込まれる。


 そう、今は春だ。

 新生活に心躍る若者達が、世の中に溢れていることだろう。……オレには関係ないが。


 オレは人通りの少ない夜の道を地図で示されていた場所へと向かった。周囲は何の変哲もない住宅街だ。敢えて言うなら戸建てよりマンションのような集合住宅が連なっている。

 ほどなくして、オレはとあるマンションの玄関にたどり着いていた。『ヴィラ・ラフィー……』なんとかとある。横文字が高級すぎてそれ以上読む気にもなれない。オレには縁もゆかりもない高級マンションだ。


「……こんなところでVRゲーム?」


 思わず声に出してしまっていたようだ。おかげでたまたまエレベータホールに降りてきたマンションの住民らしき男性と目があってしまう。慌てて口を押さえて無関係を装うも、残念なことに男はまっすぐオレの方へ向かってきた。明らかにオレの発言を聞いての行為で間違いない。


「もしかして……鈴木徹也様でいらっしゃいますか?」


 突如、オレの心臓が激しく鼓動する。

 初対面の男にいきなり特定されて声を掛けられるなどあり得ない。そもそもオレは引きこもりなのだから、顔など周囲に知られているはずがない。


 突然沸き起こる警戒心をあからさまにしたオレの様子を見て、男の表情が軟化する。


「驚かせてしまい申し訳ありません。……申し遅れました。私はイルグラード(VR)開発プロジェクトのメンバーでして、貴方様のお世話を担当させて頂きます……イズダテと申します」


 深々とお辞儀をして見せるイズダテ。苗字なのだろうが、漢字がよくわからない。まあそんなことはどうでもいいことか。

 相変わらず沈黙を保ったままのオレに対して、イズダテが首をかしげる。


「まだ開催予定日まで……二日ほど日がありますが、鈴木様で間違いないですよね?本日はどういったご用件で?」


 もはやイズダテはオレが鈴木徹也であることを疑っていないようだ。特定できる情報などなかったはずだが、なぜわかったのだろうか。若干の気味悪さが圧倒的な居心地の悪さへと変化していくのを感じる。しかも『世話係』だと?たかだかVRゲームをするのになぜそんな存在が必要だというのか?


「いや……あの……」


 イズダテの質問に耐え切れず、思わず口にした言葉がそれだった。だが、それを聞いてイズダテはますます確信を持ったようだ。


「いえ、鈴木様をお咎めしているわけではないのです。当選通知を受け取り、早速下見にいらして頂いたと認識いたしました。こんなところではなんですので、どうぞこちらへ……」


 イズダテはそう言ってオレをマンションの中に迎え入れようとする。

 いまさら「違います」と言い出せる雰囲気でもない。間違いなくオレは鈴木徹也であるし、むしろ本気で特定されているのであれば抵抗するだけ無駄だろうと腹をくくった。

 

 オレはイズダテの後について、誘われるようにマンションの中に吸い込まれた。

 このときのオレはこれから起こる不思議な体験の事など予想もしていなかった。


二作目を書き始めてみました。

実はジャンル設定に苦慮してまして、何を登録したらいいのやら。

思いつきでだんだん追加していこうと思います。


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