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ミクリア・サイト  作者: 杏仁みかん
序章 不可視の襲撃者(レイダー)
8/12

0.7:一方通行

 通路幅の狭いディスカウントショップの中に雪崩のごとく大勢の人が詰めかけた。入り口はあっと言う間に塞がり、再び外へ出ることは不可能になる。

 ここは食料品をはじめ、衣料品、薬品類、MR用補助器具なんかも売られており、繁華街付近ではもっとも品揃えのいいチェーン店である。まるで迷宮のような店内は、宝探しをするかのように買い物を楽しむよう設計されたものだが、今はその意向も邪魔でしかない。

 二つの商品棚の間、人が一人入れるかというところに押し込められ、まるで満員電車の如く肩がぶつかりあった。


「大丈夫か、ボウズ」


 と、目の前にいた大柄なおじさんが気遣ってくれた。

 俺はなんて話せばいいか分からず、俯いてきなこの様子を伺うことしか出来ない。


「ああ、かわいそうに。怯えちまってなあ」


 おじさんはきなこの頭を撫でてくれた。

 それで少し落ち着いたのか、きなこは目を細めた。


「あ、あの……!」


 どうしても知りたくなって、思い切っておじさんに訊いた。


「ん?」

「ここ、本当に安全なんですか……?」

「さあな。ただ、まあ、俺は30分前からこの店にいるし、今のところは大丈夫ってところか」

「…………」


 ──さっきの一連の事件を思い出してみる。冷静になって考えてみれば、色々と分かることもあった。

 例えば、少なくとも、事件の原因が毒ガスによるテロではないということだ。あのような軌道を描いて人が倒れ、車ですら何らかの影響を与えるなんて出来ないだろう。映画で見るような病原菌によるバイオハザードも同じ理由で違うと分かる。

 また、人の手による殺人もあり得ない。銃撃なら音がするし、頭から血が噴き出すような場面もなかった。それに、やはり動いている車に影響を与えたというのが不可解だ。


「……ん?」


 その時、ピコン、と通知音が鳴った。

 ビーコスのインターフェイスに看板マークが付いている。いわゆるプッシュ通知というやつだ。


(こんな時に……誰だよ)


 プッシュ通知のアイコンは三種類。ベルは通話やSNSの着信、メールはそのままメール着信、看板は何かのお知らせだ。

 だが、広告の類は受け取らないように設定している。この手の通知を受け取るのは久々だった。


「…………」


 ……開けるか。どうせ何も出来ないんだし。

 不審に思いながらも、片手で看板アイコンをタッチすると、羊皮紙を模した縦長のポップアップウィンドウが目の前に開かれ、焦げた茶色でこのような文字が目に映った。



 ###############################

   スクランブル・レイダー   アップデート完了のお知らせ  

 ###############################



(…………なんだ、ゲームの新着情報か……)


 そういえば通知設定を変更していなかったな──と、場違いな所で今更思い出した。

 こんな時にどうでも良いことだが、それにしたって、リリース日にアップデートだなんて早すぎる気がする。

 しかもご丁寧に「完了」とまで書かれている。既に終わった、ということだ。直ぐに対応しなければならない不具合でもあったということだろうか。

 それか、もしかすると、読めば気を紛らわす程の楽しいコンテンツが待っているかもしれない──そう思って、試しに続きの文章に目を走らせると──


「…………え?」


 一瞬にして絶句した。

 頭から背筋に至るまで、ぞぞっと寒気が流れ落ちるのが分かる。

 こんな事件が無ければ、きっと冗談だろうと笑い飛ばしていたに違いないのだが。


 その題字の下には、シンプルなゴシック体でたった一行。



 【Ver.1.1 現実世界と連動した「死」を実装しました。】



 その文字を確認したのとほぼ同じタイミングで、店内がざわつき始めた。同じスクランブル・レイダーのプレイヤーなのだろう。


「ボウズ、いったいどうしたんだ?」

「…………」


 俺は黙ってその内容をおじさんに見せた。

 おじさんは案の定、さあっと青ざめ、いやいやいや、と手を振って否定した。


「あり得ない。ゲームアプリがそのような機能を持たせられるわけないだろう」

「嘘じゃねえよ、オッサン」


 おじさんの後ろで若い男性が返した。


「オレ、見たんだ。あのゲームで遊んでる時に、人がモンスターに襲われてくところをよ」

「モンスター!? いや、だってそれ、タダの立体映像だろ?」

「知るかよ。モンスターが人込みを通り抜けた瞬間、実際にバタバタ人が倒れてったんだから」


 嘘か、本当か。

 信じがたい部分もあるにはあるが、こんな時に嘘を言う状況ではないのも事実。

 それに、新着情報のメッセージが届けられるタイミングも絶妙と言える。けっして無関係とは言い難い。


「百歩譲って本当だとしてだ」


 おじさんが冷や汗を垂らしながら言った。


「ここはディスカウントショップだから、ゲームアプリの起動は許されていない。つまり、襲われる心配はない。そうだろ?」

「あぁ……、『店内で遊べない』ってルールか」


 昔、本格的なフルダイブ式のMRゲームが流行りだした頃、ある少年がディスカウントショップでMRゲームをプレイして商品棚をひっくり返し、その先にいた女性を下敷きにしてしまったという事件があり、大きな問題として取り上げられた。

 それが一回だけならともかく、同じような──MRゲームのジェスチャーをすべく振り回した腕で人を殴ってたちまち喧嘩になってしまったり、別のゲームをしていた者同士で正面衝突したり──といった事故が各地で相次いだため、人の往来の激しい店内や公共施設、乗り物内で遊ばないよう、法律の力で厳しく取り締められた。以降、禁止された建物内でMRゲームを起動することは出来なくなっている──というわけだ。

 ただし、遮るものの少ない建物の外や、自宅、マンションの一室、公園、学校の校庭、体育施設といった場所では特に禁止されてはいない。


(本当に大丈夫なのか……?)


 一抹の不安が頭をよぎったその時。


「閉めろ! ドアを閉めるんだ!!」

「う、嘘だ! 誰か倒れたぞ!!」


 入り口の方から怒号にも似た叫び声が飛んできた。厭な予感がする。


「ど、どういうことだ!? 店内は安全じゃなかったのかよ!?」

「……逃げた方がいい! 奥に裏口があるだろう。みんな、急ぐんだ! ……おい! 聞いただろ! 先へ進みなさい!!」


 悲鳴染みた声と共に、奥の連中は指示に従って動き始めた。


 ……ワケが分からない。何が、いったいどうなっているって言うんだ。

 俺はただ、従うしかない。頼れそうな大人の言うことに耳を貸し、後は……カンだ。


「大丈夫か、ボウズ!」


 また、おじさんが心配してくれる。何故、こんなにも優しいんだ、この人は。

 俺はただ、頷くしかない。

 ただでさえコミュ障な俺に、他人と面と向かって会話する余裕はなかった。


「この流れに乗っていけば裏口へ行けると思……」


 ──と。

 おじさんは言いかけながら振り返るや、俺の鎖骨辺りを掌で突き飛ばした。


「……ッ!?」


 わけも分からず仰向けに倒される。後ろの人が支えてくれたが、一緒になってドミノ倒しになったらしく、結局床に倒れ込んだ。

 それでも俺は、きなこを放さずにいられた。一瞬きなこが暴れようとしたが、それもしっかりと抱えて放さない。


 何が起きたのか。

 この体勢だからか、おじさんの姿が見えない。……というより、おじさんの先にいた連中の姿がいなくなっていた。


「…………え?」


 かすかに震えた声が自然と口から洩れた。

 ゆっくりと上半身を起こすと、おじさんは横向きに倒れ、鼻や耳から大量の血を流していた。


「う……!」


 吐きそうになる。

 これは死んでいるのだと、考えなくても本能が教えてくれた。


「う、うわあああああああああああ────っ!!」


 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!

 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!

 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!

 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!

 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!


 頭の中がそれだけで満たされる。

 両手いっぱいの温もりを胸に抱いて、一心不乱に走る。

 スニーカーの裏に感じる弾力、堅さに怯えながら──それでも俺は、前に進むことだけを考えた。

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